MENU

「寿司は日本の文化。積極的に伝えなくては」『Sushi Kashiba』経営・寿司職人・加柴司郎さん

  • URLをコピーしました!

日本の食文化としてアメリカで最も知名度の高い「寿司」。シアトルは日本人の職人が握る本格寿司を味わうことができる都市の一つだが、その原動力として重要な役割を果たしてきたのが、日本人にもアメリカ人にも「しろうさん」と呼ばれ、尊敬されている寿司職人の加柴司郎さんだ。銀座の一流店で6年半にわたり修行を積み、1966年にシアトルに移住し、シアトルで初めて江戸前寿司を出してから今年で50年。現存する市場では米国で最も長い歴史を持つパイク・プレース・マーケットの一画に昨年末に開店した 『Sushi Kashiba』 で、毎日寿司を握る加柴さんにお話を伺った。

もくじ

寿司は日本の文化

加柴司郎さん

日本とは大きく異なるアメリカの地で寿司を提供する加柴さん。「日本の文化である寿司をアメリカで広めるチャンスを与えてもらっていることがありがたい」と語る。

アメリカで寿司屋をする場合、日本と大きく違うのは、いろいろな人種の方が寿司を食べに来ること。当店の場合、お客様の95%は日本人以外の方で、日本で寿司を食べ慣れている人はそう多くありません。サービス業は、いかにお客さんに喜んでもらえるかを考えながらする仕事ですから、上手に説明し、伝統の寿司について知ってもらい、喜んでいただくことが大事だと思っています。

おかげさまで、ここで寿司を知った人が新しい人を連れてきてくれます。アメリカ人の方は本物を探していて、好奇心がいっぱいですから、いろいろ聞いてくれますし、ちゃんと知りたいと思ってくれます。日本の文化である寿司をアメリカで広めるチャンスを与えてもらっていることがありがたい。まず感謝しながら仕事をしています。この店を自分より若い人についでもらうためにも。

文化を見て覚える大切さ

加柴司郎さん

日本人でない人に日本文化を教えることには、チャレンジが伴う。一方で、日本人より深い知識を持つ人もいる。

シアトルでは日本人のサーバーが少ないのが現状で、当店では14-15人のサーバーのうち日本人は1人だけです。そこで、日本で生まれ育った人は教わらなくても知っている日本食の知識を言葉でしっかり教えていかなくてはなりません。今後しっかりした知識を持った人がサーバーのリーダーとなって、上手にトレーニングできたらありがたいですね。

一方、日本酒に関しては、一般的な日本人の方よりものすごく深い知識を持っているアメリカ人が増えてきています。私よりもよく知っている。勉強好きで、お話ししたように好奇心がいっぱいですから、どんどん学んでいく。日本人の場合、身近にあると改めて勉強しようと思わないかもしれませんが、こだわりのあるアメリカ人の間での日本酒の人気はすごいものがあります。

地元の食材の変化

加柴司郎さん

地元の旬を大切にするのが江戸前寿司。しかし、調達が徐々に難しくなっている現状も。

どこでとれたものか、食べごろはいつか。伝統的な江戸前寿司は、そうしたことを考えて、お客様におすすめします。それが私のシアトルでの方針でもあります。しかし、最近は規制が厳しくなっている上、たとえば、スメルトやグイダック、レーザークラム、オオダコ、イカといった、この土地ならではの品の入荷がなかなか厳しくなっています。特にグイダックやレーザークラムなど、この土地の特産品が外国でもっと高値で大量に売れるからと輸出に回されてしまい、地元に出回る分が少なくなっています。それで地元での値段がかなり高くなります。スメルトは、あんなにおいしいのに、地元での金銭価値が低く、さばける量が少ない。そのため、毎日海に出て新鮮なものを持ってきてくれる漁師が少なくなっています。

一方、サーモンは別です。これは相変わらずいいものがいろいろ手に入ります。そしてオイスター、カニなども地元のものがとてもおいしい。これからファーマーズ・マーケットも楽しい季節になりますね。特に春から秋にかけては、シーフードに限らず、ローカルのものを出せるのが嬉しいです。オーガニック農家の滝さんが、日本の野菜を一生懸命に育ててくださっている。ああいう方には感謝の気持ちしかありません。

寿司が持つ可能性と、『Sushi Kashiba』 での使命

加柴司郎さん

「日本で寿司職人としてしっかり修行した方に、どんどんアメリカに来てもらいたい」という加柴さん。日本文化としての寿司をきっちり伝え、お客さんに喜んでもらいたいと思えばこそだ。

これまでもそうですが、今、ここで寿司を握って、日本の本物の寿司文化を伝えていくことが、私の使命だと思っています。日本人にとっては古いことでしょうが、アメリカ人にとっては「古いことが新しい」。お客さんはそもそも興味を持って来てくださっているので、真剣に聞いてくれますから、こちらも真剣に教えます。

今は若手がやっている寿司店が増えていますね。日本で寿司職人として5年でも修行している方や現役で働いている方で、「アメリカで寿司屋をやりたい」と思っている方がいらっしゃれば、どんどん来てもらいたいですね。アメリカは個人ベースの社会ですから、個人がしっかりしていないと生きていけませんが、きっちりやればものすごいチャンスがあると思います。そういう人たちとともに、寿司という日本文化を伝えていきたいですね。

寿司を握るだけなら、誰でもちょっと練習すれば、握る格好はできます。シアトルでも自宅で寿司を作りたい人のための教室がありますし、30分もすれば誰でもできるようになります。そして寿司カウンターに立って、「いらっしゃい!」と言えば、寿司を知らない人が大半のアメリカではごまかしがきくでしょう。

でも、寿司は文化です。文化は技術だけではない。ご飯を炊く。皿を洗う。買い物に行く。お客さんの反応を見る。そうした基礎的なことを通して寿司職人に何ができるのか、何をするべきなのか、3年から5年ほどかけて毎日考えて、少しずつきっちり身につけながら職人になっていく。そうして、寿司という日本の文化をきっちり伝え、お客さんに喜んでもらえる仕事ができれば、それ以上に嬉しいことはないと思います。

加柴司郎さん

寿司カウンターで加柴さんの立つところからは、パイク・プレース・マーケットの建物の向こうにピュージェット湾が見える。「海の見えるところで寿司を握るという、かねてからの夢が叶いました」と、加柴さん。全米に知られる存在だけに根強いファンが多く、2011年に出版した著書 『Shiro: Wit, Wisdom and Recipes from a Sushi Pioneer』 も大好評。

カウンターは予約ができないので、たくさんの「しろうさん」ファンと行列する覚悟で!

かしば・しろう/1941年京都生まれ。高校卒業後、約7年に渡り東京・銀座の一流店『与志乃』で修行し、江戸前寿司の経験を積む。1966年に渡米し、シアトルの和食レストラン『田中』で約4年働いた後、戦前から営業する『まねき』 にてシアトルで最初の寿司カウンターの設置を実現。翌1971年に開店した『日光』、1994年に『しろう寿司(Shiro’s)』 を開店して全米に知られる存在となり、2014年4月に惜しまれながら引退する。しかし、多くのファンの声に押され、2015年11月に『Sushi Kashiba』 をオープン。その活躍は全米のメディアに取り上げられ、シアトル内外の寿司好きから高い評価を得ている。
【公式サイト】 Sushi Kashiba

  • URLをコピーしました!

この記事が気に入ったら
フォローをお願いします!

もくじ