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シアトルでマグロを釣る

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マグロ釣りは豪快な釣りである。24時間不眠不休で、太平洋のど真ん中で、筋肉の塊のようなマグロと格闘するのだから、むしろ「過酷」と言ってもよいほどの難行だ。

静まり返った湖でのんびりと魚信を待つマス釣りや、小川のせせらぎの水音が耳に心地よい渓流釣りなどの平和な世界とは大違いで、誰にでも薦められる気軽な釣りではない。

まずは体力の勝負。力の釣りである。しかも、うねりのある太平洋の沖合い30マイルまで、波を蹴立てていくのだから、船酔いも覚悟しなくてはならない。

それでも、是非、という方は続きを読まれるがいいが、その先はどうなっても、筆者にその責任はありませんので、悪しからず。

もくじ

白マグロを目指して、沖へ

夏の終わりから秋にかけて、オレゴン州沖に白マグロの群れが北上して来る。白マグロは、本マグロよりははるかに小ぶりで、15~30ポンドほどではあるが、砲弾のような形の全身が筋肉で、時速50マイル以上で泳ぐだけあって、ハリに掛かると凄まじいファイトを見せる。店で売っているツナ缶の材料になるマグロで、9月に入ると脂もよく乗って刺身は絶品。釣ってよし、食べてよしの魚である。

シアトル近辺の魚であれば、自分のボートでどこでも出かけていくのにやぶさかではないが、さすがに大波の寄せる大海に釣りに行くには、大型の乗り合い船に頼るのが無難である。ウェストポートやイルワコ(Illwaco)などから10人乗りのチャーター船が連日出ているが、出航は夜明け前の午前3時・4時が普通なので、シアトルからは徹夜で3時間ほどのドライブとなる。船の中では横になるようなスペースもろくにないので、座ったまま居眠りをしながら、沖合い30マイルのポイントを目指す。

運よく海が静かであれば幸いであるが、うねりが高い日には船は波高10フィートの荒海をエレベーターのように上下しながら、ドッタンバッタンと進んでいく。この段階で、すでに船酔いにやられた人は、船べりからゲロゲロと吐きながら、青息吐息である。この状態は帰港するまで12時間続くので、生き地獄を覚悟しなくてはならない。

マグロとの戦い

マグロ釣り

夜明けとともに、船は減速してトローリングを始める。左右に5~6本の糸を流して、疑似餌でマグロを探すのである。群れに遭遇すると、1匹が竿に掛かる。フィッシュ・オン!

船は急停止し、船長は周囲にエサの生きたシコイワシをばら撒く。立ち上がる元気のある釣り客は、竿をひったくって、イワシをつけた糸を海面に泳がせる。これをマグロが食うのである。ブレーキをはずした状態のリールが回り始め、糸がどんどん出て行くが、ここで止めてはならない。リールはさらに高速で回り出し、ブンブンと唸り音を発するが、ここからゆっくりと10まで数えるのである。

マグロはエサを飲み込むのに時間を掛けるので、ここで焦ってはいけない。マグロが時速50マイルに達したあたりで、ガンとブレーキ・レバーを入れてやる。両手でしっかりと抱きかかえた竿が、グーンとしなる。その重量を全身でのけぞって支えるのである。

そして、戦いはこれから始まるのだ。マグロは渾身の力で潜ろうとする。こちらも全身で竿を立てて糸を巻く。しかし、巻いても巻いても、糸はジリジリと出て行ってしまう。両腕の筋肉に青筋を立てて、リールを巻く。マグロは2~3フィート上がってくる。だが、すぐにまた5フィートほど潜ってしまう。この状態を20分ほど耐えながら、少しずつ、わずかずつ、魚を水面に近づけるのである。その間、船は大波に揉まれ、魚は右へ左へと泳ぎ回るので、釣り人はヨタヨタと歯を食いしばりながら、船べりを右往左往し、もう少しだ、と自分を励ます。

しかし、隣の釣り師にもマグロが掛かっている。限界までピンと張り詰めた糸は、ブーンと風鳴りの音を響かせながら、互いに近寄って来て、ああ、と叫ぶ暇もなく、触れた瞬間に、バシッと乾いた音を発して切れてしまう。一瞬の沈黙…。これまでの20分間は何だったのか。しかし、気を取り直して、次の1匹を求めて、釣り師はまたヨロヨロと、竿に新しいエサを付けるのである。

こうして、マグロを釣り上げて、自分もまた甲板でマグロのようになって3時間かけて帰港して、それからさらにまた3時間のドライブでようやく帰宅。これが24時間のマグロ苦行である。それでも、という方は、以下のチャーター会社に連絡されるのがよろしいでしょう。

文:光岡則夫
1952年、横須賀生まれ。小学生の時に2年間をアメリカで過ごす。東京大学卒業後に電通に入社、旅行会社への転職を経て、1981年にロサンゼルスの DENTSU AMERICA へ。その後、オイル・チェンジのバルブを販売する会社をシアトルで起業。普段は釣りや松茸狩りなど、ワシントン州の四季を満喫する日々を送っている。『ぶらぼおな人』での取材記事はこちら。ワシントン州での釣り、松茸狩り、栗拾い、山菜取りなどについてまとめた 『人生そぞろ歩き』 を文芸社から出版。

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