MENU

揺らぐ米国経済と変わる消費行動

  • URLをコピーしました!

今回の Seattle Watch では、最近の米国経済について見ていきます。中東情勢の影響もあり、物価高やインフレ、失業率といった各種指標に悪化の兆しが見られる中、消費者の価値観や購買行動にも変化が生じています。これらの変化が長期的に続くものかどうかは見極めが必要ですが、少なくとも短中期的には、この変化に対応したビジネス戦略が求められるでしょう。

中東情勢に端を発するガソリン価格の急騰と、金融市場の変動の激しさにより、米国民の経済に対する見方は直近3カ月で大きく悪化しています。ミシガン大学の最新の調査によると、3月の消費者態度指数*の確定値は53.3となりました。この水準は、52.9を記録した2025年12月以来の低水準であり、米国民の間で経済への悲観論が広がっていることを示しています。同調査のディレクターであるジョアン・スー氏は、「中間層および高所得層、さらに株式資産を保有する層が、ガソリン価格の急騰と変動の激しい金融市場の双方から打撃を受け、特に大きな心理的悪化が見られた」と指摘しています。

* 消費者態度指数:現在の景気・雇用情勢や6ヵ月後の景気・雇用情勢・家計所得の見通しなど、消費者の観点から米国経済の健全性を図る指標

物価高の継続は、依然として消費者の景気認識を左右する主要因となっています。今後1年間の期待インフレ率は3.8%と、2月時点の3.4%から上昇しており、これは2025年4月以来で最大の月間上昇幅です。アメリカ自動車協会(AAA)のデータによると、3月27日時点の全米平均ガソリン価格は1ガロンあたり3.97ドルとなり、2月平均を1ドル近く上回りました。(参考:Bloomberg

また、米労働省が発表した2月の雇用統計では、非農業部門雇用者数が9万2000人減少し、予想外のマイナスとなりました。この背景には、医療従事者のストライキに加え、厳しい冬の天候により建設業やレジャー・接客業の雇用が圧迫されたことがあるとされています。エコノミストらは単月の統計を過度に解釈すべきではないと慎重な姿勢を示していますが、2月までの3カ月平均の雇用増は月6000人と、1月までの3カ月平均(5万人増)から大きく減速しており、雇用の増加基調は確実に弱まっています。(参考:ロイター

目次

消費者の購買行動やライフスタイルへの影響

このような米国経済の変化は、消費者の購買行動やライフスタイルに確実に影響を及ぼしています。ここでは、現在の米国で顕在化しているいくつかのトレンドを紹介します。

1. K字型消費の固定化

今年最初の Seattle Watch「2026年の米国消費トレンド」 でも紹介した「K字型経済」が、米国でより鮮明になっています。

K字型経済とは、高所得世帯と低所得世帯の経済状況の二極化が進行している状態を指します。高級ブランドは富裕層を主な利益源とする一方で、低価格志向の企業は、資金繰りに苦しむ家計による支出抑制の影響を受けています。

例えば、コーチやケイト・スペードなどのブランドを展開する Tapestry、アパレルブランドの Ralph Lauren、富裕層の利用者が比較的多いクレジットカード会社の American Express、さらに航空大手の United Airlines や Delta Air Lines などは、直近四半期の業績が市場予想を上回りました。これらの企業では、高利益率の商品・サービスに積極的に支出する富裕層顧客が業績を押し上げています。(参考:ロイター

一方で、PepsiCo、Kraft Heinz、PayPal といったマス市場向けの商品・サービスを提供する企業は、低所得層が予算をやりくりする中で、購買を先送りする動きの影響を受けていると説明しています。そのため、ディスカウント小売大手の Dollar General では、2025年度第4四半期(11月〜1月)の既存店売上高が前年同期比4.3%増となり、節約志向の消費者を取り込む戦略が功を奏しています(参考:ロイター

Moody’s Analytics の調査によると、現在、全米の消費支出の半分弱を所得上位10%の世帯が占めています。約30年前には、その割合は3分の1強にとどまっていたことから、経済の二極化が一層進んでいることがうかがえます。こうした状況を踏まえ、企業経営者の間では、K字型経済が短期的に解消される可能性は低いとの見方が広がっています。

2. Doom Spending(破滅的消費)

「破滅的消費」とも訳される Doom Spending が、米国の若年層を中心に広がっています。これは、社会や将来に対する不安や悲観を背景に、そのストレスを解消するため、旅行やショッピング、外食などに高額な支出を行う消費行動を指します。

単なる「衝動買い」とは異なり、人生や社会に対する諦念や絶望感が根底にあり、「どうせ家は買えないなら、今を楽しもう」といった意識のもと、手元の資金を高級旅行やブランド品などの今すぐ得られる贅沢に使い切る傾向が見られます。場合によっては借入を伴いながら支出を続けるケースもあり、最終的に生活が破綻するリスクが高まることから、「破滅的」と形容されています。(参考:第一ライフ資産運用経済研究所

こうした Doom Spending が広がった背景には、コロナ禍以降のインフレや住宅価格の高騰、政治的不確実性、賃金の伸び悩みといった要因により、将来への希望を持ちにくくなり、「今を楽しむ」ことを優先する風潮が強まっていることがあります。

一方で、このような消費行動が持続可能かという点については、難しい局面に入っていると考えられます。ニューヨーク連銀が2月に発表した報告書によると、2025年10〜12月期の米国家計債務総額は18兆7800億ドル(約2900兆円)と、前年同期比で4.1%増加し、前期に続いて過去最高を更新しました。

内訳を見ると、クレジットカード債務は前年同期比5.5%増の1兆2800億ドル、自動車ローンは0.7%増の1兆6700億ドル、学生ローンは3.0%増の1兆6600億ドルとなっています。家計債務の大部分を占める住宅ローンも4.5%増の13兆1700億ドルに拡大しています。住宅ローンや学生ローンでは延滞の増加が目立っており、家計の返済負担が一段と高まっている状況がうかがえます。(参考:日本経済新聞

3. 買わないという選択の美化

「No Buy 2026」「Deinfluencing(ディ・インフルエンシング)」「Underconsumption core(アンダーコンサンプション・コア)」といったキーワードに象徴される新たな消費トレンドが広がりつつあります。これらはいずれも、経済的プレッシャーの中での過剰消費への反発と、信頼できるつながりや価値観を重視する姿勢の表れと言えます。

No Buy 2026

まず、「No Buy 2026」とは、「2026年は不必要な買い物をしない」という自主的なチャレンジを指します。近年、年初になるとSNS上で「今年は何も買わない」という決意がトレンド化しており、2024年にTikTokで「#NoBuy」のハッシュタグが広まって以降、若年層を中心に節約や借金返済、環境負荷の軽減を目的として拡大してきました。一般的には、食料品や医療費などの生活必需品は対象外としつつ、衣類やコスメ、ガジェットなどの嗜好品の購入を控えるケースが多く見られます。(参考:Independent

特徴的なのは、この「買わない」という取り組みが個人の意思にとどまらず、コミュニティ化している点です。SNSやオンラインフォーラム上で「ノーバイ宣言」を共有し、互いに励まし合いながら達成状況を報告したり、「買わずに済ませる工夫」といった代替策を共有したりする動きが広がっています。このような連帯感は、消費抑制の継続を支える要素となっています。

Deinfluencing

次に、「Deinfluencing」とは、SNS上でフォロワーに対して「それは買う必要がない」「流行に乗らなくてもよい」と呼びかける、新しいタイプのインフルエンサーの動きを指します。従来、インフルエンサーは商品の魅力を訴求し購買を促す存在でしたが、その結果、不必要な消費の拡大や家計・環境への負担が問題視されるようになりました。こうした反省を背景に、一部のクリエイターが「本当に必要なものか」を問い直す発信へと転じています。この流れから派生した動きとして、「Anti-haul(アンチ・ハウル)」も注目されています。「ハウル(Haul)」が、大量購入したコスメや洋服などを紹介するSNSコンテンツであるのに対し、アンチ・ハウルは「買わなくてよいものリスト」を共有する試みです。「流行しているが不要だったもの」や「高価なブランド品の代替となる安価な商品」など、「買わない選択肢」に価値を見出す点が特徴であり、「消費しないこと」自体の価値を高める動きといえます。(参考:Allure

Underconsumption core

最後に、「Underconsumption core」とは、消費を抑えること自体を一つのライフスタイルとして捉えるトレンドです。TikTokでは「#○○core」といったハッシュタグを通じて特定の美学やライフスタイルを共有する文化が広がっていますが、その一つがこのアンダーコンサンプション・コアです。(参考:The Guardian

例えば、「同じサングラスを8年間使い続ける」「化粧品を最後まで使い切る」といった行動を積極的に発信し、それをスタイルとして肯定する動きが見られます。もともと「節約」「ミニマリズム」「断捨離」といった考え方自体は新しいものではありません。しかし近年のこれらのトレンドは、若年層を取り巻く経済的プレッシャーの高まりや、環境意識の向上といった要因と結びつき、より社会的・文化的な広がりを持ち始めている点に特徴があります。

4. 米国を脱出する富裕層

ドナルド・トランプ大統領自身は、500万ドル(約7億5000万円)を支払えば米国の永住権を得られる「ゴールドカード」の発行を提案し、富裕層を米国に集めようとしています。しかし、実際に起きているのは、彼の思惑とは逆の現象です。

カナダの金融会社である Arton Capital は、トランプ大統領の2期目就任から約1年が経過した米国において、投資可能な流動資産を100万ドル(約1億5,800万円)以上保有する富裕層(ミリオネア)の3分の1が、国外へ移住する可能性が高まっていると報告しています。この動きに関連して、シアトルのあるワシントン州では、今年3月末、年間所得が100万ドルを超える超富裕層を対象とした新たな課税策(いわゆるミリオネア税)が法制化されました。富裕層により大きな負担を求める一方で、数百万人の一般家庭や中小企業の負担軽減を図る狙いがあります。(参考:BDO

特に、民主党支持層のほうが米国を離れる選択肢に強く引かれており、2024年米大統領選でカマラ・ハリスに投票した人の半数以上(52%)が移住に関心があると回答しました。

一方、トランプに投票した人では、その割合は15%にとどまっています。また、他国への移住を検討したことがある人のうち、84%が米国の外交政策を懸念材料として挙げ、74%が米国経済の先行きを不安視しています。さらに、65%が「米国以外の方が、経済面や生活の質においてより良い機会がある」と回答しました。希望する移住先としてはカナダが最も多く、次いで英国、アイルランド、ニュージーランド、オーストラリアが続いています。

トランプ氏の再選以降、母国を離れることを検討する米国人が急増している現象は、第1次トランプ政権下でも見られた傾向の再来といえます。2025年11月に米国心理学会(APA)が実施した調査では、18~34歳の若年層の63%が「国の現状」を理由に移住を検討したことがあると明らかになっています。さらに、公共ラジオNPRの報道によると、2025年1~2月にアイルランドのパスポート(旅券)を申請した米国人は前年同期比で60%増加しました。英国でも、2025年1~3月における米国人の市民権申請数が過去最多を記録しています。また、トランプ氏の再選を受けて、複数のリベラル派の著名人が米国を離れる意向を示し、実際に移住や他国の市民権取得に踏み切っています。例えば、トランプ批判で知られるコメディアン兼女優のロージー・オドネルは昨年1月にアイルランドへ移住しました。さらに、女優・コメディアンで司会者としても知られるエレン・デジェネレスは英国へ移住し、深夜トーク番組司会者のジミー・キンメルは昨年夏にイタリアの市民権を取得しています。加えて、俳優のジョージ・クルーニーも最近、フランス国籍を取得しました。(参考:Forbes

米国で起きているこれらのトレンドは、日本企業にとっても大きな示唆をもたらします。まず、日本においても「一億総中流」の時代は終わり、経済格差が進む中で、富裕層と低所得者層という二極化したセグメントに対し、どのようにアプローチするかという戦略的な取捨選択が求められます。

また、「買わない」という選択の美化は、日本に根付く質の高いモノづくり文化や、壊れたものを修復して使い続ける金継ぎ、さらには質素倹約やミニマリズム、「足るを知る」といった精神性とも親和性が高く、これらを製品やサービスの付加価値へと昇華できる可能性があります。加えて、国外移住を検討する富裕層の動きは、日本にとっても新たな機会となり得ます。単なる観光消費にとどまらず、中長期的に「日本」という環境やコンテンツを彼らのライフスタイルのポートフォリオの一部として取り込んでもらうための戦略が求められるのではないでしょうか?

Seattle Watch の購読はこちらから。

提供:Webrain Think Tank 社
【メール】 contact@webrainthinktank.com
【公式サイト】 https://ja.webrainthinktank.com/

田中秀弥:Webrain Think Tank社プロジェクトマネージャー。最先端のテクノロジーやビジネストレンドの調査を担当するとともに、新規事業創出の支援を目的としたBoot Camp Serviceや、グローバル人材の輩出を目的としたExecutive Retreat Serviceのプロジェクトマネジメントを行っている。著書に『図解ポケット 次世代インターネット Web3がよくわかる本』と『図解ポケット 画像生成AIがよくわかる本』(秀和システム)がある。


岩崎マサ:Webrain Think Tank 社 共同創業者。1999年にシアトルで創業。北米のテックトレンドや新しい市場動向調査、グローバル人材のトレーニングのほか、北米市場の調査、進出支援、マーケティング支援、PMI支援などを提供しています。企業のグローバル人材トレーニングや北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。

  • URLをコピーしました!
目次