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アメリカの “Employment At-Will”(随意雇用)とは?

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世界の情報が瞬時に得られる今日では、よく知らない国へ赴任しても、1990年代や2000年代ほど困ることはなくなりましたが、一歩踏み込んだ場面では、事情が異なります。

アメリカに赴任する方々にわかりづらい人事慣習のひとつに、”Employment at-will”(随意雇用)があります。今月は、このアメリカにおける雇用の大原則について掘り下げてみます。

この言葉を聞いたことがなかった方はもとより、ご存知の方も参考にしていただければと思います。

もくじ

Employment at-will(随意雇用)とは

“at-will” という言葉は、アメリカの職場ではよく耳にすると思います。この雇用契約形態は世界でもアメリカ以外にはあまり例がないため、日本から赴任した方が「理解が難しい」と思っても仕方ありません。

ヨーロッパやアジア諸国などは日本と近い制度を持つため、やはり世界の中では珍しいアメリカ特有の雇用形態ということができると思います。

19世紀の Common Law(慣習法)にルーツがあると言われる “Employment at-will” は、19世紀後半にアメリカのほとんどの州で徐々に雇用契約の慣習法に基づくデフォルトの規則となりました。

最大のポイントは、雇用主・被雇用者ともに「いついかなる時でも、理由の有無に関わらず、解雇や退職が可能」であることです。つまり、今日入社した社員でも、派遣から正規雇用された中途採用者でも、今日は勤務していても、明日も勤務するかはわからないのです。同様に、雇用主も、会社のために遅くまで残業している社員や開設当初から長期間勤務している社員を、明日解雇する事態になっても致し方ないのです。

「いついかなる時でも解雇できる」という “Employment at-will” を理解した上で、「なぜ米国では雇用関連の訴訟が多いのか」という疑問を持つ方も多いです。なぜなら、上述の原則とは矛盾しているように思えるからです。

しかし、20世紀後半から、裁判所は “Employment at-will” の原則に対する例外を認め始めており、労災補償請求や違法行為の拒否など、公序良俗に反する理由で従業員を解雇したことを違法とした判例があります。

多くの雇用関連問題は、「従業員が雇用主による『不公平な扱い』によって解雇など不利益を被ったこと」が発端となっています。つまり、解雇自体より、公平性や一貫性が問題とされているのです。このようなトラブルの火種を作らないために必要なことは、適切な労務管理を行うことをおいて他にありません。”Employment at-will” だから、手続き上簡単に解雇できるという部分は、事実ではありますが、大きなリスクを伴い、それを回避するために簡単ではない手順が必要となるのです。

Employment at-will が適用されないケース

“Employment at-will” ではない雇用契約書を交わしている場合は、もちろん例外となります。例えば、社長クラスの上級マネジメントを雇用する場合、多くの企業では詳細な条件を明記した雇用契約書を交わします。その中には、報酬や福利厚生以外にも、自己都合や会社都合によって退職する場合や、契約上の雇用期間が満了した場合の処遇など、あらゆる条件が明記されているため、この契約書に双方が合意している場合、これに従う必要があります。

逆に、”Employment at-will” で従業員を雇用する場合、将来の雇用を約束した契約と誤解されかねない文言を記載した書面を交わすことは避けなくてはなりません。内定通知書(オファーレター)や給与の改定、昇進の通知などに関連した書面の記述には細心の注意が必要です。

もう一点、アメリカ合衆国において、”Employment at-will” が適用されない州が一つだけあります。それは、モンタナ州です。モンタナ州の企業で勤務する方は、くれぐれも注意してください。

誤解されやすい「試用期間」

日本の労働基準法第21条第4項には、「試みの使用期間(試用期間とは異なる)」とあり、「試みの使用期間中の者が就労を始めてから14日以内であれば解雇する際、30日前の解雇予告をする必要がない」と定められています。

一方、アメリカでは、上述の通り、原則として入社初日から常に “Employment at-will” が有効です。御社の従業員ハンドブックには、おそらく Introductory Period(導入期間)、少し古い従業員ハンドブックであれば、Probation Period(試用期間)という文言があると思いますが、いずれの期間中でも、解雇について何らかの優遇措置があるわけではなく、特別な雇用契約が交わされていない限り、”Employment at-will” が優先されます。

従業員や候補者に誤解を与えないためには、御社が随意雇用であることを、従業員ハンドブックだけでなく、オファーレターなど、必要な人事関連書類に明記すべきです。

「では、導入期間とは、一体何のために存在するのか?」と思った方も多いでしょう。導入期間とは、雇用主と従業員が良好な雇用関係を築けるかを評価するために雇用主が設定する期間と理解されています。期間中、雇用主は従業員が必要なスキルや資格を持っているかを判断し、従業員もこの期間に自分がこの仕事や会社に適しているかどうかを判断します。また、以前は導入期間満了後に、さまざまな福利厚生の権利が生じる企業が多かったのですが、現在は福利厚生の種類によっては導入期間終了前に権利が生じる場合もあります(例:医療保険は入社1ヶ月後に開始など)。

Employment at-will による影響

「アメリカの従業員はすぐに辞めてしまう」と嘆く管理職は多いですが、これが “At-will” と関連していることは明らかです。

みなさんは、アメリカにおける平均勤続年数をご存知でしょうか?下記は日本の労働政策研究・研修機構が毎年発行しているデータをグラフ化したものですが、アメリカの平均勤続年数は先進国の中でも断然短いことがわかります。

先進国の国別平均勤続年数

なお、これは全米・全年代の総合データなので、実際には郊外より都市部、高年齢層より若年層の方がさらに勤続年数が短い傾向にあります。このグラフから「従業員のリテンション向上策」が、雇用主にとっていかに重要かが理解できると思います。

Employment at-will でのリテンション向上策

「従業員が辞める機会」が格段に多いアメリカでは、まず、従業員が辞めるに至った理由を十分に理解し、適切な対策を講じることが特に重要です。採用よりも、採用した従業員を定着(リテンション)させる方がはるかに難しく、日本以上に、雇用主に「従業員定着のための工夫や努力」が求められることは、上記のグラフからも明らかです。

以前は、優秀な人材を定着させるためには「高い給与と充実した福利厚生」というのが定説でしたが、今は時代も変わり、世代によって求めるものも大きく異なります。

また、アメリカという国は多様性の塊であり、高収入を求める人もいれば、給与が安くても良い保険プランが欲しいという人、役職や職務内容へのこだわり、自己承認欲求、学位取得サポート、リモートワークやワークライフバランス、非マネジメント志向など、ありとあらゆる要求が存在します。

すべてを叶えることは難しくても、雇用主が従業員のニーズを知っておくことは非常に重要です。そして、優秀な従業員のリテンションを考えるなら、可能なことから一つずつでも実現していく必要があります。

同様に、昇進や昇格についても、日本のような年功序列的な考え方を排しない限り、優秀な人材を維持することは難しいのが現実です。いつ昇進するかわからない機会を気長に待つよりも、外部にその機会を求めた方がはるかに早く希望が実現するからです。特に、現在のような売り手市場では、この傾向がかなり顕著です。長く自社で勤務している人を優遇したい気持ちはよくわかりますが、会社に勤務していることと会社に貢献していることは別であることを理解する必要があります。

新たな人材の採用や定着に苦戦している企業で、長年にわたり勤務している従業員を多く抱えている光景を目にすることがあります。これは、”Employment at-will” におけるリテンションの難しさを表しているのかもしれません。

総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん

2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
【公式サイト】 creo-usa.com
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