MENU

起業家に聞く、シアトルらしい働き方 – 畜産農家の思いを食卓につなぐ ジョー・ハイツバーグさん

  • URLをコピーしました!
ジョー・ハイツバーグさん

ジョーさん(左)と共同経営者のイーサンさん(右)

シアトルらしい働き方、それは「好きなことをやりきる」ということ。情熱を表現する手段として「起業」を選び、その場所として「シアトル」を選んだ人たちには、どんな思いがあったのでしょうか。

今回お話を伺うのは、Crowd Cow の代表、ジョー・ハイツバーグさん。畜産農家がこだわりを持って生産した肉を一頭買いして、オンライン上での切り分け販売を行っています。2015年にシアトルローカル向けに開設したウェブサイトはみるみる規模を拡大し、いまや全米5万人の顧客を抱えるまでに。近年関心が高まる「Farm to Table」のコンセプトと、シアトルで起業することの意味について伺います。

産地なんて気にしない。スーパーマーケットの牛肉で感じた不安

– Crowd Cow はどんな会社ですか。

肉の買い付け販売をしています。ユーザーはウェブサイトから好きな肉の好きな部位を選んで注文できます。私たちのパートナーとなっているのは、小規模の独立畜産農家です。彼らが生産する牛肉や豚肉、鶏肉を「クラフト肉」(craft meat)と呼んでいます。

– 一般的な肉と何が違うのですか。

家畜が育つ環境が違います。職人気質の作り手が管理していて、たとえばどんぐりを食べて育った豚がいたり、屋外で放し飼いにされて育った鶏がいたりします。家畜にとってはストレスのない、自然に近い環境です。この違いはもちろん肉の味に現れてきますよ。

日本では食の品質にこだわるのは当たり前のことかもしれないですね。牛肉のランクが細かく分けられていて、高級な牛肉とそうでない牛肉がひと目でわかります。A5、A4などのランク分けがあったり、松坂牛やオリーブ牛などのブランド肉があったり。でもアメリカでは少し事情が違うのです。

– アメリカではこだわらない?

産地の表示義務がないため、どこの国から来た肉なのかわからない場合が多いです。特に大手スーパーやレストランでは、肉は「コモディティ商品」として扱われる傾向が強い。つまり「どこの何を買っても大差ないよ」という状態なのです。多くの消費者や販売者にとって、産地や品種は大した問題ではありません。

– ビジネスを始める前から牛肉に興味があったのですか。

私はテキサスの出身で、子どものころからとにかく肉が大好きでした。昔は何も考えずにたくさんの肉を食べていましたが、大人になるにつれて、肉の栄養価について考えるようになりました。動物のタンパク質は自然由来で、本来ヘルシーなものです。でも、いわゆるコモディティ商品の牛肉は、大規模農場で工業的に大量生産されています。狭く汚い場所に押し込まれて粗雑に扱われたり、質の悪いエサを食べさせられたり。そんなヘルシーでない牛の肉を食べていて、はたして自分の体は大丈夫なのかと心配になったのです。

ジョー・ハイツバーグさん

100年前から続く畜産農家が丁寧に育てた牛の肉

100年前から続く畜産農家が丁寧に育てる牛

– そしてクラフト肉に出会ったと。

きっかけは、友人にウィッビー島産の牛肉を分けてもらったことです。彼は知り合いの畜産農家から牛肉を丸ごと1頭分買っていました。その量はなんと250キロとすさまじく、とても彼の家族だけでは食べきれないので、ガレージに巨大な冷蔵庫を置いて肉を保管し、親戚や友人に少しずつ配っていました。その肉がもう、おいしくて。驚きました。

すぐに彼に詳しく尋ねました。彼はとても喜んで、私を友人のイーサン・ローリー(後の Crowd Cow 共同経営者)と一緒に、ウィッビー島に連れて行ってくれました。実際に農場に行ってみると、今まで私がイメージしていた畜産とはまったく違う世界が広がっていたのです。その畜産農家は100年前から島で畜産業をやっていました。

– 100年も! ウィッビー島では普通なのですか。

そうだと思います。昔、人々は船で島に渡り、そこに定住したと聞きました。その地にしっかりと根付き、まわりの環境やそこで働く人々、島のコミュニティを気遣いながら丁寧に家畜を育てています。雨が多く降るので草はよく育ち、家畜たちは見るからに健康的です。おいしさは健康に比例するのだと実感しました。私の食べたい牛肉そのものでした。

でも、このような品質の良い肉を手に入れるのはとても難しいことです。私だけではありません。多くの消費者は畜産農家と直接つながる手立てがないし、ガレージに巨大な冷蔵庫もない。それならば私とイーサンで牛肉を1頭買いして、同じようにおいしい肉を求めている人たちとシェアしようと考えました。

ジョー・ハイツバーグさん

購入者は、ステークホルダーならぬ「ステーキホルダー」と呼ばれる

牛肉はワインのようなもの。土地と生産者の個性が現れる

– Crowd Cow の始まりですね。

ウェブサイトを設立し、畜産農家のことやその裏側のストーリー、どんな牛がどんな環境で、どんなエサを食べて育ったかを書きました。イメージしやすいように動画も載せています。育てた人の名前もわかります。面白いですよ。農場をとても身近に感じることができます。最初に買った牛は24時間で売り切れました。ウィッビー島の牛から始めて、豚や鶏とセレクションを広げ、少しずつパートナー畜産農家を増やしていきました。今は全米はもちろん、外国の畜産農家とも契約しています。和牛も仕入れていますよ。

– 畜産農家はどのようにして探すのですか。

リサーチしてこちらから声をかけるか、畜産農家の方からアプローチをいただきます。今は待機リストが数千を超えていますね。私たちは最高水準の品質を求めているので妥協はしません。パートナーを選ぶ際には、必ず畜産農家に出向いて生産者と話をします。一緒に時間を過ごし、彼らがどんな思いで家畜を育てているのか、どのように土地と関わっているのか、ストーリーを聞き取ります。

– 畜産農家によって、同じ牛肉でも味は変わるものですか。

牛肉はワインやクラフトビールに似ています。土地や畜産農家のこだわりによって個性が生まれるのです。たとえばウィッビー島では、島に自生する草だけを与えて牛を育てます。それは島特有の草です。テキサスでは草が育たないので、麦やトウモロコシなどの穀物を食べさせます。日本では稲ワラやトウモロコシが一般的ですね。異なる血統の牛が異なる飼料で育てば、もちろん味は変わります。何が良い悪いというものではなく、明確に違います。あとは好みですね。和牛も仕入れていますよ。

ジョー・ハイツバーグさん

A5和牛を求めて、日本の生産者を訪ねるジョーさん

美しい自然に囲まれたシアトルが大切にする食文化

– シアトルを起業の地として選ばれたのにはどんな理由が?

ワシントン大学を卒業後、そのまま住み続けています。シアトルにはシリコンバレーの大企業が多数進出して、テクノロジー関連の仕事が充実しています。ハイテク業界に務める人々が増えて、マーケティング領域の優秀な人材なども入ってきており、良い起業コミュニティが出来上がっています。投資家や創業者たちが次の起業家を支援する環境があり、私たちもそういったメンバーからの投資を受けました。コミュニティからの支援は、若い会社を成功に導いてくれます。ワシントン大学から卒業してくる優秀な科学者やプログラマーがいるのも大きなメリットです。

– Crowd Cow の事業はシアトルの環境にフィットしていたのでしょうか。

シアトルは海や湖、川、山といった美しい自然にあふれています。海はただの海ではなく、クジラがいます。昨年も湾にクジラが来て、街中からそれを眺めることができました。都市で働く人が自然とつながっています。だから人々は豊かな自然の恵みを受けるために、食べ物がどこでどうやって作られたのか、それは環境を破壊するものではないのか、ということに関心を持ちます。そのために健康志向が高く、食へのこだわりが強いのです。私たちにとってとても良い販売環境だったと言えます。

– 環境にはどんな配慮を?

「カーボンフットプリント」という言葉があります。アメリカの肉市場で一般的なのは、大規模畜産農家による大量生産です。現在は主に2つの巨大企業が生産を行い、すべての肉は長距離輸送によって全米で販売されています。長距離輸送ということは、移動した分のCO2が発生するんですね。これは環境の面から見て良いことではありません。Crowd Cow では、ユーザーはローカルの牧場でとれた肉だけを選ぶこともできます。

2015年の創業当初はシアトル市内だけで販売していました。翌年は西海岸に広げ、カリフォルニア州やオレゴン州を対象に入れて。昨年はついに全米に拡大しました。

– 順調に事業を広げていますね。次にめざすものは何ですか。

会社をもっと成長させて、もっと多くのクラフト肉を、多くの人に届けることです。自然の中で育った家畜は幸せですし、それをひたむきに実践している畜産農家がたくさん存在します。私たちの活動によって彼らをサポートし、それが食文化への貢献につながることを願っています。

掲載:2018年12月 写真:Crowd Cow

取材・文:小村トリコ
シアトルで編集記者を務めた後、現在は東京でフリーライターとして活動中。人物インタビューを中心に、文化・経済・採用などのジャンルで記事を執筆している。
  • URLをコピーしました!

この記事が気に入ったら
フォローをお願いします!

もくじ