今回の Seattle Watch では、AI 時代において企業のリーダーシップがどのように再定義されるのかを考察します。AI エージェントが労働力の一部となる中、リーダーシップは特定の役職者だけでなく、すべての従業員に求められるものへと変わりつつあります。そのため、従来の新入社員教育も、大きな見直しやアップデートが必要になる可能性があります。
今年3月の Seattle Watch では、「AIネイティブ企業」(AI-native companies)について取り上げ、AIによって従来型の組織のあり方やビジネスモデルが変容していることを紹介しました。AI エージェントが企業の組織図に組み込まれて、人間がAIを同僚として認識する未来は、空想ではなくなっています。こうした変化は、リーダーシップのあり方に新たな問いを投げかけています。
そこで、今回はAIネイティブ企業において、リーダーシップの考え方がどのように再定義されうるのかについて考察していきたいと思います。
AI との協働と、新しいリーダーシップの形
Microsoft の AI at Work 担当チーフマーケティングオフィサーである Jared Spataro 氏は、同社の年次報告書「2025 Work Trend Index」の中で、「AI エージェントが労働力に加わることで、「エージェント・ボス」(Agent Boss)という新しいリーダーが台頭する」と述べています。エージェント・ボスとは、AIを「使う」だけでなく、「導く」存在で、人間の部下を評価や育成するように、AI エージェントの構築・運用・評価を行う役割を担います。
ここで重要なのは、エージェント・ボスという役割が、いわゆる管理職に就いている人だけではなく、すべての従業員に求められるようになるという点です。AI 研究者で You.com の CEO である Richard Socher 氏は、「私たちCEOは、人間とAIの両方を管理する最初の世代になる。しかし、実際に最も大きな変化は、全ての従業員がAIの管理者となることであり、その意味で、全ての人がある意味で起業家になる」と述べています。
これまで、リーダーシップは昇進した後に学び、身に着けるものでした。部下を導き、指示し、動機付け、信頼を築く能力は、上位の役職に求められるスキルとされてきたのです。しかし、AIの普及によりこの前提が崩れつつあります。なぜなら、新入社員であっても、AIエージェントと共に働くことで即座に「管理者」としての役割を担うことになるからです。彼らはAIにタスクを割り当て、成果物を評価し、必要に応じて修正し、信頼性を判断するというリーダーとしての行動が求められるようになるのです。
エージェント・ボス(Agent Boss)に求められる資質とは
HRストラテジストである Nirit Cohen 氏は、エージェント・ボスに求められる資質を次のように整理しています。これらは、導く対象が「人間」か「AI」か、という違いはあるものの、本質的には従来のリーダーシップと共通しています。
第一に求められるのは、「システム思考」です。エージェント・ボスは、人間とAIを組み合わせて業務を設計し、どこを自動化し、どこに人間の判断が必要かを見極める必要があります。例えば、キャンペーンを企画するマーケターであれば、広告コピーの生成、データ分析、ビジュアルのデザインなどを複数のAIツールに分担させ、まるでクリエイティブディレクターが人間のチームを率いるかのように、複数のAIエージェントを指揮・調整するのです。
次に求められるのは「フィードバックスキル」です。マネージャーが部下のパフォーマンスを評価し、建設的なフィードバックを通じて成長を促すように、エージェント・ボスは、AIが出力した成果物に対して的確な評価や改善を行う必要があります。つまり、AIに対して最適な指示(プロンプト)を与え、結果を検証し、不具合があれば軌道修正(パラメータの修正やツールの再選定)を行い、最大の成果を引き出すのです。さらに、AIを信頼し、その結果に責任を持つことも重要です。従来、リーダーは部下を信頼し、権限を委譲しつつ、部下のミスに対して責任を負う存在でした。エージェント・ボスの場合も基本的には同じで、「どのタイミングでAIのモデルを信頼するのか?」、「AIの成果に、どう責任を持つのか?」といった問いに向き合う必要があります。
これらを踏まえると、AIネイティブ企業においては、すべての従業員に対して、入社初日からリーダーシップ教育を施す必要性が浮かび上がってきます。かつてはマネージャーになったら教えていた、「どうやって仕事を任せるか」、「どうやって評価するか」、「トラブル発生時にどう介入するか」、「どうコーチングするか」、「どう意思決定を行うか」、といったトレーニングが新入社員の入社時のトレーニングにも組み込まれるようになるかもしれません
企業のリーダーとしての AI
ここまで紹介してきたのは、人間のリーダーが、人間とAIで構成されたチームを導くという話ですが、その先には、「AIが企業のリーダーになる」という可能性も存在します。
驚くべきことに、一部の企業ではAIをCEOとして導入する実験を行っています。例えば、中国のテック企業であるNetDragon Websoftは、2022年8月に AI ベースのバーチャルヒューマノイドである Ms. Tang Yu を子会社 Fujian の輪番CEO*として任命しました。
*輪番CEO:複数の経営幹部が一定期間ごとにCEO(最高経営責任者)の役割を交代する制度。この制度は、特定の個人に権力が集中するのを防ぎ、経営人材を育成する狙いがある。
同社によると、このAIは、業務全般の監督、リアルタイムでのデータ分析、さらには人間マネージャーの意思決定を支援するよう設計されており、導入後、業務効率は10%向上し、サプライチェーン管理における意思決定ミスも減少したと述べています。
一方で、一部の従業員からは、感情を伴なった物事への共感や職場の人間関係(ヒューマン・ダイナミクス)を理解しない AI の上司の下で疎外感を覚えるという声もあり、特に創造的なコラボレーションを必要とするチームでは士気が低下したという報告も出ています。
これらの試みはまだ実験的であり、共感や倫理的判断など、人間らしさを伴うリーダーシップにおいて、人間からの置き換えがまだ難しいことを示唆しています。Harvard Business School の最近の研究でも、AI が職場に浸透するほどコミュニケーション力などのソフトスキルが技術知識以上に重要になる可能性が示されています。
また、Women in Tech の CEO である Moore Aoki 氏は、「AI は単なる予測でしかない。機械の中に魂があるわけではなく、ただの予測の数式にすぎない。AI がどんな結果を出しても、それが倫理的に正しいか、社会を正しく反映しているか、企業の文化や価値観に沿っているかどうかを判断するのは人間である」と述べています。
まとめ
AIの進化に伴い、リーダーシップのあり方は確実に変化しています。Webrainでは、幹部層および次世代リーダー候補を対象としたリトリート型プログラム「Executive Retreat」を提供しています。同プログラムでは、AI研究者との対話や、データドリブンなセールス/マーケティングスキルなど、テクノロジーの進化に関するインプットも取り入れ、参加者が自身のリーダーシップを次の10年にふさわしい形へとアップデートする機会の創出を目指しています。今後も、時代とともに進化するリーダーシップ像に応えるべく、学びと実践の機会を継続的に提供していきたいと思います。
提供:Webrain Think Tank 社
【メール】 contact@webrainthinktank.com
【公式サイト】 https://ja.webrainthinktank.com/
田中秀弥:Webrain Think Tank社プロジェクトマネージャー。最先端のテクノロジーやビジネストレンドの調査を担当するとともに、新規事業創出の支援を目的としたBoot Camp Serviceや、グローバル人材の輩出を目的としたExecutive Retreat Serviceのプロジェクトマネジメントを行っている。著書に『図解ポケット 次世代インターネット Web3がよくわかる本』と『図解ポケット 画像生成AIがよくわかる本』(秀和システム)がある。
岩崎マサ:Webrain Think Tank 社 共同創業者。1999年にシアトルで創業。北米のテックトレンドや新しい市場動向調査、グローバル人材のトレーニングのほか、北米市場の調査、進出支援、マーケティング支援、PMI支援などを提供しています。企業のグローバル人材トレーニングや北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。