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「『白冨士』から『SHIRAFUJI』へ。シアトルの地酒になる」 冨沢酒造店/Shirafuji Sake Brewing Company 冨沢守さん&冨沢真理さん

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冨沢酒造店 冨沢守さんと冨沢真理さん

ワイナリーやブルワリー、ディスティラリーの集積地として知られるウディンビル市。シアトルの北東約20マイル(約32km)にあるこの郊外の街で、2011年の原発事故を機に福島県双葉町から移転した冨沢酒造店が、Shirafuji Sake Brewing Company として伝統の地酒 『白冨士』 のアメリカでの初仕込みを始めます。300年以上にわたり酒を造り続けてきた冨沢酒造店の歴史を紡ぎ、21代目当主で兄の冨沢守さんとともに酒造りを再開する冨沢真理さんに、お話を伺いました。

【Facebook】株式会社 冨沢酒造店
【Facebook】Shirafuji Sake Brewery Company

もくじ

東日本大震災から11年 シアトルの地元の業者と酒造を完成

タンク、麹室(こうじむろ)、テイスティング・バーなど、すべて完成

双葉からシアトルに来て、ようやくここまで来たという気持ちです。新型コロナウイルスのパンデミックで1年半にわたり業者が動くことができませんでしたが、昨年8月に工事が再開され、タンク、麹室(こうじむろ)、テイスティング・バーなど、すべて完成しました。6月下旬にワシントン州からリカー・ライセンスが下りたので、すぐに実験的な仕込みを始めました。本格的な酒造りは今年の冬です。

デザインを手がけたのはアメリカ人の建築家、工事をしたのもアメリカ人の大工です。建築家の方は酒蔵について猛勉強し、父が話したことをきちんと理解してくれました。酒蔵の心臓部となる麹室は、江戸時代からある室(むろ)を応用して設計されています。これが最低限必要な大きさで、麹の熱で室内の気温は40℃ぐらいまで上がります。

アメリカ人の大工さんとは、酒蔵を理解していただくために、話し合いを重ねる必要がありました。こちらが「麹が熱を作るから、麹室に暖房はいらない」と言っても、それほどの熱が出ると理解してもらえず、「暖房器具はどうするんだ」という話になったり。でも、理解してもらえると、こちらが望むものができました。そういう職人をここで育てたいなと思います。

ほぼすべての器具をシアトル企業に発注

麹室の内部。奥にあるのは、シアトル企業にシーダー(ヒマラヤスギ)で作ってもらった、酒米を広げるすのこ。

実は、当初はタンクなどは日本から輸送することを考えていました。でも、コロナで日本からの輸送ができなくなった段階で、ほぼすべてシアトルの地元の業者にお願いすることに決めました。

布を強いて蒸した酒米を広げるすのこも、シアトル企業にシーダー(ヒマラヤスギ)で作ってもらったものです。ニスやワックスは一切使わないでくれと注文しました。

シアトルのソードーにあるパシフィック・ステンレス社が製造したタンク

ワイン用のタンクだとプレートが入っていて発酵の邪魔になるので、日本と同じタンクをシアトルのソードーにあるパシフィック・ステンレス社に発注して作ってもらいました。

私たちの酒造りの工程では、醪(もろみ)を酒袋に詰めて、酒槽(ふね)に積み重ね、板を上に乗せて自然に搾ります。それによって、搾った酒と、かなりアルコール度数の高い酒粕ができます。これは江戸時代からの技術ですが、この酒槽もシアトル企業に作ってもらいました。

アメリカでは手に入れられなくて、日本から輸入したものは、米の大きな蒸し器、麹を造るのに必要な薄い板で作られた器具ぐらい。特にこの麹を造る時に使う器具を作る職人さんはもう日本にいないので、日本で酒造りをやめられた酒蔵から購入しました。私たちがもともと双葉で使っていたものは使用できないとものは使用できないと判断したからなのですが、これも今後のためにこちらで職人さんを育てたいと考えています。結局、すべてが日本製だったりすると、敷居が高くて、誰も業界に入ってきてくれません。

こんなふうに、できる限りシアトルの業者さんと一緒に作った酒造なので、Made in USA ではなく、Made in Seattle であることをPRしていきたいですね。それが、「アメリカでもできる」ということを理解してもらうことにつながると思っています。

こだわりの米国産山田錦で造る

アーカンソー州にあるイスベル・ファームズの山田錦

日本酒の基本的な原料は、米、麹、水、そして酵母です。日本では、酒米を育てている農家さんが、稲の収穫が終わった後、酒蔵の中に入って酒を造り、春に田んぼに戻って米作りをするというサイクルができています。自分がこれをお酒にするのだというのがわかっているので、米もいいものを作る。つまり、酒蔵として、地元の蔵人を育てて、地元で米粒一つも無駄にせず作ることをやってきました。

でも、アメリカでそんな酒米をどのように見つけたらいいのか。いろいろ調べていた時、シアトルの『かもねぎ』『般若湯』のオーナーシェフ・相馬睦子さんが、「アーカンソー州にあるイスベル・ファームズがこだわった米を育てている」と紹介してくれました。イスベル・ファームズは可能な限りオーガニックにこだわっていますし、品質も良く、欠けもありません。日本では雄町米を使っていましたが、今回は初仕込みですから、発酵しやすいという意味もあって、酒米の王様である山田錦を使うことにしました。

『白冨士』から『SHIRAFUJI』へ

シアトルは双葉とは天気、気温、気圧も違いますが、寒仕込みなので、シアトルの気候はちょうどいいはずです。でも、造ってみないと、酒がどのようになるかわからない部分が多いので、今年は試作中の試作という形になります。

酒造を日本文化の発信地に

『白冨士』から『SHIRAFUJI』へ

双葉町を離れたのは、震災が原因でした。なので、最初は「もとあったものを再現すること」を考えていましたが、私たちの場合は原発事故によるものでしたから、「前例がないので、日本では再現できない」となった時、海外に移転する道が見えました。

父も最初は「伝統的なものでなければ」と言っていましたが、こちらでカリフォルニアロールを食べて「うまいな。なんだこれは」と(笑)。そして、時間が経つうちに「日本酒もカリフォルニアロールになってほしい」と言い始めたのです。私たちも「酒造りの基本はきちんと身につけて、好きに発展してくれた方が、日本酒が発展するのではないか」と、考えるようになりました。

『白冨士』から『SHIRAFUJI』へ

日本の日本酒業界では海外で酒造りをすることには賛否両論あって、「技術の流出だ」という声もあります。でも、日本では杜氏も高齢化で引退が進んでいて、とても少なくなっています。こちらで酒造りをする人が増えれば、本場の日本に行く人も増える。海外で日本酒のファンを増やせば、本場の日本の日本酒がもっと脚光を浴びる。海外での成功は、最終的には日本に返っていくのではないでしょうか。

酒蔵は、町を形成する存在です。日本では酒蔵がこれまで内部を公開したり発信したりしなかったことから、あまり知られていない部分があります。そこで、原点復帰ということで、ここから日本文化だったり、人とのコミュニケーションだったり、発信していこうと思います。

やりたいことは、たくさんあります。例えば、酒造りが始まったら職員しか入れなくなる麹室の24時間ライブストリーミングや酒蔵の見学、酒粕の販売、甘酒やどぶろくを教えるワークショップなど。大釜で蒸したばかりのおいしい米を試食して、実際の工程を見たら、きっと「日本酒って面白いね」と思ってもらえるはずです。また、「ペアリングは楽しいけれど、自分の好みがわからない」というのも耳にするので、テイスティング・バーでいろいろな種類をテイスティングできるようにします。お酒に加えて、明治時代の技術を使った印半纏(しるしばんてん)を再現してくださった職人さんに来ていただいて、日本の伝統工芸の技術を見せるイベントもいいのではないでしょうか。

そして、こちらできっちり日本酒を作って、適正な値段で販売して、評価を守っていきたい。それによって業界に人が集まってきてくれると思いますし、魅力あるものになる。「日本酒って、かっこいいよね」という感じで。

私たちは300年以上続く伝統を背負っているので、それなりのプライドを持ってやっています。でも、私たちのやり方を見た人が、私たちが全然思いつかないようなことをやってくれるのも楽しみですし、きっとやってくれるだろうと思っています。

シアトルがその変化の場所になって、ここから広がって、日本酒をもっとたくさんの人が楽しんでくれる。それが、酒蔵が日本文化の発信地になるということだと思っています。

聞き手:オオノタクミ 写真提供(一部):Shirafuji Sake Brewing Company

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