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日本のインバウンド戦略を再考する

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今回の Seattle Watch では、日本のインバウンド戦略を考察します。2024年の訪日外国人数と旅行消費額はいずれも過去最高を更新し、今後の成長には高付加価値旅者、特に富裕層の取り込みが鍵とされています。日本が世界に選ばれる観光立国となるには、富裕層のニーズや行動様式を的確に捉え、ビスポーク(BeSpoke)な体験をデザインできるプロデューサー人材の育成と、ヘリやヨット利用を含む規制緩和を進める必要があります。

目次

訪日外国人旅行者数と出身国別の消費額

今年の夏も、日本各地で多くの外国人観光客を目にする日々が続いています。その実態を数字で見てみたいと思います。

日本政府観光局(JNTO)によると、2024年の訪日外国人旅行者数は3,686万9,900人に達し、過去最高を記録しています。また、訪日外国人による旅行消費額も過去最高の8兆1,395億円となっています。

国・地域別の消費額をみると、最も多いのは中国で1兆7,335億円(構成比21.3%)。続いて、台湾が1兆936億円(13.4%)、韓国が9,632億円(11.8%)、米国が9,021億円(11.1%)、香港が6,584億円(8.1%)の順となっており、上位5カ国・地域で全体の65.7%を占めています。

このように、コロナ禍を経てインバウンドは「回復」から「成長」へと軌道に乗りつつあります。

オーバーツーリズムの課題と、「量」から「質」への転換の必要性

しかし、すべての観光地が等しくその恩恵を受けているわけではなく、オーバーツーリズムも課題となっています。

こうした状況の中、EYでは「量」ではなく「質」への転換が必要だと指摘しています。具体的には、人手不足や受け入れキャパシティといった量的な問題にとどまらず、消費単価が高い旅行者やリピーターといった高付加価値旅者に対して、いかに魅力的で質の高い体験を提供できるかが重要であると伝えています。

高付加価値旅行者の代表例として挙げられるターゲットが富裕層です。富裕層は一般的に純資産額によって階層が分類されており、ビリオネア(10億ドル以上)、Ultra-High Net Worth=UHNW(3,000万ドル以上)、Very High Net Worth=VHNW(500万ドル以上)、High Net Worth=HNW(100万ドル以上)と定義されています。

UHNW層(3,000万ドル以上)は全世界でおよそ40万人いると言われ、その人口分布をみると、北米が37.8%で最多、続いて欧州26.2%、アジア25.9%となっています。

興味深いことに、訪日外国人旅行客のうち、1回の旅行での総消費額が100万円以上の層に限定し、100万円以上を「Tier2」、300万円以上を「Tier1」と区分した場合、「Tier1」の平均消費単価は実に630万円/人に達し、1,000万円以上の消費も散見されたというデータもあります。

ただし、EYのストラテジック・インパクト・パートナーである平林知高氏は、「富裕層といってもその実態は大きく異なるため、どの層をターゲットに誘客を仕掛けていくのかを戦略的に決定しなければ、商品・サービス・体験の設計や価格設定を見誤り、成果につなげることが難しくなる」と指摘しています。

Hilton:今後のツーリズムの5つのトレンド

グローバルホテルチェーンの Hilton は「2025 Hilton Trends Report」において、今後のツーリズムに関する5つのトレンドを発表しており、これらは旅行者のニーズを見極めるうえで有用な示唆となりそうです。

  1. アドベンチャートラベルでユニークな体験:今後、さらに多くの旅行者がスリリングでユニークな体験を求め、唯一無二の冒険を楽しもうとする傾向が強まるとされている。旅行者の69%が旅先でアクティビティを満喫し、76%が滞在中に多様な体験を提供する宿泊施設を選ぶ意向を示している。(「エクストリーム・ツーリズム」と呼ばれる従来の観光の限界を超えるような困難な環境やアクティビティがある目的地への旅行が、富裕層でも人気を集めている)
  2. スリープ・ツーリズムと睡眠離婚:世界の人々は睡眠不足を実感しており、リラックスして十分な睡眠をとる時間を見つけようとしている。調査では、半数近くが休暇中に目覚ましアラームを使わないと答え、5人に2人が睡眠環境の整ったホテルを選んでいる。また、25%以上が睡眠の質を向上させるためにスパやボディケアを予約するという。さらに、旅先では一日中ベッドでくつろぐことを意味する「Hurkle-Durkling(ハークル・ダークリング)」というスコットランドの言葉が支持を集めている。特にミレニアル世代とZ世代の30%は、X世代やベビーブーマー世代(11%)に比べて、このようなリラクゼーションを好む傾向が強い。そして、注目されるのが睡眠離婚(sleep divorce)という言葉である。63%の旅行者が「一人で寝る方が快眠できる」と認め、37%が旅行中にパートナーと別のベッドで寝ることを好んでいる(つまり大きなベッド1つの部屋より、ベッド2つの部屋を好む)。子ども連れの旅行者の75%は、子どもと別々に寝ることを望んでいる。
  3. 思い出をたどる「タイムトラベル」:旅行者は、子ども時代の思い出に触れるために同じ場所を訪れる「タイムトラベル」を楽しんでいる。米国では、懐かしい思い出に浸るような旅行がレジャー旅行の主要理由の一つとなっている。世界の旅行者の58%が子ども時代の旅行先を再訪しており、49%が毎年同じ場所に戻っている。
  4. スロートラベル:忙しい日常から離れ、旅先の文化に深く触れる「スロートラベル」(地元の人のように目的地に長時間滞在し、その文化を十分に体験すること)も注目されている。旅行者の25%が文化を学ぶ体験を求め、65%(日本は31%)が子どもとともに家族のルーツを探る旅行を希望している。また、旅行者の74%が地元の人からのお勧めの体験を楽しむことを望んでいる。スロートラベルでは、人気観光地ではなく、二次的な都市や目的地への訪問が増えており、例えばイタリアのサルデーニャやトルコのボドルムでは外国人観光客が増加している。
  5. 一人での旅を楽しむミームーナー(MeMooner):世界の旅行者の約半数が、一人で旅するスタイルを選ぶと回答している。ミームーナー(MeMooner)とは、一人での旅行をハネムーンのように自分への贈り物として楽しむ人々を意味する造語である。一人旅を楽しむ人々の64%は、良い本を旅のパートナーに選ぶ。また、ペットと一緒に旅をする人も多く、2023年から2024年にかけて「ペットフレンドリーホテル」の検索数は前年の2倍に急増している。ヒルトンのホテルスタッフの58%以上が、2025年には一人旅の人気が一層高まると予測している。

高付加価値旅行者が求める、特別な体験のプロデュース

日本の課題:高級サービスをプロデュースできる人材の不足

クリエイティブ・ディレクターの高木新平氏は、「日本の観光資源を価値ある高級サービスとしてプロデュースできる人材が少ないことが課題だ」と指摘しています。高付加価値旅行者が求めるサービスの一つは、オーダーメイドやビスポークといった形での特別な体験の提供です。例えば、一般には立ち入れない時間や場所に特別に入場できる裏メニューを、1日数組限定で用意するといった仕立てです。日本では「すべてのお客様に等しく楽しんでもらう」という意識が強い傾向がありますが、あえて優先ルートを設けるといった発想の転換が必要になってきています。

失敗例としては、栃木県が2023年に企画・販売した「400万円の富裕層向けツアー」が一件も売れなかった事例が挙げられます。2泊3日で、移動にはヘリコプターを使用し、日光東照宮や酒蔵見学、高級ホテルでの宿泊を組み込んだ内容でしたが、画一的なパッケージツアーとして販売した点が致命的でした。

ターゲットとなる富裕層は、自家用ジェットで移動し、チャーターしたヘリコプターやクルーザーで観光するような層です。そうした顧客に対し、決められた行程を押し付けること自体が的外れであったといえます。

こうした体験やコンテンツをプロデュースできる人材は海外に流出しており、インバウンド現場の待遇改善とあわせて、1泊100万円といった宿を「本当に価値あるもの」として仕立てられるプロデューサーを育てていくことが、日本の観光業における勝ち筋の一つと考えられます。そしてプロデューサーには、自ら豊富な体験を積み、本物に触れた感性を持ち、富裕層の視点で物事を捉えられることが求められるのです。

日本の課題:移動手段を制限するインフラや規制

課題は、移動手段を制限するインフラや規制にもあります。ヘリコプターはラグジュアリートラベラーの主要な移動手段として世界的に普及しており、欧米では、不便な立地にあるラグジュアリーホテルやガストロノミーレストランの案内に、住所とあわせてヘリ離着陸の情報が記載されている例も少なくありません。ヘリを活用した海外リゾートの代表例としては、カナダ西海岸にある Nimmo Bay(ニモベイ)が挙げられます。バンクーバー沖の島に位置し、手つかずの温帯雨林が広がるこのエリアには道路が通じていないため、アクセスはポート・ハーディーからのヘリや水上飛行機に限られます。さらに、ヘリは送迎だけでなく、ヘリハイキング、野生動物ウォッチング、ヘリフィッシングなど、多様なアクティビティにも活用されています。

しかし日本では、航空法第79条により、許可を受けたヘリポート以外での離着陸は禁止されており、大きな障壁となっています。船舶に関する規制にも依然として課題があります。日本では全長24m未満のクルーザーが主流ですが、世界の超富裕層が利用するのは全長30~100m規模の「スーパーヨット」や「メガヨット」です。日本では24m未満を「小型船舶」と定義し、小型船舶免許で操縦できる一方、それ以上の規模になると航海士と同等の資格が必要となります。さらに、外国人による日本船籍の小型船舶やスーパーヨットの所有は禁止されているほか、受け入れ先となるマリーナや港湾施設の整備不足も課題として残されています。

まとめ

ツーリズムの波は確実に押し寄せていますが、日本が世界の旅行者(特に富裕層)から選ばれる目的地となるためには、彼らが何を求めているのかを肌感覚で理解し、そのニーズに合致したサービスをプロデュースできる人材を増やすとともに、行政と連携して各種規制の緩和を進めていくことが不可欠です。前者については、観光産業だけでなく、どの産業のビジネスにも共通して言えることであり、仕事やプライベートを問わず、日本を飛び出して「本物を体験する」経験を積んでいくことをお勧めします。

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提供:Webrain Think Tank 社
【メール】 contact@webrainthinktank.com
【公式サイト】 https://ja.webrainthinktank.com/

田中秀弥:Webrain Think Tank社プロジェクトマネージャー。最先端のテクノロジーやビジネストレンドの調査を担当するとともに、新規事業創出の支援を目的としたBoot Camp Serviceや、グローバル人材の輩出を目的としたExecutive Retreat Serviceのプロジェクトマネジメントを行っている。著書に『図解ポケット 次世代インターネット Web3がよくわかる本』と『図解ポケット 画像生成AIがよくわかる本』(秀和システム)がある。


岩崎マサ:Webrain Think Tank 社 共同創業者。1999年にシアトルで創業。北米のテックトレンドや新しい市場動向調査、グローバル人材のトレーニングのほか、北米市場の調査、進出支援、マーケティング支援、PMI支援などを提供しています。企業のグローバル人材トレーニングや北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。

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