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「総領事として、何かを成し遂げたい人の推進力になることを望んでいます。」 山田洋一郎総領事 インタビュー

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2017年6月に在シアトル日本国総領事として赴任してこられた山田洋一郎総領事。さまざまなイベントでのスピーチや、10月には人工知能開発分野で日米のビジネスとビジネスを紹介するイベントを総領事公邸で行われたことなどから、新しい視点をお持ちの方だと感じました。そこで、山田総領事を動かしているもの、シアトルで実現したいこと、それを今後にどのようにつなげたいのかなどについて、お話を伺いました。

山田洋一郎総領事

山田洋一郎総領事

シアトルの最初の印象は「ダイバーシティ」
シアトルの空港に到着したときにまず感じたのは、多様な人たちが住んでいる街だということ。そして、とてもダイナミックな場所だなということです。人もとても優しかったですし、まわりの人たちの様子も、とてもあたたかい。空港にいる人は必ずしも皆シアトルに住んでいるわけではありませんが、外国にはあまり慣れていない妻も、まだ8歳の息子も、空港を出る前にすでに「ここはいい街」「外国人であるわれわれに対して優しい街」と感じました。赴任して5ヶ月が過ぎても、その印象はまだ続いています。

そして、住んでみて感じるのは、いろいろな人がこの街にいるということ。さまざまな人種の人たちがさまざまな文化をつむぎながら活動されている。非常にいい関係をお互いに結んでいる、多様性があふれる街、まさに「ジャングルシティ」だなと思っています(笑)。

生活しながら見えてきたシアトルの課題と民間での取り組み
一番最初に見えてこなかったもので、今になって目につくのは、ホームレスが非常に多いということ。以前にいたベルギーでもホームレスがいましたが、明らかに移民とわかる人たちが多かった。一方、シアトルではこの街でホームレスになった白人のアメリカ人、若者、シニア、男性、女性が物乞いをしている。シアトルのあるキング郡には1日平均200人が雇用の可能性にひかれて移住してきていていると報じられています。明らかに所得水準の高い、すばらしい街ですが、その中で取り残される人たちの生活の問題があり、貧富の差が大きく、それがさらに大きくなりつつあると感じます。

でも、そこで終わらないのがシアトルなのですね。ロータリークラブの会員となってできるだけ毎週水曜日の定例会に出席していますが、ホームレス問題を正面から見据えて、われわれの力で解決できないか、理由はどこにあるのかといったことを議論し、何ができるかを考えています。行政だけでなく、一般市民のレベルでも問題を認識し、その解決に積極的に取り組む人がいるということもシアトルの良さなのではないか。いろいろな意味で参考になります。

いろいろな赴任地で大切にしていること、変わらないこと
いろいろな場所に行く場合、先入観を持たず、社会と、その社会の中に生きている人たちを見る必要があると思います。世の中はそれぞれ癖がありますよね。日本には日本の、アメリカにはアメリカの、独特な雰囲気があります。言葉を変えれば、それは国民性や地域性といった、長い歴史を通して形成されてきた、なかなか抜けにくい感じのもので、それこそがまさにその社会で物事が決まっていく、歯車の動き方なんですね。

個人ベースでは、なじめるものもあれば、そうでないものもあり、好きになるものもあれば、好きになれないものもある。でも、そういう社会とおつきあいをしないといけないわけなので、最初から好きだ嫌いだだけではそこで止まってしまい、発展がありません。そこで、自分はその社会について何も知らないわけですから、虚心坦懐で先入観なしに見てみようとしますね。なぜその社会がそういう動き方をするのかなど、その国の歴史だとかを知ったり、聞いたりすると見えてくるものがあり、だんだん予見可能なことが増えてきます。過去に何があり、なぜこういう議論が今起こっているのか、その社会においてどういう記憶なり経験があるのか、その社会を本当に動かしているのはどういうものなのかを考えますね。そうすると、新しいことが起こっても、社会との付き合い方が見えてくることが多いように思います。

人とのお付き合いにしてもそうです。相手に肩書きがあれば、その人が公式にやっている仕事、所得を得ている仕事はわかりますが、その人の本当にやりたいこと、好きなこと、情熱を持っていることは、そこには書いてありません。趣味かもしれませんし、休日にやっている社会奉仕かもしれない。その人の昔の体験が影響している場合もあったりするでしょう。何回か会って相手を知るようになると、その人がそれぞれ何を実現したいのかといったことが少しわかってきます。人間が情熱を持ってやることにはモチベーションがありますから、そういう人からインスピレーションを受けることも多いです。こちらの考えていることとその人のやりたいこととうまくかみ合うと、はるかに強い原動力を持って物事を進めてくれることがあります。

そういったことを何度か経験していますので、私は、表面的な肩書きだけではなく、その人を本当に動かしているのは何なのかを知りたいですね。そうすると、理解が深まり、我々の力にもなってくれるかもしれませんし、その人がしたいと思っていることで私がお手伝いできることもあるかもしれません。協力しあえば、大きく前進させることもできる。総領事として、そういった推進力になることを望んでいます。

山田総領事を動かしているもの
世の中の難しい問題に直面したり壁を突破できない人がいたりしたら、力になれそうな人を紹介して、解決につなげる。私がやりたいのはそういうことです。私にはお金はありませんし、私個人ができることは限られていますが、総領事というのは肩書きのおかげで人と人をつなぐことができる。ありがたいことに、私の名刺で会いに行くと会ってくれる人がいます。そういう人とじっくり話をし、その力を頼りにしつつ、努力しているのに報われない状況にある人がいたら助けたいと思っています。

ビジネスの分野では、シアトルは人工知能開発の中心ですし、クラウドやバイオエンジニアリングなどでも大きな技術革新が起こっているところです。日本にもそういうことを目指している人たちがたくさんいます。なので、そういう人たちに協力したい。我々がシアトルのビジネス界のことをよく知っているわけではありませんが、特に中小企業の人たちには、シアトルをよく知っている人を紹介することはできます。そういうことを通じて、彼らが前進するきっかけを作りたいですね。

また、国際保健(グローバルヘルス)の分野では、助産師である妻とともに、赴任先のケニアでグローバルヘルスの現場を見、人類の将来や、人間が幸せになるには、公平な社会を実現するにはといった、教育や保健の問題を考えさせられました。これまでの仕事でもそういう分野で働いている世界各地の日本人とかかわってきましたが、じょじょに彼らをつなげて、より大きな成果を得られるようになったらと。シアトルというすばらしい場所で培ったネットワークも、次に赴任する途上国でいかせると思います。

グローバルヘルスの中心地シアトル
国際保健分野での日本とワシントン州の関係者との協力は、私がシアトルで推進したいと考えている重要項目のひとつです。シアトルにはさまざまなグローバルヘルスの機関や団体があります。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、一般の人にそれほどなじみがあるわけではないかもしれませんが、それを立ち上げたビル・ゲイツさんは圧倒的な知名度があるので、ネットで少し検索すれば、彼が世界の人たちを健康にするために個人的な情熱を注いでいることがすぐわかります。

JICA(国際協力機構)や外務省では、いろいろなプロジェクトをする際にゲイツ財団にはお世話になっています。例えばポリオ撲滅に日本政府が供出金を出すとゲイツ財団がマッチングしてくれるなど、さまざまな形で協力してくれています。途上国ではかえりみられない感染症などに日本の製薬会社がワクチンや新薬を作るための仕組みを外務省と厚生労働省がGHIT基金(Global Health Innovative Technology Fund)で協力して立ち上げたときも、ゲイツ財団が資金を提供してくれました。

シアトルでは、以前にゲイツ財団で国際保健プログラム総裁を務めた山田忠孝さんにもお会いしました。山田さんは2008年に第1回の授賞式が行われた野口英世アフリカ賞の立ち上げや前述のGHIT基金の立ち上げに大きく貢献された方。彼がいなかったら、ここまでこの分野が発展していたかどうか。ゲイツ財団を2011年に退いた後も、武田製薬に籍を置いて新薬開発に取り組みつつ、米国の国際保健の取り組みの指導者の一人であり続けています。

世界保健の分野は常に新しい課題がありますので、ゲイツ財団と中身の話を進めていくことは総領事の力の及ぶ範囲ではありません。ですが、国際保健への取組みに社会的なサポートを得るには、パブリシティも必要ですし、社会的なメッセージも必要ですから、そういう面で総領事ができることがあるかと思います。

日本による国際協力は経済を成り立たせるための基本
外務省で WHO(世界保健機関)などと仕事をする課にいた時、国際保健の世界が見えてきました。そしてケニアに赴任し、現場を見る機会を得ました。国連でGDPの0.7%を開発協力にあてるという決まりが2000年にできましたが、良いプロジェクトをしている団体が多い一方で、首をかしげたくなる団体もありました。誰も読まない分厚い報告書を作って、それを発表するために5つ星ホテルに関係者を集め、ビジネスクラスでやってきた高級取りの人たちにすごく高価なご飯を出しながら、パブリシティだけは高い。我々の税金を国際協力として貧しい人たちのために支出しているはずが、実際はそういう高給取りのコンサルタントに落ちている。とても無駄だなと思いました。ケニアでは、そういうことが何回もありました。ゲイツ財団の場合、アドボカシーにもお金を使っていますが、お金をつけたプロジェクトが社会的なインパクトを実現できていると思います。そもそもそれが重要なことなんですよね。

どの社会にも課題はありますが、より貧しくてより機会に恵まれていない人に手を差し伸べるということは、人間として当然の義務だと思います。また、日本は国の成り立ちからして、世界が平和で繁栄していけるように、外国と良好な関係を築く必要があります。そうでないと日本の経済によくない。日本は原油をほぼ100%輸入していますし、一時エネルギーの9割は輸入、食糧だって自給率が40%しかない。原料を輸入して価値の高いものを作り、それを輸出して外貨を稼ぐ。それによって食料や必要なものを買って輸入する。つまり、市場が大きいことが日本の生活を可能にさせているので、そのシステムをうまくまわしていくことが必要です。

世界の人口は増えていますが、その人たちが貧しいままでは市場が大きくなりません。その人たちを助けることによって市場が大きくなることは、日本の経済にとって必要なことなので、国としては当然、経済協力を投資ととらえてするべきです。現時点で日本はGDPの0.2%しか経済協力に使っていません。所得が月50万だと1千円です。でもそれによって、日本が作物を買っている場所で起こるさまざまな紛争や農業への被害を食い止めるように協力すると、安くていいものが買える。それがなければ高いものをより悪条件で買うことになりかねません。

「自分が何をやりたいか」を見据えて
人間の欲求を見ると、何かになりたい人と、何かをやりたい人に分かれると思うんです。何かになりたい人というのは肩書きがほしい人ですよね。それが悪いとは言いません。大きな組織に入りたい、安定した仕事をしたい、と多くの人が言います。

でも、世の中を動かしているのは、何かをやりたい人なんです。そういう人たちは大きな組織からスタートしても、歯車の一部にしか過ぎないので面白くないと思いはじめるんですね。ビジネスならば、自分で企業を起こしたりする。

グローバルヘルスの分野でも、小さな非営利団体のほうが、いろんなことを自分でできますし、若いときから現場を見たりできます。大きな組織はなかなかそうはいきません。分野を特定したより小さな非営利団体でしっかりしているところがシアトルにはたくさんあると聞いています。日本人でこの分野に関心がある人はそういうところで働いて経験を積んで、さらに大きな組織を目指していくのもいいのではないでしょうか。

要は志と意欲の問題。夢があればそれを目指し、実現するには何が必要かを考えてみる。英語、フランス語、スペイン語、そういった言語が必要だったり、知識が必要だったりするでしょう。イスラムの女性の権利向上や生活の改善に携わりたいなら、イスラム教について勉強しなくてはならないでしょう。

「就職するには何を勉強すればいいのですか」ということではなく、「自分が何をやりたいか」が先に来る。それで夢を持ったら、それに向かって進んでがんばって、挫折して、また立ち上がって、そういうことを繰り返し、夢の実現に近づいていくのだと思います。

山田洋一郎総領事 略歴
1984年外務省入省。東京大学で学士号、コロンビア大学で行政学修士を取得。モスクワ、ブリュッセル、ワルシャワ、ニューヨーク、ナイロビで勤務し、ケニヤ公使とベルギー公使を歴任した後、2017年4月に在シアトル日本国総領事に就任。趣味はゴルフ、碁、ピアノ。「総領事のシアトル見聞録」はこちら

掲載:2017年11月

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