日本人建築家・小笹三郎氏が設計を手掛けたホテル。1910年8月、日本から出稼ぎのため単身渡米した男性向け長期宿泊施設としてオープン。第二次世界大戦時に強制収容された日系アメリカ人の家財道具などを地下で保管し、ホテル1階に開店したカフェ『パナマ・ホテル・ティー＆コーヒー』の床のガラス越しに、戦後になっても引き取り手が現れなかった荷物を見ることができる。パナマ・ホテルと日系人の強制収容を描いたジェイミー・フォードの小説『Hotel on the Corner of Bitter and Sweet（邦題：あの日パナマ・ホテルで）』（2009年出版）が、2010年にニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト入りし、その存在が米国で広く知られるようになった。2006年、米国史跡認定。2015年、米国国宝認定。2020年、日本政府より「令和二年度外務大臣表彰」受賞。
「ここは1910年の床だから、バイクシューズで入らないでちょうだい。ありがとう」
これはジャンの口癖。100年以上も経つ床に傷をつけてしまうかもしれない靴を履いて入店しようとするお客さんを見つけると、ジャンはピシャッと注意します。相手に何か言う隙も与えないくらいの速さで ― ジャンはこのパナマ・ホテルを自分の子どもように（もしかしたらそれ以上かも）大切にしているのです。
彼女の名前はジャン・ジョンソン。1985年に前オーナーの堀隆氏からパナマ・ホテルを購入し、経営しています。1階にあるパナマ・ホテル・ティー＆コーヒー（以下：カフェ）は2001年にオープン。私はそのカフェで1年間にわたり OPT で働いていました。
私がパナマ・ホテルを知ったのは2018年の9月、シアトルに来て半年が経つ頃でした。シアトルで知り合った友人のレイナさんに「すごく雰囲気のいいホテルのカフェがあるんだよ！」と紹介されて訪れたのが最初。中に入ると、アンティークの家具がたくさん並んでいて、落ち着いた感じです。抹茶ラテやほうじ茶ラテといった、日本では一般的なメニューがあったことに驚きました。しかも、アメリカにありがちな「砂糖たっぷり激甘抹茶ラテ」でもなく、ただの緑色の液体でもなく、日本人が飲んでも「おいしい！」と思える抹茶ラテです。ほうじ茶は鹿児島県産のオーガニック茶葉。玄米茶もあるので日本のお茶が恋しくなったときには絶好のスポットだと思いました。
その時はパナマ・ホテルの歴史を詳しく知らず、ただ「歴史を感じる雰囲気で、カフェも素敵♡」という印象。ホテルの地下にある銭湯の歴史を学べるツアーに参加したかったのですが、前日にやってしまったとのことで、ジャンは「今日は（ツアーを）やらないわよ」。でも、レイナさんと私ががっかりしている様子をみかねてご厚意でホテルの室内を少し見せてくれました。
カフェを出て、隣にあるホテルの扉を開けると、タイムスリップをしたかのような錯覚を覚えました。目の前には階段があり、そこを上がると、レセプションと小さなロビーがある3階に着きます。
地下1階地上5階建てで、客室数は102室とのこと。客室が並ぶ廊下は照明が少ないので夜は暗いですが、昼間は廊下の両端にある大きなガラス窓から自然光が入ります。客室は今の感覚では小さ目で、小さな洗面台とベッドがあるだけのシンプルな作りになっています。20分くらい見学させてもらい、その日は帰宅しました。
それから2カ月後の11月、前回見られなかった地下の銭湯を見学するツアーに参加できることになりました。
ツアーはカフェからスタート。ジャンがホテルの歴史やシアトルの日本町についてカフェ店内に展示されている写真を使って説明し、その後、北米で唯一完全な形で保存されている地下の日本式銭湯『橋立湯』へ向かいました。（詳しくは後日公開するエピソードをお楽しみに）
銭湯の中には、女性と子供用、そして男性用の浴室があります。銭湯で欠かせないお風呂上がりの牛乳など、冷たい飲み物を販売するカウンターも残っていて、当時アメリカで生活していた日本人が銭湯を楽しんでいた様子に思いを馳せました。「腰に手を添えて、牛乳を一気飲みとかしたのかな」、なんて想像してみたり。
脱衣所を見回してみると、ロッカーの上にはビルボード（商業用の宣伝看板）があり、そして驚きの看板を発見！
「これは！？もしかして・・・私の・・・！？えーーーーー！」
文：疋田 弓莉（ひきた・ゆり）
東京出身。幼い頃から北米で生活してみたいという夢を抱く。日本で鉄道会社に勤務後、2018年から2020年の約2年間にわたり留学生としてシアトルに滞在。パナマ・ホテルと運命的な出逢いを果たし、1年にわたりOPTでパナマ・ホテル・ティー＆コーヒーで働く。日本帰国後、東京のPR会社に就職。
