米国雇用機会均等委員会(EEOC)は、グアム地区連邦地方裁判所に、リゾート事業を展開するL グアムコーポレーション(レポート上は実社名・以下L社)を相手取り、訴訟を起こしました(民事番号 1:25-cv-00004)。
2025 年 2 月 14 日に提起されたこの訴状は、L社が 1964 年公民権法第 VII 編、42 U.S.C. §2000e 以降(以下Title VII)に違反し、日本人以外の従業員に、同等または下位の役職の日本人従業員と比較して不利な賃金、福利厚生、労働条件を提供したとして、国籍差別に該当すると主張しました。(出典: EEOC Press Release 2025年 2月18日)
この訴訟は、トランプ大統領が2025年1月に就任して以来、EEOCが獲得した最初のミリオン単位の和解であり、次期委員長アンドレア・ルーカス氏による声明とともに、委員会の新しい執行アジェンダと、すべての労働者を国籍差別と「反米」偏見から保護する意図を発表している点で重要と考えられています。
L社の元財務部長が提出したEEOCの苦情には、「日本人従業員には、経験や資格にかかわらず、同様の立場にある外国人従業員よりも高い賃金が支払われていた」と記されています。また、この訴状には、元財務部長より “30%多く報酬を受け取っていた” 部下2名の名前が挙げられ、「より多くの福利厚生を得ていた」と記載されています。
この苦情には、彼が日本人GMにこの件を報告したものの、「無駄だった」とも記されています。それどころか、L社の経営陣は「日本人従業員の優遇措置を容認するよう求めた」と述べています。
L社の元料理長も同様にEEOCに苦情申請しており、「同じような状況にある日本人の中には、資格や職務経験が自分より劣るシェフに、私より高い給料が支払われていた」と述べています。また、この苦情の中で元料理長は、日本人GMから「日本企業だから、日本人従業員は外国人従業員よりも給与が高く、会社の福利厚生(住宅、車、旅行)も充実している」と言われたと述べています。
これらの苦情は2017年2月と3月にそれぞれホノルルのEEOC事務所に提出されていました。
(出典: The Guam Post, 2018年1月22日)
L社はすべての申し立てを否定し、米国と日本間の条約および議定書、T.I.A.S. No. 2863 (1953年10月30日)に基づく権利を外国親会社に代わって行使できると主張しました。一方、EEOC はこの立場に異議を唱え、米国企業はそれら条約上の権利に依拠することはできないと主張した。当事者は、EEOC の申し立てを解決するために同意判決に達しましたが、L社は責任を認めておらず、同意判決は不正行為を認めるものとは見なされていません。
本件の詳細と背景は、以下のとおりです。
- 差別的慣行の疑い(2015年以降)
- EEOCは、米国人労働者を含む非日本人従業員が、日本人従業員と比較して、組織的に不利な賃金、福利厚生、労働条件を課していたことを明らかにした。
- これらの格差は、米国人やその他の非日本人従業員が日本人従業員と同等か、それ以下の役職に就いていた場合も同様であった。
- これら差別は2015年に始まり、EEOCの調査が実施されるまで続いたと報告されている。
- 連邦法違反
- EEOCは、L社の行為が、雇用主が国籍に基づく差別を禁じる1964年公民権法第7編(Title VII)に違反していると主張した。
- 同連邦法では、国籍に関係なくすべての従業員が給与、福利厚生、職場方針において平等な雇用機会を得られることを保証したものである。
- 法的措置と和解
- EEOCはまず、裁判外での合意を求め、任意調停による問題解決を試みた。
- 調停が不調に終わり、EEOC はグアム準州の地方裁判所に訴訟した(訴訟番号: 1:25-cv-00004)。
- 2025年2月、L社は影響を受けた労働者への金銭的救済として141万2,500ドル(約2億9,000万円)を支払うことで和解に合意した。
- 差止命令による救済と裁判所の監督
- 和解(同意判決)では、金銭的支払いに加えて、裁判所監督の下、L社に対して3年間、いくつかの是正措置を課される。
- 外部 EEO モニター 独立したモニターが雇用され以下のことを実施
- 差別禁止法および同意判決条項の遵守を監督する。
- 全従業員の公正かつ合法的待遇を確保するための方針と手続きを見直し改訂する。
- L社の雇用慣行について定期的に監査し、結果を EEOC に報告する。
- Title VIIに基づく法的義務を強化するため、管理職とスタッフ向け研修を促進する。
- L社への復職を希望する元従業員の復職を監督する。
- EEOモニターは、L社が引き続きコンプライアンスを遵守しているか、 EEOC に定期的に報告する。
- EEOC関係者の声明:
- EEOCのアンドレア・ルーカス次期委員長は、米国の法律は米国人を含むすべての労働者を国籍に基づく差別から保護していると強調した。また、能力主義を強調する大統領令に言及し、既存の連邦市民権保護の重要性を改めて強調した。
- EEOCのロサンゼルス地区(グアムを含む)弁護士であるアンナ・パーク氏は、L社が問題を早期に解決し、将来の差別を防ぐ措置を講じたことを称賛した。
- EEOC の役割と権限:
- EEOCは、民間企業における雇用差別の事件を調査・訴訟を行う主要な連邦機関である。
- 差別疑惑が公共部門の雇用主に関係する場合、EEOC は司法省の公民権局と管轄権を共有する。
- EEOCの活動は、全米の雇用主が連邦差別禁止法に従うことを保証するものである。
(出典: EEOC Press Release 2025年 2月18日)
EEOCは一般的に、マイノリティなどの保護クラス(Protected Class)にある労働者への雇用差別などを扱う印象が強いが、翌2月19日のプレスリリースには、「EEOC次期委員長、反米偏見から米国人労働者を守る」というタイトルで、雇用主が外国人労働者の雇用を優先し、米国民が不当に雇用機会から排除されないための取り組みを明示している。
リスク軽減に雇用主は何をすべきか
今回のケースは、日系を含むいわゆる在米外資系企業が、駐在員と現地従業員の両方を公平に処遇し、連邦および州の規制に従うことはもちろん、「不公平な処遇と誤解」されないよう、労務管理において今まで以上に注意が必要であることを物語っています。
給与、福利厚生、労働条件、役職と職務内容の違いなどが、従業員の国籍によるものではなく、文書化されたビジネス要因に基づいて決定されていることを、できるだけ明確にすることが雇用主に求められます。
たとえば、役職や職種ごとに異なる職務内容が適切に記載された Job Description を用意する、市場価格と連動して公平性が維持されている給与制度を構築する、福利厚生は原則として全ての従業員に提供し、特定従業員にのみ提供される場合も理由が明確で公平である、などです。
就労ビザを取得して従業員を雇用する際、同地域・同職種の Prevailing Wage を考慮した支払いが求められるため、ビザを取得する必要のない同等職種の従業員より給与が高く設定されているケースや、駐在員と現地採用者の役職名が同等で、駐在員が著しく好待遇である場合などは、同様の問題が起きる可能性があります。
差別訴訟を回避し、公正でコンプライアンスに準拠した労働環境を維持するためには、上記のような人事制度の適切な構築はもちろん、定期的なトレーニングの提供や継続的な制度の見直しなどが不可欠です。
総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん
2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
【公式サイト】 creo-usa.com
【メール】 info@creo-usa.com