エリオット湾に沿って広がるシアトルのウォーターフロントは、2024年に大規模再開発が完了したことにより、大きく生まれ変わりました。かつて街とウォーターフロントを分断していた高架橋が撤去され、遊歩道「オーバールック・ウォーク」が完成。空が大きく開け、明るく開放的な雰囲気は、以前とはまるで別の場所のよう。散歩やジョギングのコースとしてはもちろん、さまざまなイベントの会場としてもおすすめです。また、オーバールック・ウォークから望むエリオット湾やオリンピック山脈の眺めは、シアトルに住む人にとっても新たな自慢のスポットとなっています。
海の玄関口としてのウォーターフロント
シアトルのウォーターフロントは、ピュージェット湾内の島々を結ぶワシントン州フェリーや、シアトルとカナダのビクトリアを結ぶ高速船「ビクトリア・クリッパー」、さらにアラスカなどを結ぶ大型クルーズ船が発着する海の玄関口です。
主に観光客向けのエリアで、ピア50からピア70までの間には約20の埠頭(ピア)があり、ギフトショップ、レストラン、観覧車、公園、水族館、ホテルなどが並んでいます。2024年には地震で損傷した高架橋を撤去してダウンタウンやベルタウンなど隣接する地域とシームレスにつながるよう再開発され、ピア62に完成した新しい公園では、季節を問わず多様なイベントが頻繁に開催されるようになりました。
2026年現在の最大の見どころ

遊歩道オーバールック・ウォークが完成しました。
2024年10月、パイク・プレース・マーケットとウォーターフロントをシームレスに結ぶ待望の遊歩道「オーバールック・ウォーク」(Overlook Walk)がオープンしました。再開発されたシアトルの新名所として高く評価されています。

マーケット側からアクセスすると、美しいエリオット湾や万年雪をかぶったオリンピック山脈が目の前に広がります。ベンチやスペースがたくさんあるので、ピクニックや読書をしたり、海に沈む夕陽を眺めたりと、思い思いに楽しめます。

各ピアの見どころと特徴
ここではウォーターフロントに並ぶピアの特徴を、南側から紹介していきます。
ピア52:コールマン・ドック(Colman Dock)

フェリーを使った通勤・観光の拠点。ベインブリッジ・アイランドなどを結ぶワシントン州フェリー、ウエスト・シアトルを結ぶウォータータクシー、キングストンを結ぶキットサップ・トランジットが発着します。

ターミナルの前には歩道と自転車専用レーンがあります。自転車専用レーンには、ネイティブ・アメリカンのアートを施した木製のゲートが並んでいます。その間には海を眺められるブランコ(swing)が取り付けられていて、誰でも乗ることができます。
ハビタット・ビーチ

2023年にオープンしたパイオニア・スクエア・ハビタット・ビーチ。フェリーやウォータータクシーの発着所コールマン・ドックの南側にあるこの小さなビーチは、サーモンの生息環境を再現した特別な場所です。車が通る道路ののすぐそばにありながら1,400本以上の在来植物が植えられていて、意外にのどかな雰囲気があります。

そのそばに、1920年に建てられた黒い鉄製のパーゴラ Washington Street Boat Landing Pergola があります。かつてはフェリーや軍艦の発着場、ハーバーパトロールや海軍の拠点として活躍していた建造物で、屋根の前方には切り取られた船首を模した装飾が施されており、歴史の趣を今も伝えています。2025年夏にシアトル発のアイスクリーム専門店『Molly Moon’s Ice Cream』がオープンしました。

ピア54:歴史的な建物と現代の飲食店・ショップが共存

シアトル・ウォーターフロントで最も歴史あるピアのひとつ。歴史的な建物と現代の飲食店・ショップが共存している、不思議な空間です。1890年代から続く Ivar’s Acres of Clams(通称:アイヴァーズ)は地元の名物レストランで、創業者アイヴァー・ハゲンが1938年に水族館を開いたのがその始まり。ユニークな土産物店 Ye Olde Curiosity Shop は1899年創業で、ミイラや奇妙なコレクションが並ぶシアトルの珍スポットとして観光客に愛され続けています。
ピア55:アゴシー・クルーズの発着点

シアトル企業のアゴシー・クルーズの発着拠点として知られるピア。スターバックスをはじめとした飲食店やシアトルらしいTシャツ・雑貨を扱うショップが集まっています。

ウォーターフロント散策の途中に立ち寄りやすいコンパクトなピアで、エリオット湾やレイク・ユニオンを巡るボートツアーが出発します。

ピア 56:レストラン&セーリング発着所

グルメとマリンスポーツが融合したピア。新鮮なシーフードが人気の店 Elliott’s Oyster House、エリオット湾でのセーリング体験が楽しめる Sailing Seattle の発着点でもあります。
ピア57:マイナーズ・ランディング

ピア57は、クロンダイク・ゴールドラッシュゆかりの地で、シアトルに最初の金が持ち帰られた場所。その歴史から、『Minors Landing』と呼ばれます。1980年代に製造されたファイバーグラス製の復元モデルのメリーゴーラウンド(カルーセル)、エリオット湾を一望できる大観覧車 Seattle Great Wheel の乗り場、ワシントン州の大自然を映像でリアルに体験できる Wings over Washington、sarisSalish Sea Tours があります。
ピア59:シアトル水族館

©︎ Hiroko
地元と太平洋北西部の海洋生物が展示されており、2024年には新施設「オーシャン・パビリオン」が完成。家族連れや教育目的の観光にもおすすめです。

ピア62:イベントと市民の広場

老朽化したピアが再建され、無料のコンサートやダンス、カルチャーイベントの会場にもなるオープンスペースとなりました。ここからの夕暮れの眺めは最高です。2025年の夏には水遊びができる遊び場も完成しました。
ピア66:ベル・ストリート・クルーズ・ターミナル

アラスカ方面への大型クルーズ船が発着するターミナルがあります。シーフードのレストラン『Anthony’s Pier 66』、カンファレンス・センターも揃っています。
ピア67: エッジウォーター・ホテル

ピア67には、高級ホテル The Edgewater Hotel があります。エリオット湾の海上に建つシアトル唯一の水上ホテルで、4階建て232室。1962年のシアトル万博(センチュリー21博覧会)に合わせて建設されました。オリンピック山脈を望む絶景と、パシフィック・ノースウェストのロッジスタイルのインテリアで人気を誇ります。
1964年8月、北米ツアー中のビートルズが宿泊し、客室の窓からエリオット湾で釣りをする写真が撮影され、一部のファンがホテルに近づこうとエリオット湾を泳いで渡ろうとしたほどです。その後もローリング・ストーンズ、エルヴィス・プレスリー、デヴィッド・ボウイ、カート・コバーン、パール・ジャムのエディ・ヴェダーなど、数多くの伝説的ミュージシャンが宿泊しており、「ビートルズ・スイート」や「パール・ジャム・スイート」といったテーマルームも設けられています。
開業後まもなく海上ピアへのホテル建設を禁じる条例が施行されたため、このホテルがシアトル唯一の水上ホテルとなりました。
ピア69:ポート・オブ・シアトル本部
ピア69は1900年、ロズリン・コール&コーク社によって建設されました。同社はカスケード山脈の東側(ロズリン)から鉄道でシアトルまで運んできた石炭を、船に積み替えてカリフォルニア方面へ出荷するための海上積み出しターミナルとして、ウォーターフロントにピアが必要だったのです。1920年代にはアメリカン・カン社がこの施設を買収し、倉庫・出荷拠点として活用しました。
ポート・オブ・シアトルは、シアトル・タコマ国際空港(SEA)やクルーズ船ターミナル、ハーバーアイランド周辺のコンテナターミナル群など、海・空・マリーナを一体管理する総合的な公共港湾機関で、日本でいえば東京港湾局と成田空港公団を合わせたような存在といえます。1915年からベル・ストリート・ピア(今のピア66)に本部を置いていましたが、1993年にピア69へ移転しました。現在は改修された歴史的建物として、経営幹部をはじめとする各部署が入居しており、地元アーティストの作品も展示されています。また、ピア69はビクトリア・クリッパーの高速フェリーターミナルとしても機能しており、シアトルとカナダのビクトリアを結ぶ航路の発着拠点にもなっています。シアトルとカナダのビクトリアを結ぶ高速船ビクトリア・クリッパーや、半日のホエールクルーズの発着所もこのピアにあります。
ピア70: レストラン
シーフードのレストラン『AQUA by El Gaucho』、シアトルの老舗カフェの一つ『Uptown Espresso』などがあります。

北側には20点以上の大型現代彫刻を無料で鑑賞できるオリンピック彫刻公園があります。アートを楽しみながら海や山の絶景を望むことができるので、地元住民の憩いの場としても、観光客の人気スポットとしても親しまれています。入園無料。

ピア70北側のトレイル・公園エリア
ピア70のすぐ北から、エリオット湾沿いに緑豊かな公共スペースが続いています。

マートル・エドワーズ公園 & センテニアル公園
シアトル市が管理するマートル・エドワーズ公園と、ポート・オブ・シアトルが管理するセンテニアル公園は合わせて16エーカー、エリオット湾沿いに1.5マイル以上にわたって広がる無料の公共公園です。マートル・エドワーズ公園内には約1.25マイルの遊歩道・自転車道が整備されており、オリンピック山脈やマウント・レーニア、ピュージェット湾を望む絶景が楽しめます。
現在進行中の大規模整備
「エリオット・ベイ・コネクションズ(EBC)」と呼ばれる官民連携プロジェクトが進行中で、メリンダ・フレンチ・ゲイツやマッケンジー・スコットらの寄付による総額4500万ドルの民間資金で整備されています。2026年夏のFIFAワールドカップに合わせて完成予定です。マートル・エドワーズ公園内の2か所のビーチ・コーブへのアクセス改善、在来植物を使った緑化、子ども向けの遊び場の新設、ピア86での釣り場の復元などが含まれます。
ピア62からオリンピック・スカルプチャー・パークまでを結ぶ新たな自転車・歩行者専用グリーンウェイトレイルも2025年2月に着工済みで、2026年6月の完成を目指しています。
ウォーターフロントの海沿いには、ところどころに Historical Point of Interest という表示があります。説明を読むと、「アラスカのゴールド・ラッシュの始まりとなったかの有名な Ton of Gold の積荷が S.S. Portland という船から下ろされた地点」「4万マイルに及ぶ世界一周の旅を行った Great White Fleet が1908年に発着した地点」など、その場所で昔何が起こったのかがわかるようになっています。
無料ウォーターフロント・シャトルで、シアトルの観光と移動をもっと快適に
シアトルの観光に便利な無料の移動手段として「ウォーターフロントパークシャトル」が、2024年と2025年に運行されました。2026年も運行されることが決定次第、このページを更新します。
シアトライトが案内するウォーターフロントの楽しみ方
- パイク・プレイス・マーケットからスタートし、オーバールック・ウォークでウォーターフロントへ。
- 新しくなったシアトル水族館やピア62のイベントを楽しむ。
- ワシントン州フェリーでベインブリッジ・アイランドに行き、島時間を体験。
- オリンピック・スカルプチャー・パークからウォーターフロント沿いを南に歩き、湾を眺めながら公園や広場が点在するエリアでのんびりする。
- オーバールック・ウォークやピア62で夕暮れを楽しむ。
観光客だけでなく、地元民にとっても「再発見」の場になっているのが現在のウォーターフロントです。

先住民の歴史と都市計画としての再開発

Copyright © 2025 Office of the Waterfront and Civic Projects
現在のシアトル・ウォーターフロントにあたるエリアは、長年にわたりドゥワミッシュ族(Duwamish)やスカジット族(Skagit)など、ワシントン州沿岸に暮らす先住民の人々の生活拠点でした。エリオット湾沿いには漁や貝の採取が可能な豊かな沿岸環境が広がり、集落や季節的なキャンプが点在していました。
2025年2月、スアクワミッシュ部族とマクルシュート部族との協力のもと、この地域の先住民の文化を反映した新しいアート作品がウォーターフロントに設置されました。このアートは、シアトル出身でロサンゼルス在住のオスカー・トゥアゾンが手がけたもので、22組のダグラス・ファーの柱と梁、6本の柱でサリッシュの伝統的な家の柱を現代的に表現しています。彫刻家のランディ・パーサー(スクアミッシュ族)、タイソン・シモンズ(マックルシュート・インディアン族)、キース・スティーブンソン(マックルシュート・インディアン族)も制作に参加しました。詳細はこちら。
Historylink.org によると、最初にイギリス海軍のジョージ・バンクーバー船長が海からこの土地を観察したのは1792年5月で、1833年にハドソンズ・ベイ・カンパニーが現在の州都オリンピアの近くに砦を建設し、1841年にアメリカ合衆国海軍のチャールズ・ウィルクス中尉がシアトルの港となる地域を測量しています。
1850年代にこの地域にやってきた白人の入植者は、先住民のドゥワミッシュ族の酋長(チーフ)に敬意を表し、村の名前を酋長の名前に似た “Seattle” に決定しました。しかし、チーフ・シアトルを含む先住民の多くはアメリカ合衆国との1855年のエリオット条約により近くの先住民居留地に移住させられてしまいました。
その後、シアトルのウォーターフロントは港湾施設と鉄道の整備に始まり、商業・輸送の拠点としての役割を担うようになります。そして、20世紀には港湾の埋め立てが進み、海と街の距離が広がっていきました。
1950年代に建設されたアラスカン・ウェイ高架橋は、当時の車社会に対応する交通インフラとして機能しましたが、結果的にウォーターフロントとダウンタウンの街並みを分断し、海辺へのアクセスを困難にする障壁となっていました。しかし、2001年のニスカリー地震によって損傷し、老朽化と安全性に懸念が生じたことから2019年に撤去され、市はウォーターフロントを再設計し、都市と自然、人と海が再びつながる空間を目指す大規模プロジェクトを推進しています。


