20年以上にわたって日米間の海外展開、越境ビジネスの現場に立ち続けてきた、MARKET TO JAPAN 社の経営者、祥子(さちこ)・赤堀 ミラーさん。2001年のドットコムバブル崩壊、同時多発テロ、リーマンショック、東日本大震災、急激な円高、コロナ、そして現在の急激な円安。節目ごとに市場の空気が変わるなかで、どんなふうに仕事の形を選び、変化に向き合ってきたのでしょうか。さらに、AI時代に、発信やマーケティングで大切にすべきこととは何か。起業のきっかけから現在の実感、日々チェックしている情報源などについて伺いました。
起業のきっかけは、ドットコムバブル崩壊時のレイオフだった
当時、レドモンドで社員は3人ほどしかいない、本当に小さな日系IT企業で働いていました。そこでは日本の親会社の新規事業開発として、シアトル近郊のスタートアップのテック企業を発掘する、ビジネスデベロップメントを担当していました。
でも、ドットコムバブルが弾けたタイミングで市場の空気が一気に変わったんです。何をやっても結果につながらない感覚がありました。そして、バブル崩壊の影響が実体経済に広がり始めた2001年に、私はレイオフになってしまったのです。初めてのレイオフはとてもショックでしたが、新しい仕事を探し始めた矢先、同時多発テロが起きました。
アメリカ全体が沈んだような空気に包まれ、新しく仕事を探そうという気持ちがぷつっと切れてしまって、前向きに考える余裕がなくなり、立ち止まってしまいました。
立ち止まった時間が、仕事との向き合い方を変えた
そんな時、夫から「今はこういう状況だし、二人目の子どもを作るタイミングなんじゃないか」と言われました。自分のこれからのキャリアのことを考えると、子供は一人で十分とずっと思っていたので、最初はあまり実感がありませんでした。でも、確かにそうかもしれないと思い、チャレンジすることにしたのです。
最初の妊娠では流産を経験しましたが、その後、再び妊娠して、2002年12月に二人目の子どもを授かりました。今振り返ると、社会全体が大きく揺れていたあの時期に、次のステップに向かう前に一度立ち止まった時間があったことが、その後の仕事に対する向き合い方を大きく変えるきっかけになったんだと思います。
子どもを育てながら、日米ビジネス支援をスタート
私の中には結婚したら家事や育児に専念するという発想は、最初からありませんでした。。アメリカに来た理由も結婚ではなく、アメリカでMBAを取りたいと思ったからです。実家が商売をしていたこともあって、妊娠中も「何かできることはないかな」とアンテナを張っていました。そんな中で、長男の友人のお父さんが勤めるIT企業から声がかかったんですよ。
「アメリカから日本に進出する際の文化の違いや商習慣の違いについて、社員向けに話してほしい」という依頼でした。妊娠中で、ほぼボランティアのような形でしたが、それをきっかけに、いくつかの中小企業から日米間の海外進出に関わる案件を頼まれるようになりました。一つずつ引き受けていったのですが、自分のスキルをキープするため、という感覚に近かったと思います。
そうやって相談に関わっていくと、多くの企業が異文化市場への向き合い方に悩んでいることが、よりはっきり見えてきました。
日本では消費財メーカーで営業をしていましたし、アメリカではMBAで学んで、その後アメリカでバイヤーやビジネスデベロップメントの仕事にも関わってきました。そんな日米両方での実務経験を、自分なりに役に立てる形があるんじゃないかな、と考えるようになったのもその頃です。
一方で、二人の子どもを育てながら、再びどこかの企業に勤める生活を具体的に想像してみたのですが、朝、子どもをそれぞれ預けてフルタイムで働いて、夕方迎えに行って、家のことをしてまた翌日が来る。その毎日を続けていくのは、正直、私にはかなりハードだなと感じました。
それならば、どこかに雇われて同じようなことを行うよりも、自分のサービスとして柔軟に関わったほうが、海外展開で悩む企業にとっても、自分の生活にも合っているのではないかと。
ちょうどその頃、アメリカという国が、女性が子どもを育てながらビジネスをすることに非常に大らかだと実感する出来事もありました。生まれたばかりの子どもをミーティングに連れて行っても、プロフェッショナルとして尊重してくださって、クライアントの方がミルクを飲ませてくれながら私の話を真剣に聞いてくださったこともありました。その経験が、私の背中を押してくれたと思います。
2004年、MARKET TO JAPANを設立

二人目の子どもが1歳を少し過ぎた2004年の4月に、アメリカのビジネスと日本の市場をつなぐことを自分の仕事として続けていこう、きちんと会社としてやっていこうと決めて、MARKET TO JAPANを設立しました。
最初から大きなビジョンや明確な事業計画があったわけではありません。依頼ベースで引き受けていく中で、「これはビジネスとして成り立つかもしれない」と感じた、というのが正直なところです。
ただ、それ以上に、この仕事を続けたいと思えたのは、商品やサービスが本当に必要とする人に届いて、届いたあとにどうなるかを考えることが、自分にとってすごく自然だったからだと思います。
実家の薬屋で育った原体験

その感覚の原点は、子どもの頃の経験にあります。
実は私の実家は薬屋でした。子どもの頃から、店に来るお客様が「これを買ってよかったよ」とか、「これを飲んだら楽になった」とか話している姿を、毎日のように見て育ちました。商品そのものだけでなく、それを使った人がどう変わるか、どう楽になるか。そういう場面を日常的に見てきたことが、今の自分の感覚の土台になっている気がします。
だから今でも、商品やサービスを見ると、「これを使ったらどんな人がどう変わるだろう」「この市場で、誰の役に立つだろう」とつい考えてしまうんです。紹介して終わり、というよりも、その先がどうなったかまで気になってしまう。今の仕事でつい踏み込んで関わってしまうのも、根っこはきっと同じで、子供のころから染みついている”癖”みたいなものかもしれません(笑)。
越境ビジネスは「文化と前提」を理解することから始まる

会社を立ち上げてからは、日米間を中心とした海外展開、越境ビジネスのサポートに関わってきました。企業や商品の状況によって、必要なことは本当に違います。まずは何から始めるべきか、の整理から始まることもあれば、市場調査、マーケティングやブランディング、ローカライズ、販路開拓、営業戦略まで一緒に考えることもあります。
アメリカから日本を目指す企業と、日本からアメリカに進出したい企業の両方を見てきましたが、どちらにも共通しているのは、「文化や前提の違いを深く理解すること」が結果を大きく左右するという点です。そこを飛ばしてしまうと、なかなかうまくいきません。だからこそ、その企業が商品が今どの段階にいるのかを見ながら、関わり方を変えていくことを大切にしています。
新しいことへの挑戦と、軸を持つことの大切さ

起業してしばらくは、シアトル近郊のローカルビジネスをサポートしていましたが、新規事業として2007年から2010年まで、「シアトルトレジャーハント」というローカルビジネスを紹介する雑誌を発行していました。
日本で見たリクルート社のクーポン情報誌『ホットペッパー』で、仕組みとして面白いと感じたのがきっかけです。ただ、それまで記事を書いたことも、雑誌を作ったこともなかったのでかなりのチャレンジでした。
私の中にはずっと、いい商品やサービスは、それを必要としている人に絶対届けたいという思いがありました。だから、「これはいい」と思った商品やサービスを見つけてクーポンと一緒に紹介していました。ただ紹介するだけではなくて、実際にどのくらい利用されたのか結果まで知りたかったのです。
さまざまな知人が雑誌の制作に協力してくれたのですが、ただ、現実は甘くなかったですね。すでにシアトルには日系メディアはたくさんあって、差別化も簡単ではなくて、オンライン化も進んでいて、紙媒体で広告を取ること自体がどんどん難しくなっていきました。数人しかいない体制で、コンサルの仕事をやりながら、雑誌の営業も制作も編集も雑誌の配達も…。うまくいくはずがありません。最終的に2010年、廃刊を決めました。
失敗談は、フリーペーパーだけではありません。本来の自分のコアな領域とは少し離れた分野にも挑戦して、うまくいかなかったことも何度かありました。たとえば、東日本大震災後に電力不足に備えるために、アメリカの蓄電池を日本市場に販売するといったこともその一つです。今思うと、二兎どころか三兎も四兎も追っていました(笑)。「これもやりたい、あれもやらなきゃ」と、全部やろうとしていたのです。
でもその経験から、「自分の軸を持つこと」がどれだけ大切かを学びました。スモールビジネスはリソースが限られているからこそ、まずは一つに絞ること。市場に「この会社はこれ」と思ってもらえる状態を作ることが本当に大事だと。今、アドバイザーとしても、スモールビジネスの方にはまずはそこをお伝えしています。
そして同時にこれらの失敗の経験が無駄だったとも思っていません。あの頃磨かれたのは、「まだ広く知られていない価値を見つける力」、そして「この価値が、どんな人に、どんな形で届けば根づいていくのか」までを考える。それが、後に商品を選び、ローカライズ(現地の文化や生活に合わせて商品や表現を調整すること)し、ブランドとして形にしていく際の土台になっていったのだと思います。
その時は意味がないように見えた経験でも、時間がたつとつながってくることがあります。直接の因果関係を説明できるわけではないのですが、振り返ると、あの時の経験が、ここに生きていると感じる場面が多いです。
市場の変化とともに、支援の形も変わった

私がビジネスを始めた頃、日本はまだ世界第2の経済大国でした。特に円高の時期には、アメリカのブランド企業から「日本に展開したい」という相談が本当に多く寄せられました。日本市場は大きく魅力的で、海外ブランドにとっては“進出したい国” だったのです。
ところが、日本のGDPが中国に抜かれて、インターネットビジネスの普及やコロナで販売の形が変わったり、日本の少子化、人口減少、さらに円安が続いたりと、状況は大きく変わっていきました。アメリカ企業の日本展開の相談は一気に減少しましたが、その 一方で、日本企業の側が海外展開したいと相談の方向が逆転していったんです。
今は、テクノロジーやAIの進化もあって、越境ビジネスのハードルはぐっと下がりました。スモールビジネスでも、海外に商品やサービスを簡単に販売できる時代です。私の会社の事業内容も、スタート当初とはかなり形が変わりました。インターネットやソーシャルメディアで情報が簡単に手に入る時代、「企業と市場をつなぐ」という役割の形自体も変わってきたと感じます。
時代が変わると、売れるものもビジネスのやり方も本当に変わります。ただ、形は変わっても、「異なる文化や市場をつなぐ」という軸は変わっていません。
クライアントの海外展開をサポートする中で、「この市場にはまだないもの」「でもきっと必要としている人がいる」と感じる瞬間が何度もありました。そして、その現場で見えてきた「まだないけれど、きっと必要とされるもの」を、自分でも形にしてみたいと思うようになったんです。それが、後に自社ブランド『CHERRYSTONE』へとつながっていきます。
自社ブランド『CHERRYSTONE』 誕生

2016年にベルビューで開催されたジャパンフェアで、日本の職人さんが一足一足、手作業で丁寧に作ってくださっているスリッパソックスをテスト販売してみました。ユニークな形で履いた時の心地よさが忘れられず、当時アメリカではあまり見かけないタイプの靴下だったので、アメリカの人にも届けたいと思いました。
それが予想以上に反応があったので、翌2017年、北米のライフスタイルに合わせてローカライズし、自社ブランド 「CHERRYSTONE」(チェリーストーン)として立ち上げました。
なぜCHERRYSTONEという名前なのか?アメリカではクラムチャウダーなどに使われる貝の名前なんですね。そしてこのスリッパーソックスの履き口には、日本で「はまぐり縫い」と呼ばれる貝の形に似た縫製が施されていて、アメリカの日常にも自然になじむ存在であってほしいという思いがありました。

実は私は静岡県の浜岡砂丘の海の近くで育ちました。海に行くときれいな貝殻を探すのが好きで、浜辺で美しい貝殻を見つけたときの「大切にしたい」と思うあの感覚。日本のモノづくりの繊細さと、その記憶がどこか重なって、この靴下を手に取った方にも “precious” と感じてもらえたら、という思いでこの名前をつけました。現在はシアトル近郊や州外の販売店、そしてオンラインで全米のお客様にお届けしています。
市場を読むために、毎日欠かさない情報収集

市場の変化を読み取ること自体が、私の仕事の一部になっています。毎朝必ず行うのは、日経のニュースメールをチェックすること。日経ニュースは政治・経済・金融だけでなく、スポーツやライフスタイルまで幅広いトピックを網羅しているので、365日ほぼ欠かさず、まずはヘッドラインに目を通します。日米の間で仕事をしている以上、日本や世界で何が起きているか、日本で何が流行っているのかを把握していないと判断を間違えるからです。その上で、気になったニュースは、さらに深く読み込みます。
為替の動きも日米間のビジネスをしている以上、毎日チェックしています。為替はそのまま価格設定や仕入れ判断に直結するので見ないわけにはいきません。
LinkedInのフィードや、フォローしている団体・企業・プロフェッショナルの投稿も日々チェックしています。人や企業の動きを見ていると、市場の方向性がなんとなく見えてくるんです。
それから、自社商品を北米で販売しているので、北米市場のEコマースのアプリのニュースレターや、業界のニュースレターにも目を通しています。最新のトレンドやマーケティングのヒントなど、実務に直結する情報はできるだけひろっています。アプリやツールは実際に使ってみて、使い勝手やその効果などを、ほかの起業家にも共有しています。
チェックする情報はニュースだけではなくて、朝の支度や移動中には、チャンネル登録している番組「Pivot」をよく聴いています。いろいろな分野の専門家がそれぞれ違う視点から話しているので自分の視野を意識的に広げる時間になっています。
今の時代、どうしても自分の好みや考えに近い情報なかりを取りがちです。あえて違う視点を取り入れることが、長く仕事を続けるために必要なことですね。
それから、ビジネス以外の分野からの学びも大切にしています。私がすごくスポーツ好きで、子どもたちが小さいころからサッカーをしていたこともあって、同じ静岡県出身の元サッカー選手・鈴木啓太さんのインタビューコンテンツ「サッカーをもっと深く、ビジネスをもっと近く」もよく視聴しています。挫折からどう立ち上がったかとか、どんな思考で決断していったとか、人の経験から学べることも、ビジネスにすごく生きると思っています。
AI時代、発信に必要なのは「考える力」や「違和感に気づく力」
最近特に大きな変化を感じているのがAIの影響です。
私自身もAIは活用しています。でも同時に、AI時代の発信の難しさもすごく感じています。ソーシャルメディアでは発信し続けなければならないという空気がありますし、従来のやり方がそのまま通用する時代ではなってきました。ツールもどんどん増えて、正直どれを選べばよいのかわからなくなることもあります。
AIを使えば効率は確かに上がります。ただ、越境ビジネスでは、言語や文化、ライフスタイルのニュアンスを理解して、そのブランド、その人、その市場に合わせて言葉を選ぶことが欠かせません。そこを省いてしまうと、かっこよく見えてもそのブランドらしさが消えてしまいます。実際、異なるブランドなのに言い回しがほとんど同じ、というケースを目にする機会も増えました。本来の自分ではない”誰かのような自分”を作ってしまうんですよね。
AI翻訳やAIの文章をそのまま使うと、日本語としては正しくても英語ではどこか不自然だったりします。よく「英語には敬語がない」と言われますが、実際には、英語でも相手や場面によって選ぶべき適切なトーンは確実に存在します。逆もまた同じです。
だいたい受け取る側にはわかるんですよね。「あ、これはAIそのままだな」と。時間がないから仕方ない場面もあると思います、でも人の気配が感じられないメッセージは、やはり届きにくいですね。
もちろん、私の会社でもAIは使っています。ただ、最後は必ず自分の言葉で整えます。その市場や相手、ブランドに合っているかを確認しています。
考えなくてもそれらしく見えるものが簡単に出てきてしまう時代だからこそ、考える力や、違和感に気づく力がこれまで以上に大事になっていると感じています。
アドバイザーとして、起業家を支える立場に

現在、自社ブランドの運営やクライアントの越境ビジネスのサポートを続けながら、ワシントン州商務省のスモールビジネス支援プログラムの一環で、ワシントン州日米協会スモールビジネス部のアドバイザーも務めています。
私が担当しているのは、日米間の輸出入やマーケティング分野を中心にした個別相談ですが、ビジネス全般や税金、会計ソフトを担当しているアドバイザーもいます。
日米の輸出入ビジネスには、輸送、関税、為替、文化理解、市場調査、ローカライゼーション、マーケティング、販路開拓など、本当にたくさんの要素が絡みます。スモールビジネスや起業家にとっては、時間も資金も限られていることがほとんどですから、、こうした無料の相談の機会を、ぜひ気軽に活用していただけたらと思っています。頭の中でこんがらがっている悩みを一度整理して、一緒に考えながら、次の一歩につなげるお手伝いができればと思っています。
私自身、スタートしたばかりの頃は、「誰に相談してよいのか」すらわからず、自己判断で進めては失敗することもたくさんありました。それでも、その過程で本当に多くの方に支えていただき、助けていただいたからこそ、ここまで続けてくることができました。
だから今は、自分が試行錯誤してきた経験や、これまで学ばせてもらったことを、まさに今頑張っている方にお返ししていく番なのだと感じています。私が始めた頃にはなかったこの相談の場を通して、遠回りを少しでも減らすお手伝いができたらうれしいです。
振り返ると、時代が変わる節目ごとにビジネスの形も変わってきましたが、「異なる文化や市場を越えて、価値を必要とする人に届ける仕事」であることは変わっていない。これからも、時代がどう変わっても「人にきちんと届き、根づいていく形」を考え続けていきたいと思います。
祥子・赤堀 ミラーさん(さちこ・あかほり・みらー)
MARKET TO JAPAN代表。日本でのビジネス経験を経て渡米し、アメリカでMBAを取得。2001年のドットコムバブル崩壊とレイオフを機に日米間の海外展開支援の活動を開始し、2004年にMARKET TO JAPANを設立。以降20年以上にわたり、文化や市場の違いを踏まえたローカライゼーションの視点から企業の海外展開をサポート。2017年には自社ブランドCHERRYSTONE (チェリーストーン) を立ち上げ、北米市場でアパレル雑貨を販売。現在はワシントン州日米協会スモールビジネス部のアドバイザーとして、起業家支援にも携わる。
公式サイト:www.markettojapan.com
ブランド公式ショップサイト:cherrystonestyle.com
聞き手:オオノタクミ

