2017年1月27日、トランプ大統領が、大統領令13769号に署名、発効しました。この大統領令は、米国移民者に関する既存の政策や手続きに関し、下記の点を変更するものです。
この条例においては、下記の5つの項目が重要です。
- イラク、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンの計7カ国から渡米した移民(永住権を持つものも含む)は90日間は米国に入国できない (Section 3 (c ))
- 120日間にわたり、米国難民受け入れ制度を停止する(Section 5 (a))
- 渡米する難民が少数派宗教徒の場合、それらの少数派宗教徒を優先する (Section 5 (b))
- シリアから渡米する難民は無制限に入国を禁じる(Section 5 (c ))
- 国務長官、および国土安全保障機関は、国益のためであれば、個々の事案を例外として判断することができる(Section 3 (g) & (e))
- 国益と考える要素は、移民者・米国入国者が自分の国で宗教的迫害を受けている少数派で、それらを例外として米国に受け入ることを考慮する(Section 5 (e))
この大統領令が発行された3日後の1月30日、ワシントン州政府が、この大統領令はさまざまな法令のみならず、憲法に違反しているという理由で、ワシントン州シアトルの連邦地方裁判所に提訴しました。
そして、連邦地方裁判所は、審理の結果、大統領令に対し暫定的差し止め命令を下しました。
その翌日、大統領側は米国第9巡回上訴裁判所に上訴しましたが、2月9日に大統領令に対する暫定的差し止め命令の判決が支持されました。下記がその上訴判決の概要です。
1)ワシントン州の当事者資格
米国憲法第3条では、原告は被告が正当に帰することができる明確かつ実質的な被害・損害を証明しなければならないことが求められ、さらに同3条2項では、州が当事者になる場合は州と被害をこうむった個人との因果関係が明晰でなければならないとしています。
ワシントン州としては、ワシントン大学を含め、いくつかの大学を州立大学として運営しており、それらの大学に上記の7カ国から派遣された教授や研究員、または学生が通っていたり、または通う予定でビザの手続きをしていたりしています。それらの個人に対して州として大きな投資・出費をしていたため、被害の証明と個人と州の因果関係の証明がなされたと解釈されました。従って、ワシントン州は当事者資格があると判断されました。(なお、ミネソタ州も同じ理由で、当事者資格があると判断されました。)
2)大統領令を再審理する裁判所の権利
米国は、憲法の下、三権分立(行政・司法・立法:Executive、Judicial、Legislative Branches)によって国が統治されており、裁判所/司法機関に大統領令の再審理を不可能にした前例は過去に一度もありません。確かに、大統領には、米国の海外政策や移民法や安全保障の対策を決定する権利はありますが、その政策が合法に決定されているかを再審理する権利は司法機関に任されています。
今回の大統領令は、実際の事例と個々の問題に対応するために発行されたものではなく、今まで施行されてきた移民法とその対策そのものを一掃する行為であり、憲法で保障される個人に対する権利を無視するものであると判断されました。一つの例として挙げられたのは、第2次世界大戦中に執行された日系アメリカ人の収容でした。
3)ワシントン州の連邦地方裁判所命令の停止要求
大統領側は、ワシントン州の連邦地方裁判所命令を停止するよう、上訴裁判所に要求しました。これに対し、上訴裁判所は、大統領側に、連邦地方裁判所命令を停止する明確な理由を提出すると同時に停止しないことによる被害を証明することを求めました。しかしながら、大統領側は、何らの理由または証拠提示もしませんでした。
4)正当な法手続きの保障、基本的人権の尊重、人権の保障
米国憲法改正第5条では、基本的人権の尊重と人権の保障として、一人一人の人間が正当な法的手続きを受ける権利を与えています。今回の大統領令第3条(c)では、個人に対する告知を怠ったのみでなく、答弁する余地も与えず、ビザ所有者のみでなく米国永住民の米国入国を拒否し、またそれらの米国住民の海外渡航も禁止していました。さらに、亡命者を救済する手続きを規定する既存の連邦法にも反することになりました。
大統領側は、この人権と正当な法手続きを無視しない限り、政府・国に多くの被害があるとする証拠を提出しなかったのみでなく、永住権を持つ者が米国に帰国する法的権利を奪う必要がある理由の説明もしませんでした。
特に、上訴裁判所は、米国憲法で保障されている正当な法手続きは、“米国にいる、いかなる人間”も該当するのであり、”米国市民のみ”ではないことを強調しました。
5)宗教に基づく差別
ワシントン州はまた、大統領令は憲法改正第1条で保障されている宗教の自由に抵触するとしました。特に、証拠として、トランプ大統領が選挙活動中にイスラム教徒を追放すると宣言していたことを述べましたが、上訴裁判所は、この問題は憲法上、重大な問題であることから、今回の暫定的差し止め命令判決に関する再審理の内容として扱うことを避けました。そして、これが宗教に基づく差別であると証明しなくても、大統領令が間違いなく憲法に抵触することが証明されていると判断しました。
6)困難と公益の均衡
大統領側は、今回の大統領令が執行されなければ国と政府にとって困難に陥るとする主張の説明をまったく行わず、特に、テロリストを阻止するために必要な命令だとすることについての説明もしませんでした。むしろ、その説明をするどころか、大統領側は、裁判所・司法機関には大統領令を再審査する権利がないと主張し続けるのみでした。
これに対し、上訴裁判所は、「大統領の主張する、”国益” とはどのように判断されるのか」「また、誰がいつそのような国益を決めるのか」について疑問を投げかけました。そして、「人として家族と離れ離れにならず、自由に旅行ができ、差別待遇を受けずに生活できるという公益の重要さを強調し、その権利の重要さは、説明と理由の欠ける大統領令とは比較にならない」と述べました。
シャッツ法律事務所
弁護士 井上 奈緒子さん
Shatz Law Group, PLLC
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