さまざまな世界的ブランドで経験を積み、シアトルで『Yuzu Marché』(ゆずマルシェ)を立ち上げた隠岐美沙緒さん。日本とアメリカ、二つの文化を行き来しながら育ち、バイリンガルであり、バイカルチュラルであることを活かして「自分がやりたいこと」に挑戦することに。家事を楽にするアイテムから、本物の日本の味を届ける商品まで ― その根底にあるのは、”文化をつなぐ” という情熱です。今回は、隠岐さんの原点と、起業に込めた想いを伺いました。
思春期の渡米がくれた試練

写真:本人提供
13歳だった中学2年の夏に父の仕事の都合で渡米しました。思春期にまったく違う環境へいきなり入って、語学も友達づくりも本当に大変でした。
日本の中学校ではテニス部だったので、真っ黒に日焼けしていて、おしゃれをする余裕などなかった状態で渡米したら、アメリカの子達はみんなきれいで発育もよくて、圧倒されたのを覚えています。
それでも、あの時をなんとか乗り越えた経験が、今の私の自信になっています。そもそも日本の団体行動が得意ではなかったので、アメリカのインディペンデントな文化は性格に合っていたのかもしれません。それもラッキーでしたし、両親があきらめずに私を学校に連れて行って、サポートしてくれたのもすごく感謝しています。
アメリカで得たマインドセット
今から考えてみると、幼い頃は内向的だったと思います。でも、そんなふうにアメリカに来て、自分の意見を言わなくてはならなくなり、相手の意見も聞くことができるようになりました。そして、相手と意見が違ってもちゃんと話し合えるようになりましたし、女性としても強くなれた気がします。
また、 “There’s no harm in asking.”(聞いてみるだけなら損はない)という精神、「行動することがまず大事」というアメリカの文化は良いですね。「ちょっとずつでも良いから、少しずつやっていく」「まず小さく始めてみる」というスタートアップ的な考え方は、今回の起業にもつながっています。
バイリンガルだけでなく、「バイカルチュラル」の力
そんな経験から、私が大切だと思っているのは、バイリンガルであるだけでなく、バイカルチュラルであることです。
バイリンガルは “二つの言語を話せる” ことですが、バイカルチュラルは “二つのカルチャーを同じくらいよく理解する” こと。日本とアメリカで半々に過ごしてきて、アメリカの方が少し長いくらいですが、そのおかげで両方の文化を理解して、いいとこ取りができていると思っています。日本にいればアメリカの魅力を伝えられますし、アメリカにいれば日本のことを聞かれて頼ってもらえる。頼られるのはすごくうれしいです。
私自身、バイリンガルでバイカルチュラルになったことで世界が広がり、選択肢が増えました。これまで日本企業やアメリカ企業でキャラクターライセンスの仕事に関わってこれたのもそのおかげです。
そんな仕事を通して、アニメやゲームなど日本発コンテンツの強さを実感しています。アメリカ企業で働いて改めて思うのは、日本の職人気質とインテグリティの強さです。たとえば任天堂のマリオは、他社に安易にライセンスを出さず、自分たちのプラットフォームで価値を守り抜いている。どれだけ大企業がお金を積んでも、キャラクターの一貫性を守る姿勢は本当にリスペクトできます。そういう守りが、長期的な価値につながっていると思います。
起業の決断 ― 中間管理職で気づいたこと
企業で働き、昇進することは良いことでもありますが、初めて中間管理職になった時、部下のパフォーマンスが自分の評価に直結することを理解しました。その経験から、「私はマネージャーになることは向いていない」と実感しました。
さらに、尊敬していた40代の女性上司が幼いお子さんを残して急逝されたことにも大きく影響を受けました。「人生は短いかもしれない。後悔のない選択をしたい」と強く思うようになったからです。
そこで、私の大切な家族を最優先するファミリーファーストでいるのが、私の一番の幸せだと感じ、満足していない環境に長くいるより、思い切って起業して“やり切った”と思える人生にしたいと決めました。
夫も私が自分に合わない職場で精神的に参ってしまったのを見てきたのと、自分の母親が一時的に育児で仕事を休んでから復帰するのにとても苦労したことを見てきたので、私には「細くても長く続けられることを続けるのが良いと思う」と言ってサポートしてくれています。私の親孝行の一つは、そんな夫と結婚できたことだと思っています(笑)。
“家事を楽に、本物を届ける”――最初のプロダクト

起業のテーマは“家事を楽に”と“本物の日本のものを届ける”ことです。最初に選んだのは、こちらの二つの商品です。
食洗機OKのお箸
福井県小浜市の老舗メーカーさんのお箸に出会って、一般消費者として長く使ってみて品質に確信が持てました。先端は滑り止め付きで、ディッシュウォッシャーにも入れられる。お子さん用の短めサイズや和柄、LGBTデザインのペア箸などバリエーションも用意します。北欧インテリアにも合う色を意識していて、とても素敵です。

ウェディング向けの箸セットはとても人気です。従来の夫婦箸と違い、LGBTQの方がデザインしたということもあって、どんなスタイルのカップルでも使用できるデザインとなっています。100ドルのセットでも、よく売れています。
また、お箸の初心者には子ども用の短めのものが使いやすいという声もあり、自由に選べるようにしています。日本通のアメリカ人や、現在アメリカに住まわれている日本人の方も、アメリカ人のご友人やご家族などにユニークな本当の日本のギフトを探している人方にも響いている実感があります。
フリーズドライ納豆パウダー
常温で持ち歩けて、納豆の栄養価はそのままフリーズドライされた納豆菌が腸に届いてから活性化しやすく、消化を手助けしてくれるのが魅力です。味噌汁に入れるとコクが出て、「これ無しだと、物足りない」と思うぐらい。賞味期限も長く、旅行やアウトドアにも便利です。手軽に腸活をしたい方、便秘で悩んでいる方も、ぜひ使ってみてほしい商品です。

次の一手:インスタント味噌汁と“チュルチュル”うどん
フリーズドライの味噌汁は、お湯を注ぐだけでおいしくて、忙しい人の味方です。また、自社ブランドのカップうどんも作りたいと思っています。ちゃんと美味しいもので、出汁はお魚ですから、どこにでも持っていけます。
我が家では子どもが離乳食を卒業した後、普通のご飯を食べてくれなくて苦労していたら、「うどんなら大丈夫だよ」というアドバイスを受けて食べさせたところ、すぐに食べてくれました。その頃から子どもとおうどんを “チュルチュル”と呼んでいたのですが、それを子ども用の商品名にして、親しみやすくしたいです。
どちらもスキー場やキャンプ、旅先で“すぐ温かいものが欲しい”時に活躍させたい。誰が作っているのか、何が本物なのかをきちんと見せて、オーセンティックな日本食として信頼を積み上げたいです。
でも、うどんはラーメンに比べて対応工場が圧倒的に少なく、最初に必要な資金は1,000万円規模です。融資だけに頼るのは怖いので、まずはお箸で収益を積み上げ、段階的に投資していきます。OEMでの製造や、味噌汁から先に着手する選択肢も現実的だと考えています。
今後の展開
二つの文化を行き来してきたからこそ、“家事を楽にしてくれる本物の日本の良さ”を、アメリカの日常に誠実に届けたい。まずは、ディッシュウォッシャーに入れられる上質のお箸と納豆パウダーで土台をつくり、インスタント味噌汁と“チュルチュル”うどんで次の段階へ。本物を顔が見える形で届けることで、長く愛されるブランドに育てていきたいです。
インスタグラムでは、自分を積極的に露出して、誰が売っているのかが見えるようにしています。それに加えて、ローカル誌やキッズ向け媒体などとつながりたいですね。届けるべき人に確実に届く導線を作れるよう、工夫していきます。
Yuzu Marché
Founder & Owner
隠岐美沙緒さん(おき・みさお)略歴
シアトル生まれ。4歳の時に両親と日本に帰国、13歳のときに家族とともにワシントン州シアトル郊外へ再度移住し、日本とアメリカを行き来しながら育つ。ワシントン大学を卒業後、大手ゲーム会社に就職。結婚を機に日本へ渡り、外資系企業での勤務を経て、再渡米。現在はアメリカのゲーム企業に勤めながら、ライフスタイルブランド「Yuzu Marché(ゆずマルシェ)」を立ち上げ、活動中。ブランド名の“ゆず”は愛犬の名前で、ロゴにもその姿がデザインされている。
公式サイト:www.yuzumarche.com
公式インスタグラム:@yuzumarche
聞き手:オオノタクミ

