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ギャップ・イヤーを取った人に聞いてみた!「どんなふうに過ごしたの?」

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ギャップ・イヤーを取った人に聞いてみた!「どんなふうに過ごしたの?」

1年にわたり大学ではできないさまざまな経験を積む「ギャップイヤー」(gap year)。2016年にオバマ大統領(当時)の長女マリアさんがハーバード大学への入学を1年間延期すると発表したことで改めて注目を浴びましたが、アメリカではハーバード大学を含むさまざまな大学が奨励するようになってきたことから、一つの立派な選択として認知されてきています。そこで、高校卒業後、または大学在学中にギャップ・イヤーを取った大学生3人に、どんなふうに過ごしたのか聞いてみました!

ジェシー・福本さん
クウエスト・ユニバーシティ(カナダ)
大学入学前にギャップ・イヤーを体験

ギャップ・イヤーを取った人に聞いてみた!「どんなふうにすごしたの?」

日本で過ごしたギャップ・イヤー

ギャップ・イヤーを取ることを決めたのは、高校卒業後、また4年間も学校に行く心境になれなかったからです。まわりにもギャップ・イヤーを取る友人たちが多く、その経験が、自分が何のために学校に行くのかをより明確にしてくれると思いました。友人も家族も、ギャップ・イヤーを取った生徒のほうが進学しても方向性や能力において優れていることが多いと考え、サポートしてくれました。

僕は日本の国籍も持っているので、高校卒業後、workaway.com で見つけた、日本で日本人とオーストラリア人のカップルが経営する英語学校に行き、1ヶ月にわたり英語を教えました。その後、別の街にある貿易・建設会社で10ヶ月にわたり働き、その間に1ヶ月にわたりオーストラリアに行き、最初に働いた英語学校を経営していたカップルと一緒に旅行しました。

ギャップ・イヤーの目標は、楽しみながら、そして新しい経験を積みながら、自分に与えられた仕事をしっかりこなせるようになることでした。結果的に、その目標に近づけたと思いますが、これからもっと改善していけるはずです。また、自分ひとりで新しいことをする勇気を持つことができ、失敗する方法、失敗から学ぶ方法、そして前進する方法を学び、自信がつきました。

ギャップ・イヤーで成功する鍵は、バランスです。12年間にわたって学校に行った後に初めて学校に行かない期間なわけですが、1年の休暇ではなく、きちんとした労働倫理観を持ち続け、計画と時間管理をし、スキルと能力を伸ばす時間です。遊びも仕事も一生懸命にやることで、一生懸命に努力する方法を学べます。でも、計画していなかったことや、予定していなかったことをする余裕を持つことも必要です。

僕の現在の目標は大学を卒業すること。5年後には、何か自分が楽しめることをしていると思います。

高校生へのメッセージは、「別の道も検討してみよう」。高校卒業者のほとんどが進学したり就職したりしますが、そこからはずれることは間違ったことではありません。冒険できる数少ないチャンスになるかもしれませんから。

大学2年の夏、日本に戻り、ドキュメンタリー映画の制作に関わりました。日本でギャップイヤーを過ごさなかったら、この仕事に関わることはできませんでした。日本語も上達し、他のプロジェクトに関わる人脈もできました。ギャップ・イヤーは、将来の学問と仕事の基盤作りにつながると思います。

リサ・ヒラタさん
ピッツアー・カレッジ(カリフォルニア)
大学入学前にギャップ・イヤーを体験

ギャップ・イヤーを取った人に聞いてみた!「どんなふうにすごしたの?」

兄とともにカヤックで旅したギャップ・イヤー

ギャップ・イヤーをしようと思ったのは、7歳年上の兄がギャップ・イヤーを取ったからです。兄は、幼い頃から好きだったバックパックを背負って旅をする人の絵本をずっと覚えていて、誰かが言うように、またはメディアが描くように旅をするのではなく、自分で世界を旅し、人間というものを見てみたいと思っていたそうです。ギャップ・イヤーの間、兄は仕事をし、旅をし、自立するチャンスを得て、少しも後悔していませんでした。

なので、私も高校卒業後にギャップ・イヤーを取ってやりたいことを考え、決心できました。兄の成功体験があったので、家族は賛成してくれました。友人たちも応援してくれましたが、見知らぬ人や知人から、大学に行かないことや、ギャップ・イヤーをいつまでも続けてしまったりする心配はないのかなどの質問やコメントをもらったことはありました。

私のギャップ・イヤーは、3つのパートに分かれていました。最初に、実家に住み、レストランのサーバーとして働いて貯金しました。おかげで、ギャップ・イヤーの残りは自活することができました。大学にも入学申請し、行きたい大学を決めました。次に、数ヶ月にわたり日本、タイ、ニカラグアを旅しました。最後に、これがギャップ・イヤーを取った理由なのですが、兄と一緒に4ヶ月にわたりカヤックで旅をしました。計画もトレーニングもすべて自分たちでやり、シアトルから、カナダのブリティッシュ・コロンビア州沿いのインサイド・パッセージ(Inside Passage)を北上し、目的地のアラスカのグレーシャー・ベイ国立公園に到着することができました。

ギャップ・イヤーを取って本当に良かったです。私にとって、大学に行く前に必要だったことそのもの。学校の外で冒険し、自立することを学び、違ったことをやり、自分をもっと知りたいという気持ちがありましたし、自然の美しさと厳しさ、自分がどこまでできるか知ることも、大学進学の助けになりました。ギャップ・イヤーによって自分をもっと受け入れ、自信を持ち、自立できるようになったのです。

ギャップ・イヤーの成功の鍵は、高校在学中に計画を立てておくこと。これはとても大切だと思います。大学に進学することと同じように、学校から1年離れることに打ち込むことが必要です。そして、自分のやりたいことをやることを恐れないこと。私の場合は周りに支えられたので、とても幸運でした。

今、大学生活を楽しみ、自分に与えられたすべてのチャンスを受け入れ、自分はとても恵まれていると思っています。大学を卒業したら、アメリカ全土をバックパックで旅し、国立公園のバックカントリー・レンジャーになったり、アウトドア教育プログラムに携わってみたいですね。5年後、自分の居場所がどこであれ、好きなアウトドアに関わることをやっているでしょう。

高校生には、何も急ぐことはないと伝えたいです。自分の気持ちがそれについていかず、他のみんながやるからやっているのなら、立ち止まって、自分が何をしたいか考えてみてください。今の年齢であることは、今だけです。私は、若く、アクティブで、冒険心があるうちに、理想どおりの人生を送り、できるだけ旅をしたいと思っています。

康人・ピングリーさん
ワシントン大学
大学入学後にギャップ・イヤーを体験

ギャップ・イヤーを取った人に聞いてみた!「どんなふうにすごしたの?」

南アメリカを旅したギャップ・イヤー

ギャップ・イヤーを取ることを決めたのは、大学1年と2年の間の1年間です。本当は高校卒業後にギャップ・イヤーを取りたかったのですが、その勇気も資金もありませんでした。社会的なプレッシャーに立ち向かい、家族の期待を裏切る勇気を持つより、進学するほうが安全だったのです。でも、ワシントン大学に入学してから1年間、自分が生まれ育ったシアトルで両親と暮らし、自分には変化が必要なことがわかっていました。

僕はいつも学校も学ぶことも好きでしたが、ワシントン大学で最初の1年を終えた時、学ぶことが好きでなくなっていました。大学での最初の1年に対して抱いていた高い期待に見合う経験ができておらず、クラスに集中できませんでした。また、その1年で自分が人間的に成長したと思えず、閉塞感がありました。そこで、もう一度、学校という環境と自分に与えられたチャンスに十分に感謝し、さらに学び、人間として成長するには、ギャップ・イヤーを取り、環境を変え、新しい視点と新しい方法で学ぶ必要があると思ったのです。

高校卒業後にギャップ・イヤーを取った友人が多かったので、大学2年になる前にギャップ・イヤーを取ることは、高校卒業の時ほど大変な決定ではありませんでした。友人たちの経験談に勇気づけられましたし、いろいろな体験をして自分の道を見つけた父親は最初から賛成してくれ、世界を旅し、違う文化を経験したいという考えはすばらしいと言ってくれました。母は、学校を終えてから旅をすればいいという意見でしたが、僕にはこのまま大学に残ってもそれを最大限に活用できず後悔することがわかっていました。その後、母も納得してくれ、僕にとって最大の理解者でサポーターになってくれました。

ギャップ・イヤーでは南アメリカに行き、8ヶ月にわたりさまざまな国を旅しました。まず、エクアドルで3週間にわたりスペイン語の集中講座を受けた後、アルゼンチンまで南下しながら、ボランティアをし、ホステルに泊まり、農場やホステルで働きました。僕のように旅していた外国人たちにも出会い、ローカルの人たちと働いて新しい文化を学び、スペイン語を学びました。エクアドルのアマゾンに住むある家族と暮らしながら働き、水道も電気もない生活を体験し、標高5,897メートルの山に登り、ボリビアのラパスのベーカリーで働き、マチュピチュやチリのバルパライソ、イグアソの滝など、すごい場所を見ることができました。でも、一番の思い出に残ったのは、旅で出会った人たちです。

ギャップ・イヤーの目標は、一人でいることに快適になること、スペイン語を学ぶこと、家に戻った時に自分が何をしたいのか把握していることの3つでした。そのどれもある程度達成できたと思いますが、まだまだです。電話もコンピュータも持っていかなかったので、一人のことが多く、自分で決定し、人と出会い、安全地帯から自分を押し出す必要がありました。以前より、自分が新しい経験や冒険、人にオープンマインドになったと思います。また、南アメリカにいたことで、欧米帝国主義や債務危機、植民地主義、"開発" など、ワシントン大学での最初の1年に教室で教わったことを自分の目で見ることができ、人間的に成長したと思います。スペイン語はかなり上達しましたが、先は長いです。でも、多くの本を読み、内省し、教室という環境から離れたことで、大学で学問を続けようという強い意志を持って戻ってくることができました。人生で何をしたいのかはまだわかりませんが、大学に戻ることへのモチベーションと、与えられたチャンスを当然と思わない気持ちが強くなりました。

今は、ワシントン大学で地理学と比較思想歴史学を専攻しながら、大学のライティング&リサーチ・センターのチューター、ワシントン大学の地理学ジャーナルの編集の仕事をし、ギャップ・イヤーを取る前にやっていた日本食レストランでのサーバーの仕事にも戻りました。

ギャップ・イヤーで成功する鍵は、オープンマインドで冒険することをいとわないこと。いろいろな形ややり方のギャップ・イヤーがありますが、よく知らない場所にいることで起きる出来事を受け入れ、ネガティブなことをポジティブに変えることが本当に大切です。僕は「南アメリカでは、一日として悪い日はなかった」と言うのですが、それは、悪いことが起きた時、一歩下がって呼吸をし、自分がいかにクールな体験をしているかを自分に思い出させることができたからです。僕はこれを旅をしながら学びましたが、もしあなたがもうすでにそんな心構えでいるなら、すばらしい旅ができると思います。そして、計画しすぎないこと。最初に決めたことと違うことを選ぶ余裕を持つことが大事だと思います。

今の目標は、大学の学部にもっと積極的に関わり、卒業論文に書くトピックを見つけること。ボランティアを通して自分の地域にポジティブな変化を起こすことは自分のアイデンティティでもあるので、今後も続けたいです。将来は、高校か大学で教えるようになりたいですね。それはつまり、いつか大学院に戻ることを意味していますが、もっと先の話です。卒業後は、また旅をし、体験を通して学び、人間的に成長したい。東南アジア、南アジア、東アフリカ、中央アフリカ、ヨーロッパに行き、南アメリカにもまた行ってみたいです。日本にも1年住むことができればいいですね。

高校生には、ギャップ・イヤーを取ることを強く勧めます。誰にでもその心構えや選択があるわけではないことはわかっています。僕がギャップ・イヤーを取れたのは、まわりの人が応援してくれたこと、大学の最初の1年は実家に住めたからですし。でも、学校から離れて、本当に何をしたいのか真剣に考えることを検討してみるべきです。長年にわたり学校に行っていると、大学に行こうとしないことは間違ったことのように感じますが、多くの人が急いで大学に入り、ゴールについてもっと考える時間を持たなかったことを後悔し、後の人生で生活が苦しくなってしまうこともあります。でも、ギャップ・イヤーを取ることは、後悔することにはならないと思います。

幼い頃から、新しい文化や思想に触れさせてくれ、じっくり考えるチャンスをくれ、僕の旅をサポートしてくれた両親にはとても感謝しています。特に母親にとっては僕がギャップ・イヤーを取ることは最初は大変に感じたと思いますが、いつも自分を良くしよう、コミュニティを良くしようとし、謙虚で一生懸命であれと教えてくれました。両親が、僕が生まれる前にたくさん旅をした経験を話してくれたことも、旅に出ることの助けになりました。自分の子供にも同じようにしてあげたいと、心から思います。

掲載:2015年4月 更新:2017年4月



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