近年、企業は従業員の心身の健康や働きやすさを高めるため、フィットネス支援やメンタルヘルスケア、柔軟な勤務制度など、さまざまな福利厚生を導入してきました。
背景には、深刻な労働力不足に伴う「人材採用・リテンション(定着)対策」に加え、Z世代を中心とした「世代による価値観や嗜好の多様化」、さらには「ワークライフバランス(金銭面以外の豊かさ)を重視する層の増加」がありました。
ところが、2026年に発表された各社の意識調査では、従業員の福利厚生ニーズに顕著な変化が見られます。共通して浮かび上がってくるのが、「経済的な安定(生活防衛)」への強い関心です。長引く物価高や実質賃金の伸び悩み、将来への不安などを背景に、従業員の間では単に「福利厚生の種類(選択肢)を増やしてほしい」というよりも、「日々の支出を抑え、生活や将来の安心に直結する手厚い支援(実質的手取りの向上)をしてほしい」といった傾向が急速に高まっているのです。
そこで今回は、金融サービスを提供する Morgan Stanley と Raymond James、世界最大級の会計・コンサルティングファームである PwC、世界的リサーチ企業 Gartner、そして人事の専門団体 SHRM が実施した4種類の調査を見てみました。異なる立場の組織による調査ですが、いずれも従業員の経済的な安定の重要性を示す結果となっています。
世界的リサーチ企業 Gartner
(調査時期:2026年5月 対象:10,055人)
Gartner が実施した調査では、従来重視されてきた仕事と生活の両立やキャリア形成よりも、2026年には経済的な安定や安心につながる制度が上位に挙がっています。特に評価されたのは、将来の基本給引き上げ、長期的報奨制度、臨時ボーナス、医療費など予期しない支出への支援です。
一方、有給休暇、仕事と生活の両立、個人の業績に応じて給与差をつける制度などは、以前と比較して相対的な重要度が低下しています。
また、同社が2026年第1四半期に11,838人を対象に行った別の調査では、「心身や生活全般の健康状態が良好」と回答した従業員は35%未満でした。企業が従業員の健康や生活を支援する制度に多額の投資をしているにもかかわらず、その状態は過去3年間で大きな改善がないと指摘しています。
そのため利用率の低い健康支援制を維持するのではなく、従業員自身が必要なサービスを選び、その費用に充てられる制度(LSA:ライフスタイル支出口座)などへの転換も提案しています。
世界最大級の会計・コンサルティングファーム PwC
(調査時期:2026年1月 対象:約3,500人)
PwC の2026年の従業員の経済的健全性に関する調査では、問題がさらに具体的に見えてきます。回答者の59%が「現在の経済状況にストレスを感じる」と回答し、49%が「給与が生活費の上昇に追い付いていない」と回答しています。
緊急時に必要となる貯蓄についても不安が見られます。53%は貯蓄が5,000ドル未満、30%は1,000ドル未満でした。さらに44%は生活必需品の購入にクレジットカードを利用し、39%は給料日前の短期融資や給与前払いを利用した経験があると回答しています。
経済的不安は仕事にも影響します。特にZ世代では、85%が「精神的健康に影響する」と答え、71%が「生産性にも悪影響がある」と回答しました。退職後の生活への影響も見逃せません。52%が「老後の資金を取り崩す必要が生じる可能性がある」と回答し、X世代では希望する時期にリタイアできる自信がある人は38%にとどまりました。
PwCは、従業員の経済的健全性を単なる福利厚生の問題ではなく、生産性、仕事への意欲、リタイアの時期、後継者育成などにも影響する経営上のリスクとして捉える必要があるとしています。
金融サービス Morgan Stanley at Work / Wakefield Research
(調査時期:2026年調査・2026年5月18日公表 対象:米国従業員1,000人、HR Leader 600人)
Morgan Stanley at Work の第6回職場における経済的福利厚生に関する調査でも、経済的なストレスと従業員の定着との関係が明確に表れています。
従業員の84%が過去1年間に何らかの経済的問題を経験し、56%が「経済的ストレスが仕事や私生活に悪影響を与えている」と回答しています。また雇用主側の80%が、従業員の経済的不安が生産性に悪影響を与えていると考えています。
さらに興味深いのが従業員の定着への影響です。85%の従業員が「自分のニーズに合った経済面を支援する福利厚生を会社が提供すれば、帰属意識がより高まる」と回答しています。一方、91%は、「自分の経済的目標の達成をより支援してくれる福利厚生を他社が提供すれば、転職を検討する」と答えています。
人事マネジャーに仕事の満足度に重要な福利厚生を尋ねたところ、53%が経済的ストレスを軽減する福利厚生を選び、精神的サポートの26%、身体的健康を支援する福利厚生の19%を大きく上回りました。
人事専門団体 SHRM Thought Leadership / Raymond James
(調査時期:2025年11月~12月 対象:2,300人超、HR Professional 1,000人)
SHRM と Raymond James の共同調査では、経済的な健全性を従業員エンゲージメントや企業パフォーマンスとの関連から分析しています。
特徴的なのは、約60%の従業員が自分の経済的健全性は良好だと評価する一方で、約4分の3が「経済的ストレスを経験している」と回答しました。つまり、経済的ストレスは経済的に困窮している一部従業員だけの問題ではなく、比較的安定した収入のある従業員でも、住宅費、医療費、日々の生活費、急な出費、リタイア後の生活などに不安を抱えている可能性があるということです。
また、経済的健全性が高い従業員ほど、仕事への意欲や満足度、会社への帰属意識が高い傾向が確認され、この傾向は収入水準にかかわらず見られます。
企業側についても、従業員の経済的健全性を支援する制度が充実している企業ほど、財務面・非財務面の事業目標を達成する傾向が高く、反対にこうした制度が十分でない企業では離職率が高い傾向が示されました。
企業は福利厚生をどのように考えるべきか
4社の調査に共通しているのは、従業員が経済的な安心・安定をこれまで以上に重視しているという点です。
これは、健康支援制度をやめて給与を上げればよいという意味ではありません。企業は、現在の福利厚生が従業員のニーズに合致しているか、利用度の低い制度に費用をかけていないかを確認する必要があります。
従業員の金銭的不安は、仕事への意欲や生産性、欠勤、離職などにも影響します。企業はむやみに福利厚生のメニューを増やすより、限られた予算を従業員が本当に必要としている支援に使うことが重要です。
【参考】
Gartner, “Gartner Survey Finds Employee Total Rewards Preferences Have Shifted Toward Stability in 2026” (8/26/2026)
PwC, “2026 Employee Financial Wellness Survey” (4/14/2026)
Morgan Stanley at Work, “State of the Workplace 2026 Financial Benefits Study” (5/18/2026)
SHRM / Raymond James, “SHRM and Raymond James Research Reveals Why Financial Wellness Must Be a Business Priority” (6/17/2026)
総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん
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