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第2回 アイデンティティとメンタルヘルス 〜「日本人らしさ」に正解はあるのか〜

Silhouette of a person standing on a hill under a colorful, star-filled Milky Way night sky for a dramatic landscape.
Photo by Greg Rakozy on Unsplash
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「日本人とは何なのか」

日本語と英語で診療を行う精神科クリニックを運営していると、日本語を話す患者さんとお会いするたびに、この問いが自然と頭に浮かびます。

アメリカで生活していると、日本人であることをあまり意識せずに毎日を過ごしている方もいるでしょう。一方で、日本を離れたからこそ、日本語や日本文化を子どもたちへ伝えたい、できるだけ日本らしさを大切にしたい、と感じる方もいるかもしれません。

また、「以前より日本人としての感覚が薄れてきた」と感じる人もいれば、周囲に日本文化を共有する人が少ないからこそ、「自分が日本文化を守っていきたい」と決意する人もいます。

どれが正解ということはありません。

むしろ、アメリカで暮らす期間が長くなればなるほど、「日本人」の定義は一人ひとり違っていていいのではないか、と私は感じています。

目次

日本とアメリカで経験した「こうあるべき」

私自身、アメリカ人の母と日本人の父のもとに生まれ、日本の田舎で育ちました。地域の方々には温かく育てていただいた一方で、多様性が少ない環境で「こうでなければならない」という価値観に戸惑う経験もありました。

生まれつき髪の色が明るかった私は、小学生の頃、見知らぬ大人から「髪を染めているのか」と叱られたことがあります。当時は何が起きたのかもわからず、ただ驚いて家まで走って帰ったことを覚えています。アメリカで長く暮らした今、その出来事を振り返ると、「黒髪が普通で、それ以外はおかしい」という無意識の思い込みが、幼い私に「自分は普通ではないのかもしれない」という感覚を与えていたのだと感じます。そんなことから、子どもにとって、「あなたはそのままでいい」と受け入れてもらえる経験がどれほど大切なのかを、今では強く実感しています。

一方、アメリカでは、「アジア人」という大きなくくりの中で見られ、ステレオタイプやマイクロアグレッションを経験することがあります。また、悪意はなくても、「日本人だから礼儀正しいでしょう」「英語がお上手ですね」といった言葉をかけられることもあります。一つひとつは些細なことのように思えても、「相手を個人ではなく、属性で見ている」というメッセージとして積み重なることがあります。

日本とアメリカで、形は違っても、「こうあるべき」という期待の中で見られる経験には、どこか共通するものがあるように感じます。

自分は何者なのかを自分自身が受け入れること

そんな経験を通して感じるのは、「自分は何者なのか」を自分自身が受け入れることは、心の健康にとても大切なのではないか、ということです。

実際、この考えを裏付ける研究があります。

アメリカで約1万3千人以上を対象に行われた大規模な研究では、自分の民族的ルーツに対して誇りや帰属意識を持っている人ほど、生涯で精神疾患を経験する可能性が低いことが報告されました。反対に、自分の文化的背景とのつながりが薄れていくほど、精神疾患のリスクは高くなる傾向がみられました。研究者らは、自分のルーツへの誇りや所属感は、精神的な健康を守る保護因子になり得ると考えています。

セルフ・コンセプト・クラリティ(Self-Concept Clarity)

また、心理学には「セルフ・コンセプト・クラリティ(Self-Concept Clarity)」という概念があります。これは、「自分はどんな人間なのか」という自己認識が、明確で、一貫していて、状況によって大きく揺らぎにくい状態を指します。

2026年に発表されたレビューでは、この自己認識が明確な人ほど、自尊心や人生の意味を感じやすく、ストレスへの対処力も高いことが示されています。一方で、自己認識が曖昧な人ほど、不安や抑うつ、孤独感を抱えやすい傾向があることも報告されています。

ここで大切なのは、「日本人らしくあること」がメンタルヘルスに良い、という意味ではありません。

「私は私でいい」と思えることが、特に人種や文化的なマイノリティである場合にこそ大切になるということです。

異文化の中で暮らす

アメリカで暮らしていると、日本人同士で結婚している方もいれば、国際結婚をしている方もいます。子どもがミックスルーツである家庭もあれば、日本語より英語が得意なお子さんもいます。日本で生まれ育った人もいれば、日本にルーツはあるけれど海外で育った人もいます。

そのどれもが、「日本人ではない」ということにはなりません。

日本人だからこうあるべき、日本語が完璧でなければならない、子どもはこう育てるべき――そんな「〜であるべき」という考えから少し距離を置いてみる。

そして、日本での経験も、アメリカでの経験も、多様な文化や価値観も、すべて今の自分を形づくる一部として受け入れる。

そんなアイデンティティを持てることこそ、異文化の中で暮らす私たちの心を支えてくれるのではないでしょうか。

「日本人」の定義はもっと自由であっていい

「日本人」の定義は、一つではありません。むしろ、アメリカに暮らしているからこそ、その定義はもっと自由であっていいのだと思います。

日本で生まれ育った人もいれば、海外で育った人もいる。日本語が第一言語の人もいれば、そうでない人もいる。国際結婚をしている人もいれば、さまざまなルーツを持つ家族を育てている人もいる。その誰もが、このコミュニティの大切な一員です。

互いの違いを認め合い、「こうあるべき」という枠を少し手放すことができたなら、もっと多様で、温かく、居心地のよいコミュニティが生まれるのではないでしょうか。

だからこそ、一つの定義にこだわらず、自分なりの「日本人らしさ」を、自分自身で決めていいのだと思います。

参考:

Ethnic Identity, Acculturation and the Prevalence of Lifetime Psychiatric Disorders Among Black, Hispanic, and Asian Adults in the U.S.
Journal of Psychiatric Research. 2013. Burnett-Zeigler I, Bohnert KM, Ilgen MA.

Self-Concept Clarity: A Comprehensive and Integrative Review.
Frontiers in Psychology. 2026. Manchiraju S.


執筆者
Smiling woman with shoulder-length brown hair wearing a black blouse with a bow tie

倉本聖良
Sarah Kuramoto, DNP, PMHNP-BC 

シアトルのフリーモントにある個人メンタルヘルスクリニックで、ナースプラクティショナーとして日本語と英語で診察(診断・薬の処方・カウンセラーへの紹介)を行っています。

公式サイト:www.sprucepsychiatric.com/providers/sarah-kuramoto-en
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