2020年からのパンデミック、BLM 運動の流れからか、アジア系アメリカ人に対するヘイトクライムが増加しているという報道はご存知かと思います。
そんな中、2021年2月25日にシアトルのインターナショナルディストリクトで日本人の方が襲われたという報道がありました。シアトル地域は全米の中でもアジア人・日系人の人口比率の高い都市であり、日本人にとって住みやすいというイメージを持たれている人も少なくないと思われます。しかし、このような事件が起きたことにより、改めてアメリカ社会における人種問題などを知っておくべきだと感じました。
そこで、JIA Foundation の役員でダイバーシティトレーニングも担当する森山陽子さんがヘイトクライムについて寄稿してくださいました。
文中でアジア系アメリカ人と記されている個所がありますが、英語の記事では Asian American となっている部分の訳になります。アメリカ国籍のアジア人という意味ではなく、在米のアジア人とご理解ください。
ヘイトクライムとは?
ヘイトクライムとは、特定の人種や肌の色、宗教、民族・国籍、性別、年齢、障害、性的指向のアイデンティについての偏見(バイアス)・否定的な感情にもとづく、嫌がらせや誹謗中傷、脅迫、暴行などの犯罪のことを指します。
ちなみに、偏見とは「かたよった見方・考え方。ある集団や個人に対して、客観的な根拠なしにいだかれる非好意的な先入観や判断(大辞泉より)」と定義されていて、不公平だったり差別的な意味合いを持ちます。
ヘイトクライムと認められるには、1)身体的暴行や脅迫などの犯罪があり、2)その犯罪は被害者に対する加害者の意図(偏見から来る動機)があったことが確認・立証されなければなりません。(参考:司法省)
そのため、加害者が捕まっていなかったり、被害にあった状況から上記のことが確認できない場合は、単なる暴行事件として処理されてしまう事もあります。また、被害者が英語を十分に話すことができない場合は、警察に報告されないケースも数多く、実際の数字は公に報告されている物よりもずっと多いだろうと言われています。
そんな状況ではありますが、FBI によると2019年は7314件の報告がありました。そして、Center for the Study of Hate and Extremism によると、2020年、アメリカの人口の多い順上位16都市で発生したアジア系アメリカ人に対するヘイトクライムは122件あり、前年比149%増だったそうです(なんと、ニューヨーク市は前年比833%増)。また、NPO 団体 Stop AAPI Hate によると、2020年の3月から12月までに発生したアジア系アメリカ人に対するヘイトクライムは2808件あり、そのうちの43.8%がカリフォルニア州、13%がニューヨーク州、4.1%がワシントン州で発生しています。
なぜアジア系の人に対するヘイトクライムが増えているのか?
2020年はコロナウイルスのパンデミックの年だったと言えます。そのためロックダウンによる経済的なダメージを含む、あらゆるストレスを多くの人が感じた年でした(2021年の今現在も、継続中)。
コロナウイルスの第一報が中国だったことから、このパンデミックとそれらに伴る不具合はすべて中国のせいであるという偏見がああたかも事実のように信じられ、そのストレスやフラストレーションのはけ口として(中国人かどうか判断できないので)アジア系がターゲットにされているといわれています。(キング郡の副検事 Leandra Craft も、同様の発言をしています)
ヘイトクライムの被害にあったら
基本は、自分の安全を確保することです。危険な状況からは逃げてください。突然襲われてしまったりして対処できず被害にあってしまった場合は、警察に通報し、ヘイトクライムのリポートをしたい旨をお伝えください。その際、加害者の特徴や言われた事、された事、時間や場所など詳細な状況を伝えてください。
Center for Anti-violence Education により、どうすればヘイトクライムから身を守ることができるのかをまとめた Stay Safe from Hate という小冊子が作成されています(こちらより無料でダウンロードできます)。日本語を含むアジアの言語6か国語で記載されています。
記されている内容にはセルフディフェンスの動きの紹介などありますが、攻撃に対してどう勝つかではなく、平和的な対応法がコンパクトにまとめられています。例えば、Assertive Communication という、自分の気持ちや意見を相手のことを尊重しながら適切に伝えるスキルだったり、Non Violent Communication という共感力と思いやりをベースとした対人関係スキルをもとにした内容になっています。どちらのスキルも、ドメスティックバイオレンス防止やリーダーシップトレーニング等でも使われている、実証済みかつ効果的な方法ですので参考にしていただければと思います。
また、STOP AAPI Hate のウェブサイトでも報告お願いいたします(日本語・第3者からのリポートも可能です)。集められた情報は、ヘイトクライム関しての教育用の資料を作成したり、ヘイトクライムの収束を働きかける政策のために使われます。
もし、あなたが直接被害にあったわけではなく目撃者であった場合、自らに危険がない限り積極的にかかわっていくこと(直接対応しなくとも、警察に連絡したり写真や動画を取って記録をするなど)は大変意味のある行動です。上記にも記した通り、ヘイトクライムと立証するためには確かなる証拠が必要ですので、そういった意味での協力・対応をお願いします。
ヘイトクライムというのは、被害者が自分の存在を(示す要素を)否定された結果におこる事件であることから、被害者の心理的苦痛は通常の暴行被害者よりもひどいと言われています。ですから、被害者の方には「あなたは何も悪くない。私はあなたの見方だ」と寄り添ってもらえればと思います。
ヘイトクライムを防ぐには
何かが起こってからでは遅いです。どうすればヘイトクライムを防止できるのでしょうか?それを考えた時、差別やハラスメントの防止対策で言われている項目にヒントがあると私は思います。(企業や学校のポリシーなどには以下のような内容が一般的に記されています)。
- 各文化や違いを尊重する。
- 話す内容や態度に注意する。
- 特定の人種や肌の色、宗教、民族・国籍、性別、年齢、障害、性的指向に対する内容のジョークを言ったりしない。
- 差別やハラスメントに値する言動を取ったり、容認したりしない。
- ハラスメントや差別、ダイバーシティに関するトレーニングをうける。
- もし不適切な発言や行動があった際は、速やかに報告する。
しかし、これらは主に自分が加害者にならない為の項目であって、被害者にならないためにはどうするかが記されていません。今回の記事を書くにあたりリサーチしましたが、そういった記事を見つけることができませんでした。しかし、こちらの動画の中で話されていたことがヒントになると思うので以下抄訳・意訳になりますが記しておきます。
『人種差別に対する理解の欠如がヘイトクライムにつながっているのでしょう。歴史的に映画や漫画などを見ても、アジア人は悪役だったり、ちょっと変わった奇異な存在として描写されていたことから、そのイメージが刷りこまれている部分があると思われます。この状況を変えていくには、私達各個人が自分の声をあげて、本当のアジア人を知ってもらうことが必要です。事実に基づいた歴史を知ってもらうことや、今のアメリカで何が起きているのかを学校で学ぶことでも状況が変わってくるはずです。私達の気持ちをシェアして私達もアメリカ人であること、ステレオタイプに惑わされることなくリアルな一個人を知ってもらうことが、スタートだと思います。』
社会や国のあり方を変えたいと思ったら、自分は何をすればよいのか?とんでもなく大きな問題を前に、どこから始めればよいのかわからず行動を起こせないまま何となく過ごしてしまっているかもしれません。しかし、全ては各個人の行動1つからのスタートになります。一人一人がヘイトクライムに関する知識を身につけ、それを他の誰かとシェアする事。自分自身を例にとって「アジア人ってこんな人」という事を誰かに知ってもらう行動が、他の誰かの知識となり仲間を増やすことにつながります。その数が増えれば、それがコミュニティなります。その輪が広がっていけば、社会への影響力も増していきます。
JIA Foundation は Community・Education・ Identity を活動の柱にしています。今回の記事が皆様にとってひとつの知識になり、自分のアイデンティティを他の人とシェアしていただくことで、Japanese in America のコミュニティとして一緒に成長していきたいです。私達が暮らしやすいアメリカを築いていくためのご協力をお願いいたします。
文:森山陽子 提供:JIA Foundation