ワシントン州では、すべての公立学校において包括的性健康教育(CSHE:Comprehensive Sexual Health Education)を提供することが法律で義務づけられています。2020年に成立した Senate Bill 5395 によって、2022–2023年度からすべての学区での実施が必須となりました。
包括的性健康教育(CSHE)とは
包括的性健康教育(CSHE:Comprehensive Sexual Health Education)とは、ワシントン州の公立学校において義務づけられている性教育の枠組みです。これは単なる生殖や性感染症(STI/STD)に関する知識にとどまらず、医学的に正確(medically accurate) で、年齢にふさわしい(age-appropriate) 内容を、すべての生徒を包摂(inclusive) する形で指導することが求められています。
州教育局(OSPI:Office of Superintendent of Public Instruction)は、学校に対して教材レビューや教員研修、技術支援を提供しています。
学年別の指導内容
- 幼稚園~3年生(K–3)
この段階では性教育そのものではなく、社会情緒学習(Social-Emotional Learning, SEL) が行われます。感情理解、共感、健全な人間関係づくりが中心です。 - 4年生~12年生
「人の発達や生殖に関する、医学的に正確で年齢にふさわしい内容」を繰り返し学びます。性的同意(affirmative consent)やバイスタンダー介入(bystander intervention)といった内容も段階的に取り入れることが義務づけられています。 - 5年生以降
1988年制定の AIDS Omnibus Act により、毎年 HIV/AIDS の危険性、感染経路、予防方法を学ぶことが義務化されています。
性教育に含まれる主な分野
OSPIが定めるCSHEの学習内容には以下が含まれます。
- 人体発育と発達(human development)
- 健康的な人間関係(healthy relationships)
- コミュニケーションスキル(communication skills)
- 性的同意(affirmative consent)とバイスタンダー介入(bystander intervention)
- HIV/AIDSを含む性感染症(STI)の予防
- 家族や仲間、メディアの影響(influences of family, peers, media)
- 性的暴力・性的虐待や人身取引の防止(sexual violence and trafficking prevention)
特に、性的同意や暴力防止については、年齢に応じた形で段階的に学ぶことが法律で明記されています。
実施状況と課題
OSPIは各学区に対して年次報告を義務づけています。2022–2023年度の報告では約70%の学区が全学年帯でCSHEを実施していると回答しましたが、2023–2024年度には59%に低下しました。また、必須内容をすべて網羅できている学区は、4~5年生で23%、6~8年生で39%、9~12年生で31%にとどまっています。
さらに、OSPIの調査によると、性的同意やバイスタンダー介入を教えている割合は小学校高学年で23%、中学校で35%、高校で34%でした。HIV/AIDS予防教育も小学校高学年で28%、中学校で41%、高校で35%と報告されており、必須要件を満たす取り組みは十分に普及しているとは言えません。
一方で、LGBTQ+の生徒や障がいのある生徒を含むすべての生徒に配慮した教育の導入は年々拡大していることがわかっています。州としては教材レビューや研修を通じて改善を進めています。
性的暴力防止の取り組み
ワシントン州は、Erin’s Law(2018年制定、SHB 1539) を導入し、学校における児童虐待・性暴力防止教育を推進しています。さらに「YES! Program(Youth-centered Environmental Shift)」や性的人身取引防止教育などを通じて、学校全体での安全確保に力を入れています。
Erin’s Law(エリン法)とは
Erin’s Law は、子どもへの性的虐待防止教育を学校教育の中で義務づける法律です。幼少期に性的虐待を受け、その後被害者支援の活動を行った Erin Merryn(エリン・メリン)さんの働きかけにより、イリノイ州で最初に成立し、その後40州以上で同様の法律が次々と導入されてきました。これにより、州の教育局(OSPI)は以下の取り組みを進めています。
- 学校における児童への 性的虐待防止教育の導入支援
- 教員や職員への研修やガイドライン提供
- 地域社会と連携した安全教育の推進
この法律により、学校は単なる性教育だけでなく、児童が自らを守り、信頼できる大人に助けを求めるためのスキルを身につけられるようなカリキュラムを導入することが求められています。
性的リスク行動と全米の現状(CDCデータより)
米国疾病対策センター(CDC)は、若者における性的リスク行動(Sexual Risk Behaviors)が、HIV感染、性感染症(STI)、意図しない妊娠の要因となることを指摘しています。特に、学校教育における対応が重要であり、CDCは 「What Works in Schools」プログラム を通じて、性的リスク行動を減少させ、生徒の健康改善に寄与する取り組みを推進しています。
全国調査の結果(2023年 Youth Risk Behavior Survey)
CDCが実施した「全米青少年リスク行動調査(YRBS)」によると、米国の高校生に関する2023年の主なデータは次のとおりです。
- 32%が性交経験あり
- 直近の性交時にコンドームを使用しなかった割合は48%
- 9%が望まない性交を強いられた経験あり
- HIV検査を受けたことがある生徒は7%
- 過去1年間に性感染症検査を受けた生徒は6%
これらの数字は、性感染症や予期せぬ妊娠のリスクが依然として高いことを示しています。
健康への影響(2022年データ)
- HIV:新規HIV診断の19%は13〜24歳の若者
- STI:15〜24歳は米国の性感染症報告件数の50%を占める
- 10代妊娠:15〜19歳女性の出生率は14%
まとめ
ワシントン州の教育システムにおける性教育は、法律に基づいた包括的な仕組みとして整備され、HIV/AIDS教育や性的同意、暴力防止を含む幅広い内容が義務化されています。ただし、実施状況には地域差があり、すべての学区が必須要件を満たしているわけではありません。州教育局は今後も技術支援や研修を通じて改善を進めており、包摂的で医学的に正確な教育の定着が課題とされています。