幼少期の自身の闘病経験から医師を志し、米海軍病院を経て、ニューヨークの過酷な専門医研修の現場へと身を投じた松浦有佑さん。2024年にシアトルへ拠点を移し、現在はワシントン大学およびシアトル小児病院で「小児発達行動専門フェロー」として、発達障害の臨床とAIテクノロジーを融合させた最先端の研究を率いています。
一人ひとりに寄り添う小児科医療への妥協なきこだわり、AIを活用した最新の自閉症児支援、そして「正解のない世界」で子どもたちとご家族の未来をトータルで支えることへの強い願いについて、お話を伺いました。
病院での治療がきっかけで医者に憧れた少年時代
小学校の頃から、なんとなく医師になりたかったのだと思います。幼かった頃は体が弱く、喘息や感染症などで入院や通院を繰り返していました。アトピー性皮膚炎もひどかったのですが、病院で治療を受けるとすぐに体調が良くなり元気になれたため、子どもながらに「医者はすごい」と無意識に感じていたのでしょう。小学校の卒業アルバムの「将来の夢」のところに、「医者」と書いていました。
その卒業アルバムについては忘れていたのですが、成人した際に小学校の担任の先生からメールをいただき、そのことを改めて教えていただいたのです。見直してみると、確かにそう書いてありました。
高校時代に出会った児童精神科医の講演に感銘を受ける
特に大きな転機となったのは高校生の時です。世界中で人道支援を行っている児童精神科医の桑山紀彦先生が私の高校へ講演に来られました。先生が立ち上げられた「地球のステージ」というプラットフォームでは、音楽や映像を用いて世界での人道支援活動を学生に伝えるイベントを行っています。
その講演に感動し、もともと抱いていた医師への夢が「子どもの心や発達に貢献できる仕事がしたい」という具体的な志へと変わりました。
私の母が未就学の障害児向けの先生(専門職)を務めていたこともあり、幼い頃から自閉症やダウン症の子どもたちがいるのが日常だったこともあります。小学校では、別の学校に通う重症脳性麻痺の同級生との交流レクリエーションを運営委員長として企画したこともあり、大学に入る前から「医師になり、子ども関連の領域で働く」という方向性は、自分の中で定まっていました。そして、大学の医学部時代には、桑山先生とともに東ティモールでの医療ボランティアにも参加させていただき、現在へとつながるご縁となりました。
危機感から決意した世界一周バックパッカー生活
日本の医学部を卒業後、日本で医師として2年間勤務し、その後、神奈川県横須賀市にある米海軍病院で1年間働きました。もともと医療ボランティアに興味があったので、当初はどこか一つの場所に腰を据えて暮らすことは考えていませんでした。
大学4年生の時、英語に対する興味はあったもののまったく話せない状態で、「このままでは英語ができないまま医師になってしまうのでは」という強い危機感を持ちました。そこで計画したのが、1年間のバックパッカー生活です。世界を一周しながら各地の語学学校に通う中で、カリフォルニア州サンディエゴに滞在した際、アメリカの環境がとても楽しく感じました。その間に自分でも驚くほど英語力が成長したこともあって、「アメリカでのキャリア」という選択肢を意識するようになりました。大学5年生頃からアメリカの医師免許(USMLE)の試験勉強を始め、研修医2年目の時に渡米を決めました。
日米政府の協定プログラムから、ニューヨークでの専門医研修へ
医師3年目の時に横須賀米海軍病院に就職できたことは非常に大きかったです。これは日米政府の協定により、毎年6人の日本人医師を海軍病院に派遣するプログラムなのですが、医学英語を学びつつ、アメリカの医療システムを習得することができました。
横須賀の基地内の病院は規模が小さく入院設備がないため、米軍関係者が重症化した際などに、私たちが日本の病院とコミュニケーションをとって搬送する役割を担っていました。
この日米の Win-Win な関係性のプログラムの中で仕事としての医学英語を身につけ、ニューヨークのマウント・サイナイ大学病院の小児科レジデンシー(専門医研修)にマッチングされ、渡米を実現しました。
言葉の壁にぶつかり、挫折を味わったニューヨークでの日々
でも、最初の頃はすべてが大変でした。周囲は全員アメリカ人で、ネイティブの会話のスピードが非常に早く、同僚や上司との意思疎通にとても苦労したのです。
特に印象に残っているのは、1年目の時の夜間病棟管理のシフトです。先輩医師と2人で患者さんを管理するのですが、ワークルームの電話に対応するのが1年目の私の仕事でした。でも、対面なら理解できる英語が、電話越しだとまったく聞き取れなかったのです。適当に対応すれば患者さんの命に関わるため、スピーカーフォンにして先輩医師にも内容を聴いてもらい、後から話し合う日々が続きました。
「自分がいない方が病院が円滑に回るのではないか」と、当時は激しい挫折感を味わい、日本へ帰りたいと何度も思いました。
でも、半年ほど徹底的な実践の中で揉まれるうちに不思議と頭が追いつくようになり、自力での対話が可能になりました。
ちょうど新型コロナウイルスの第一波が落ち着いたタイミングでの勤務開始だったため、特殊な状況下ではあったものの比較的統制が取れているタイミングでニューヨークでの研修を修了しました。この病院では、山田悠史(やまだ・ゆうじ)先生も勤務されており、公私共に大変お世話になりました。
公衆衛生大学院と発達障害を専門に選択
自分が専門としたい領域が「発達障害」と決めていたので、小児科専門医のトレーニングと同時に、ジョンズホプキンズ大学の公衆衛生大学院(MPH)で学びました。
公衆衛生を学んだ理由の一つは、発達障害は病院と患者さんだけで完結するものではないからです。その人が社会からどう見られているか、教育や療育がどうサポートするか、また国からのファンディング(資金援助)の仕組みなど、医療より広い枠組みを理解しなければ適切な医療行為は行えません。そこで、オンラインで3年間、働きながら学び、公衆衛生学修士(MPH)を取得しました。
もう一つの理由は、大学生時の病院実習での気づきです。例えば、感染症であれば、熱や症状に応じた抗生物質の選択など、ガイドライン(アルゴリズム)に沿って治療を進めることが一般的で、医師はガイドラインを元に治療の選択を行います。でも、発達障害においては、何がゴールであるかが家族や子どもによって全く異なります。「こうしたら治療できる」という画一的なガイドブックが通用しない世界だからこそ、サイエンスの枠を超え、一人ひとりに寄り添った自分だからこそできるサポートに強い魅力を感じ、この領域を専門とすることを決めました。
巨大なプログラムとフレキシブルな環境を持つワシントン大学へ

小児科専門医としての3年間のレジデンシーを終えた後の進路として、さらに3年間の専門トレーニングを行う「フェローシップ」という制度があります。
そこで、「小児発達行動専門フェロー」として、全米でも屈指の巨大プログラムを持つワシントン大学(UW)へ応募しました。就職活動の面接はオンラインでしたが、当事者やフェローを極めて手厚く尊重するプログラムの方針が画面越しに伝わってきました。ワシントン大学のプログラムはとてもフレキシブルで、各自がやりたい研究を自由に選ばせてくれる点が大きな魅力です。採用され、シアトルに引っ越してきたのは2024年でした。
自然と街が共存するシアトルでの、充実した暮らしと仕事のやりがい

シアトルは、来た瞬間から「この街を好きになる」という直感がありました。出身が岐阜の田舎なので、ニューヨークの人混みは私にとって少し多すぎると感じていました。シアトルは自然と街が共存していて、住んでいる人との距離感も、一歩下がってグイグイ来ない感じが自分の感覚に合っています。日本へのフライトが10時間程度と近いことも魅力ですね。冬の暗さや灰色の景色、外に人がいなくなる静けさには最初は驚きましたが、今では気にならなくなりました。
また、シアトルにお住まいの方は全体的に教育水準が高く、医療や療育への理解が非常に深く、質問もしっかりしてくださることに気づきました。医師としてもやりがいと大きな手応えを感じます。
AIを活用した最新の自閉症児支援研究

(本人提供)
現在はワシントン大学とシアトル小児病院を兼任しています。1年目のフェロー期間は外来診療などの臨床がメインでしたが、2025年からは同病院で1年に1人のみ募集される「クリニカルリサーチフェロー(臨床研究フェロー)」という特別なポジションに就くことができました。そのため、現在は週1回の外来診療を除き、大半の時間を研究活動に費やしています。
メインで行っているのは、AIを活用して自閉症の方の生活の質(QOL)をサポートする研究です。具体的には、AIを用いた「ソーシャル・ストーリーズ」の作成、つまり個々の状況に合わせた絵本の自動生成です。
自閉症の子どもたちは、予期せぬ出来事に直面するとパニックを起こしやすい特性があります。例えば、大きな音がして照明が眩しい「歯医者」はその典型です。そこで私たちは、歯医者に行く子ども向けに「交通機関を利用してで歯医者に行き、受付をして、椅子に座り、医師がこのような器具を使う」という一連の流れの絵本をAIで作成しています。
これを事前に親御さんが何度も読み聞かせることで、子どもたちは事前に見通しを立てて気持ちの準備をすることができ、当日パニックを起こさずに行動できるようになります。
こうしたことはこれまで親御さんが手作業で作っていたものですが、それをAIで作成して負担を減らし、効率化し、その医学的効果についてエビデンスを構築しています。
正しい医学的知見を伝えるために本を執筆

発達障害とAIに関連する論文はここ1〜2年で急増しており、数年後にはテクノロジーを用いた介入が医療現場でも使われるようになるでしょう。私も文章作成において、英語の文法のチェックや引用元の体裁を整えたりするのにAIは日常的に欠かせません。ただし、現在はまだ臨床で直接 AI を使用して患者さんに介入できる段階ではありません。エビデンスを突き止めている研究段階です。
現在、日本でも発達障害の認知度は高まっていますが、体系的な専門医の育成制度が十分に確立されていないため、専門家が不足しています。その結果、インターネットやSNS上には個人の主観や独自の経験則に基づく根拠のない情報が氾濫し、当事者やご家族が調べるほど混乱してしまう悪循環が起きています。
私が最新の医学的知見に基づいた体系的な著書『発達障害を正しく知る』を出版した理由は、まさにここにあります。混乱しているご家族に対して、根拠のある正しい知識を届けたい。もし悩まれている場合は、インターネットに頼るのではなく、日本であれば各地域の発達支援センター、アメリカであればかかりつけの小児科医といった専門の窓口に直接相談することを強くお勧めします。
学校や身体的アプローチまでトータルで支える、小児科医ならではの強み
その点、シアトル小児病院はその最前線にあるので、トータルで支える体制が整っています。私のいる外来は neurodevelopmental clinic(NDVクリニック)と呼ばれ、発達の遅れや発達障害、それに伴う遺伝病などの疾患を持つ子どもたちが来院します。私たちは自閉症やADHDの診断・薬の処方だけでなく、IEP(個別教育計画)のレビューを共に行い、学校側へ適切なサポートをリクエストする文書を作成することもあります。
また、私たちは小児科医ですので、心だけでなく身体の側面も診ることができます。自閉症の子どもたちに多く見られる、激しい偏食や食事の問題、睡眠障害、そして非常に合併率の高い便秘などに対しても、睡眠アプローチや食事指導、便秘治療などを同時に行っています。
これは心の専門である児童精神科医の先生方とは異なる、身体の発達や行動への影響をトータルで診られる私たちの専門領域の大きな強みです。
「子どもの発達障害は、決して親の責任ではない」
外来でお会いする親御さんの多くは、「自分たちの育て方や関わり方が悪かったのではないか」と自責の念に駆られています。しかし、現在、発達障害は遺伝的な影響や遺伝子の違いが発達に関わっていることが科学的に解明されています。つまり、誰かが何かをしたことによって起こるものではないのです。
診察室でこの事実をお伝えすると、張り詰めていた気持ちから涙を流される親御さんも多くいらっしゃいます。涙を流すことは、これまで抱え込んできた苦悩を外に出し、現実を受け入れて前へ進むための大切なプロセスです。どこかで自責の念を持っているからこそ、一度それを流し出す必要があると私も指導を受けてきました。
日本語では悪意のある根拠のない情報がバズることもあり非常に悔しい思いをしていますが、私は外来で正しい医学的事実をしっかりと伝えていきます。
ワシントン州の恵まれた療育環境を活かし、日本語でのサポートを届けたい
シアトル、そしてワシントン州は、全米で比較すると、医療や教育のサポート体制が非常に整っている場所です。
例えば、0歳〜3歳児向けには、発達の遅れの疑いがある場合に自宅にセラピストが訪問して療育を行うサービス「Early Intervention」が無料です。また、自閉症の診断がつくと、特化型療育である「ABA(応用行動分析)」のセラピーが州の法律により保険でカバーされ、実質無料で受けられます。学校現場でもIEP(個別教育計画)の制度が広く理解され、フレキシブルに対応されています。
シアトル小児病院の発達外来に日本人医師がいることはまだ十分に知られておらず、必要なリソースに辿り着けていない方が多くいます。日本語での相談を希望される方は、ぜひ、かかりつけ医(小児科医)に相談し、紹介(リファラル)を通じて私の外来(neurodevelopmental clinic)への予約をリクエストしてください。
テクノロジーと医療現場を繋ぎ、最新の知見を世界へ還元していく
現在、発達障害の臨床医の多くは新しいテクノロジーを現場に取り入れることに慎重です。医師免許を持ちながら発達障害のテクノロジー研究を行っている専門家は全米でも非常に少ないため、研究の進歩と臨床現場の間に大きな乖離が生じています。
私は医師免許を持つ研究者として、臨床研究を通じてしっかりとしたエビデンス(科学的根拠)を作り、現場のトップを動かして実際の医療現場でテクノロジーが使える流れを作りたいと考えています。これが私の大きなゴールです。
今後は、シアトルでの研究をベースに最新のエビデンスを構築しつつ、出版を機につながった日本の教育界などとも連携し、日本での講演活動などを通じて医療に留まらない広い分野へ発達障害の正しい知識を伝えていきたいと思います。
松浦 有佑さん(まつうら・ゆうすけ)
米国小児科専門医。ワシントン大学シアトル小児病院小児発達行動専門フェロー。日本医師免許取得後、日本国内初期研修を経て米海軍病院で勤務。アメリカ医師免許を取得し、2021年からニューヨークのマウント・サイナイ病院で小児科専門医レジデンシーを開始。同時にジョンズホプキンス大学で公衆衛生修士課程を専攻。ともに修了し、2024年より現職。NHKワールドや在米邦人チャンネルさくらラジオでラジオドクター等の出演歴あり。日本国内の医学ポータルを通じ、医学英語教育にも携わっている。共著に『全く英語が話せなかった私のとっておき医療英語勉強法』『ぼくらのリアル!メディカル英会話フレーズ集』『生成AI×医療英語 最強・最速 学習&活用術』(金芳堂)がある。2026年に『発達障害を正しく知る』(幻冬舎新書)を刊行。
聞き手:オオノタクミ
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