採用する際、あるいは採用される際の面接時に、お互いの願望の度合いによっては、多少事実を誇張したり、良い点のみを強調したりすることはよくあります。しかし、嘘をついてその嘘が採用の鍵になったりした場合は、法的な問題になりかねません。雇用法においても一般の民事訴訟における不法行為 (tort)に対する制裁措置あるいは契約違反(breach of contract)として法的制裁措置を受けることはよくあり、それに対する損害賠償支払いは決して安くはありません。
最近の案件で、ある企業が何人かの CEO レベルの社員を採用する際、給料は新入社員程度でも、莫大なインセンテイブやコミッション、そしてボーナスなどを提示し、もとの勤務先を退職させて採用しました。
しかし、彼らが働き始めてから提供されるはずだった事務所は存在せず、コンピュータも必要な関連資料も提供されなかったため、採用された社員がこの会社を訴えました。もちろん、企業側は敗訴し、一人の社員につき10万ドルの損害賠償を支払うよう法廷に命じられました。この金額は、企業が誇張した表現や嘘をついて勧誘しなければ、その人は元の勤務先で相応の給料をもらい続けるはずだったのが、転職したために見込まれた給料をもらえなかったことに対するものです。
法的効果のある約束の種類としては、契約書上の約束と口頭での約束があります。約束が契約書に書かれていた場合は、その内容が違法の内容でない限り、契約上の約束は法的に拘束力がありますが、口頭で交わされた約束に関しては、さまざまな調査を要するので、証明するのは難しいのが現状です。ただ、そうした口頭の約束も、場合によっては法的効力があります(promissory estoppel)。例えば、家主から賃金と引き換えに留守宅の管理を口頭で依頼された人が、それを実行したにも関わらず、家主に管理費を支払ってもらえなかった場合などがそうです。その場合、相手に仕事を与えておいて、後でそれに対する労働賃金を払わす、雇用者がその被雇用者の労働によって利益を得た場合は不当利得(unjust enrichment)であり、得た利益分を被雇用者に返還するよう求められます。すなわち、雇用者は、市場相場に見合った管理費・労働費を被雇用者に支払う法的義務があります。
ではどういうタイプの嘘・誇張が法的に許されるのかというと、来年は給料を10%上げると既存社員に伝え、景気が悪くなって給料を上げられなかった場合や、来年は課長にすると言ったものの、社員の成績が悪かったので昇進しなかった場合などです。これは約束ではなく、可能性に対しての発言で、さらに以前の勤務先を辞める動機にはならないからです。これらは期待に対する損失であり、実際に発生し取り返しのつかない損失ではありません。成績が悪く昇進できなかったのは、会社の社員に対する期待値に対する能力評価の問題であり、景気が悪く給料を上げられなかったのは、最初の企業の見込みと違ったことに対する問題です。企業が経済活動をしていくためにはそうした見込み違いは仕方のないことで、それに対する法的制裁措置はありません。
いずれにしても、社員採用時に雇用者が社員を騙すつもりで採用しなければ、企業の問題にされることはほとんどありません。問題を避けるには、採用時に雇用者と被雇用者の雇用目的に関する理解が一致していることが大切です。
シャッツ法律事務所
弁護士 井上 奈緒子さん
Shatz Law Group, PLLC
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