多くの先進国では、急速な少子高齢化に伴い、医師不足が深刻な問題となっています。例えば、人口1,000人あたりの医師数は、日本は2.5人、アメリカは2.6人と、両国ともにOECD諸国(38カ国)平均の3.6を下回っています。(OECD “Health at a Glance 2021″、2019年データ)
今回は、日米両国が抱えるこの問題をAIやクラウドコンピューティングの力で解決することを目指す、シアトルのスタートアップ『Sensoria Health』の創業者で元マイクロソフト幹部のダビデ・ヴィガノさんにお話を聞きました。
Sensoria Health とは
マイクロソフトのヘルスケア部門で幹部を務めた後、2018年に創業しました。ヘルスケアとフィットネスのモーショントラッキングの先駆者として、そのイノベーションは世界中の学術機関や研究所で活用されています。
圧力センサーを搭載したスマートソックスは、パーキンソン病など歩行障害を持つ患者に関するデータをリアルタイムで収集し、歩行の継続的なモニタリングや転倒予防を可能にします。
Sensoria Smart Socks from Sensoria on Vimeo.
起業したきっかけ
私はマイクロソフト時代にHealth Vaultのシステム構築に関わっていました。AWSやAzureが登場する前のクラウドベースの先駆的なシステムで、425台の医療機器と連動し、データを収集することができたのですが、すぐに医療機器から送られてくるデータがほとんどないことに気がつきました。そもそも患者が医療機器の使用を避けていたのです。
利用を避ける理由は主に2つあります。1つは医療機器着用に対する偏見です。多くの人が自身の病気を周囲に知られることを拒むので、医療機器着用を避ける傾向にあります。2つ目は、機器の使用が容易ではないからです。かさばる血圧計や糖尿値モニターを常時携帯し、使用することは日常生活の妨げになります。
私たちのビジョンは、医療データを完全にシームレスな方法で収集できるようにすることです。皆さんが普段使用しているような衣服にセンサーを搭載し、データを収集し、クラウドに転送して臨床医に提供することによって、私たちの健康に関する意思決定を手助けしてもらうことができるのです。
起業して変えたいと思ったこと
第一に、患者自身が周囲に知られることなく、自分のコンディションをより良く理解できるようになることです。
もう一つは医療の効率化です。日本でもアメリカでも高齢化により、医療費の高騰や臨床医不足が問題になっています。従来の外来診療では1日に診察できる患者数に限度がありますが、クラウドベースのモデルでは医師が遠隔で多くの患者を観察することができます。私たちは数百人の患者データをすべてクラウドに提供しているため、多忙な臨床医が担当する患者の全体像を把握することができるのです。より多くの患者を遠隔で観察し、合併症などを予防できれば、医療コストの大幅な削減につながります。
今までで最大のチャレンジ
ソックス型のデバイスの開発には非常に苦労しました。従来のセンサーは、私たちの皮膚を傷つけてしまうので、靴下のように柔らかく、洗濯もでき、更に信頼できるものを開発するのは大きなチャレンジでした。センサーを開発し、検証するだけでも2、3年かかりました。
また、このデバイスの開発には、様々な能力を持った人材が必要でした。医師の診断や治療を行うために必要なデータを収集するため、医学の知識も必要でしたし、センサーやその他の電子部品の開発には、材料工学や電子工学の技術者、ソフトウェアの開発にはエンジニアが欠かせません。このように異なる能力を持った人たちをまとめることは、とても難しいことでした。異なる分野には日本語や英語のように独自の言語があり、異なる言語を介して対話することはとても大変なことです。
会社で一番自慢のポイント
どんな困難なことがあっても絶対に諦めないことです。パンデミック、高金利、戦争など、たくさんの問題がありましたが、私たちのチームは、常に課題解決に110%集中していることを私は最も誇りに思っています。そして、患者さんや介護者に感謝されると、とてもやりがいを感じます。
高齢化社会が進む日本への事業拡大の展望
パンデミック直前にワシントン州商務省の代表団と共に日本を訪れました。東京と大阪の商工会議所の方々をお会いする機会があったのですが、「増え続ける高齢者を支える臨床医が足りない」ということを訴えていました。また、転倒の検知や防止ができる靴下の技術に非常に興味を持ってくれました。
私たちは、シアトルに戻り、転倒リスクの分析や予防についての研究を進め、特定のアルゴリズムを構築しました。このアルゴリズムによって、歩き方からその人が朝忘れずに薬を飲んだかどうかも推測できます。「6分間の歩行」や「立ち上がる」などの動作をアプリを通じて処方し、データ分析に使用することもできます。
高齢者や、パーキンソン病や多発性硬化症などの神経疾患の患者に特化したアルゴリズムを構築してきましたが、同じプラットフォーム上に他のソリューションも構築することもできます。これは何を意味するかというと、パートナー機関がSensoriaの技術を通じて、追加のアルゴリズムを構築することができるのです。現在、日本では東京と大阪に2つのパートナー機関があるのですが、彼らは国内の学術機関、病院や医療従事者のニーズに合わせて、追加のアルゴリズムを構築しています。彼らは、私たちのテクノロジーに非常に精通しており、Sensoria Developer Kit (パートナー様向けソフトウェア開発キット)にもアクセスすることができます。
Sensoria の商品を試すには
日本在住の方はこちらから、アメリカやその他地域在住の方はこちらまでご連絡ください。皆さんの地域やニーズに合わせたパートナー機関をご紹介いたします。
アメリカには、カルフォルニア州からジョージア州まで、糖尿病やパーキンソン病など分野別に、さまざまなパートナーがいます。
シアトルのスタートアップコミュニティの特徴
私は元々イタリア出身なのですが、シアトルのスタートアップコミュニティは非常に活気があると思います。
シアトルの特徴はクラウドコンピューティング企業の80-90%が集中していること。クラウドコンピューティングやAIがこれからの医療の世界を変えるでしょう。シアトルにはマイクロソフト、アマゾンやその他の先駆的な企業がAIやクラウドコンピューティングに膨大なリソースを投資しており、デジタルヘルス分野に注目しています。
「AIが人間の仕事を奪う」ということが話題になっていますが、この課題は、医療分野には存在しません。世界中で臨床医が不足しているので、AIの技術が彼らの仕事を効率化することに繋がるのです。
私はこれを「人工知能(Artificial Intelligence)」ではなく、「有益知能(Beneficial Intelligence)」と呼んでおり、創業時から人を助けるための技術をつくるということにフォーカスしています。
休日の過ごし方
飛行機を操縦することです。17歳の時は空軍のパイロットになりたかったのですが、その夢はさまざまな理由で叶いませんでした。今は、IFR認定プライベートパイロットとして、趣味で操縦しています。空から見えるシアトル近郊の島々や山脈は格別です。
– ありがとうございました。
Sensoria Health
創業者:ダビデ・ヴィガノ
社員数:12名 ※2024年6月時点
本社:レッドモンド
創業年:2018年
日本語公式サイト:www.sensoriahealth.jp
英語公式サイト:www.sensoriahealth.com
聞き手:大阿久裕子 写真提供:Sensoria Health