3月のコラムで取り上げた「グアムにある日本企業のEEOC訴訟について」は、多くの読者から反響が寄せられました。また、EEOC(米国雇用均等委員会)が本件を発表した翌日、アンドレア・ルーカス暫定委員長が「米国の法律は、米国人を含むすべての労働者を国籍に基づく差別から保護している」といった声明を発表したこともあり、複数のメディアがこのニュースを取り上げました。
今回は、このような報復解雇を主張した元従業員の訴えが却下された事例を取り上げ、雇用主が学べる点も含めて解説したいと思う。
EEOC とは
EEOCという組織の名前を多くの方が耳にしたことがあると思いますが、雇用に関する従業員の苦情を最初に受理する政府機関です。
この機関は日々膨大な量の苦情を処理していますが、苦情申請全体の53%が「報復(retaliation)」に関連することはあまり知られていません。(出典: EEOC Enforcement and Litigation Data, FY2023)
職場における報復とは?
報復とは、雇用主が、差別、ハラスメント、危険な労働環境、非倫理的な行為の報告など、法的に保護された行為を行った従業員を罰することです。これには、解雇だけではなく、降格、減給、または職務や勤務シフト変更といった対応も含まれています。
公民権法第7条では、雇用機会均等法に基づく権利を主張する従業員に対し雇用主が報復することを禁じています。
報復解雇の訴えが却下された最近の判決
バショー対マジェスティック・ケア・オブ・ホワイトホール事件において、原告は「職場でのセクシャルハラスメントや人種差別的言動を含む不正行為に関する苦情を申請したため、その1週間後に解雇されたのは報復である」と主張しました。
しかし、第6巡回控訴裁判所は「この従業員を苦情申請の1週間後に解雇した雇用主の決定を支持する」との判決を下しました。
オハイオ州の介護施設で Director of Social Services として勤務していた原告は、わずか4ヶ月間の在職であったものの、職場で多くの問題を抱える従業員でした。頻繁な遅刻や欠勤、連邦患者再入院法に違反寸前の対応、そして、許可なく秘密で会議を録音するなど、雇用主はこれらの行為が患者のプライバシーと組織の信頼を脅かすものだと主張しました。
原告は、保護的対応と苦情申請から解雇までの期間が短かったことに対し、公民権法第7条に基づく報復行為だと訴え証拠を立証しましたが、裁判所は以下のような具体的理由から、原告の訴えを認めませんでした。
・無断秘密録音による解雇は正当:原告は、証拠収集の一環として会議を録音したことを認めた。雇用主は職場での録音を禁止する規定を導入していなかったが、裁判所はこのような信頼を損ない法的リスクを生じさせる行為は、従業員を解雇できる理由になり得るとした。本件では、保護対象の医療情報が含まれていたため、録音は HIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act of 1996)という医療保険の携行性と責任に関する法律に違反する可能性があった。
・文書化された勤怠記録は正当:原告は、勤怠が良くないにも関わらず、解雇されなかった別の従業員の例を挙げ、自身の勤怠問題は口実にすぎないと主張した。しかし、原告はその従業員の欠勤頻度等の具体的データを提示しなかった。このため、比較可能な証拠がないことを理由に、裁判所は比較対象者に関する主張が不十分であるとして却下した。
・原告が復職を望んでいないと判断:原告は人事部に対し、「復職に不安を感じ、積極的に他の職を探している」などと伝えていた。裁判所はこの状況を鑑み、判断は合理的であるとした。(出典:Bashaw v. Majestic Care of Whitehall LLC, 6th Cir., No. 2:23-cv-002941)
この判例から雇用主が学べること
この判例は、雇用主の徹底した文書化と一貫したポリシーの適用がいかに重要であるかを示しています。雇用主にとって重要なポイントは以下の通りです。
- 従業員のパフォーマンス問題、警告、コミュニケーションに関する正確な記録を維持する。これらは報復の申し立てを受けた際に分析するための重要な要素となる。
- 懲戒のタイミングには、充分注意する。苦情申請と解雇のタイミングが近い場合、報復を示唆される可能性が高くなるが、十分な裏付けとなる文書があれば、今回の事例のように疑念を払拭できる可能性がある。
- 従業員から懸念が表明された場合、反射的な対応を避ける。苦情申請は必ず専門知識に基づき調査・分析し、内部告発や保護的対応については、関連しないパフォーマンス問題とは切り離して扱う必要がある。
- 出勤記録や記録方法のルール、職場の行動規範を明確にし、全従業員に一貫して適用する。
- 従業員が保護的な対応を行った後、直接的・間接的を問わず報復行為とみなされる可能性を認識して、これらを回避するよう管理職への教育を徹底する。
従業員が苦情申請したというだけで、雇用主が従業員の不正行為やパフォーマンス低下を容認する必要はまったくありませんが、懲戒処分や解雇の理由が正当かつ公正であり、保護的対応とは無関係であることを証明する準備が必要となります。
総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん
2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
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