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「能の魅力を伝えることが、自分の使命」 能楽師・武田宗典さん

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子どもの頃から常にそばにあった「能の世界」

初舞台は2歳11カ月。写真は6歳頃、『百萬』で子方を演じたときのもの(写真提供:武田さん)

能楽界の若手スターとして、国内外で活躍する武田宗典さん。父親も親戚も能楽師という環境に育ち、2歳11カ月で初めて舞台に立った。

まだ文字も読めない年齢でしたから、台詞は耳で聞いて覚えていました。最初は、ご褒美におもちゃを買ってもらえることが楽しみでやっていたのかもしれませんが、小学校に上がる頃になると、自分の演技をお客さんに見てもらえたり、拍手をもらえたりすることに喜びを感じるようになりました。私の父は、先代の家元から「子どもに能を嫌いにさせてはいけない」と言われていたようです。それもあってか、稽古が厳しい、つらいと感じた記憶はありませんでした。自然と能に親しみ、能を好きになることができたのは幸運でしたね。

思春期になると、能以外の表現方法にも興味がわくようになりました。高校時代には、文化祭で劇をやったり、映画を撮ったりと、いろいろなことに挑戦したものです。大学では、劇団サークルに入ってミュージカルにも出演しました。当然のことながら、能とミュージカルは何もかもが違っていて、共通点は「舞台に立つ、声を出す、体を動かす」ということくらいでした。ただ、どんな演目を演じても楽しかったですね。当時はミュージカルをやろうという男子学生は珍しかったので、自然といい役が回ってきたんです(笑)。

いろいろなことに挑戦した後で、改めて「一生かけてやるべき仕事」を考えたとき、能には何物にも代えがたい魅力があると感じました。能には、若いうちはうまく演じられない役があります。例えば、しわがれ声の老女や、武蔵坊弁慶のように貫禄のある役柄がそうです。まだ声が若いうちはうまく演じられないし、かといって、ただ年を取ればいいというものでもない。さまざまな人生経験を積んで、外見も中身も成熟して初めて演じられるようになる。能は、一生をかけて取り組むに値する芸能なのです。

能の舞台は「ジャズセッション」さながら

2013年にシアトルで行ったワークショップで 『船弁慶』(左)、『清経』を実演
(撮影:前島吉裕)

国内外で、能の普及活動に力を入れている武田さん。2008年からは、自ら能の解説と実演を担当する能楽講座「謡(うたい)サロン」を開催している。

能は、台詞にあたる部分がすべて「謡」で構成されています。ただ、実際の舞台では、演者は能面をつけていますし、お囃子も入るので、謡が聞き取りづらいことがあるんです。それで、謡を聞いてもらうワークショップをしようと考えたのが「謡サロン」の始まりです。毎回、1つの演目を取り上げて作品解説をするとともに、私が実際に謡と舞を実演します。他に何も邪魔するものがない稽古場では、謡の言葉がよく聞き取れます。参加者の方からは、「サロンに参加した後で舞台を見たら、理解が深まった」という声をよくいただくんですよ。

能を普及させていかなければ、という思いは強く持っています。いかに多くの人に能を見てもらい、能に触れる体験をしてもらうかが最初の課題。そして、最初に触れるものは「良質なもの」でなければならないと思います。最初に見た能がつまらなかったら、二度と見てもらえませんからね。良質な能に触れることのできる場を、できる限り提供していきたいと考えています。

お弟子さんに能の指導。現在、子どもから大人まで約40名に稽古をつけている

伝統芸能である能楽に対して、堅苦しいというイメージを持つ方もいるかもしれません。でも、能の舞台は実は「ジャズセッション」のようなものなのです。同じ演者、同じ配役で何度も公演するということがなく、基本的に1回限りの舞台。リハーサルもほとんど行いません。「シテ(主役)がこう舞ったから、ツレ(脇役)の自分はこう謡おう」と、本番中に演じ方を変えたりすることもある。そうしたせめぎ合いが演者にとって面白く、そこを理解していただければ、観る人にとってもますます面白くなります。

作品の解釈が観る人にゆだねられるのも、能の魅力。能は構成がシンプルな分、観る側が想像力を働かせられる余地が多く、同じ作品を見ても、観客それぞれが異なる解釈をすることがよくある。ですから、観劇後のおしゃべりもまた楽しみの一つになります。能の舞台は前にせり出していて、演者の息づかいを間近に感じることができます。目の前の演者たちに身をゆだねて想像の世界に入っていただくと、能でしか得られない大きな感動が味わえるのではないかと思います。

シアトル公演でのまったく新しい挑戦

能とオペラを融合させたシアトル公演 『TOMOE+YOSHINAKA』 より
(撮影:Andrius Simutis)

2013年には、シアトルとバンクーバーで合計11回のワークショップ公演を経験。これがきっかけとなり、シアトル在住の作曲家で、能をモチーフにしたオペラ劇を創作しているギャレット・フィッシャー氏との「共演」が決まった。それが、2014年9月にシアトルの ACT Theatre で上演された能公演 『TOMOE+YOSHINAKA』 だ。

『TOMOE+YOSHINAKA』 は2部構成で、第1部では能、第2部では能をモチーフにしたフィッシャー氏による現代オペラを上演しました。第1部の演目に選んだ作品は『巴(TOMOE)』。かつて木曾義仲に仕えた女武者である巴が亡者となって僧の前に現れ、義仲の霊を成仏させてほしいと伝える物語です。私は第1部の企画・上演を担当するとともに、第2部のプロット作成にも関わりました。

第1部の 『巴』 は、しっかりと完結せずに終わる作品なので、第2部ではその続きとして、巴と義仲を成仏させる物語を作れないかと考えました。ただ、能というのは約650年にわたり受け継がれてきた芸能で、基本的に新作を書く機会はないわけです。私にとっても初めての経験でしたが、学生時代に演劇を作ったり、ミュージカルの舞台演出をしたりしていたことが、少しは役に立ったように思います。あまり史実と異なってはいけないので、さまざまな文献を当たって検証しながら、オリジナル作品 『YOSHINAKA』 のプロットを書き上げました。

オペラの演出に関してはすべてお任せしていたのですが、リハーサルでは、演出家の方が「こういう場合、能ならどういう動きをしますか」と逐一聞いてくれました。能に敬意を払ってくださっているのを感じて、とてもありがたかったですね。結果的に 『巴』 と 『YOSHINAKA』 で一つのまとまりのある舞台を作れたことは、大成功だったと思います。『巴』 は通常、1時間20分ほどかかる作品ですが、今回は「半能」の形式で35分程度にまとめました。観客の皆さんから「もっと観たかった」という反応をいただけたことは、うれしかったです。「もう十分」ではなく「もっと観たい」と言われるほうが、今後につながりますから。

これまで海外公演を何度か経験しましたが、世界中どこに行っても、日本文化のニーズはあると感じています。一方で、その日本文化が正しい形で伝わっていないこともある。能の魅力を正しく伝えることが、能楽師としての自分の使命なのかもしれません。今回の『TOMOE+YOSHINAKA』は私たちにとっても新しい試みでしたので、やってみて初めて見えてきた課題もあります。シアトル公演を足掛かりに、次はさらによいものを作って、披露できたらと思っています。

『TOMOE+YOSHINAKA』 より(撮影:Andrius Simutis)

ACT Theatre での 『TOMOE+YOSHINAKA』 の最終日はチケットが完売。同劇場でチケットが完売した今シーズン初の公演となった。同劇場の芸術監督カート・ベアッティ氏は、「能という日本の伝統芸能を当劇場で上演できたことを嬉しく、そして誇りに思う。シアトルにとってとても貴重な体験となった。今後もこうした貴重な文化を体験できる機会を増やしていきたい」と語ってくれた。

シアトルのお気に入りスポット

シアトルではいつもワークショップや公演の準備に追われているため、「あまり観光したことがないんですよ」と笑う武田さん。それでも、お気に入りスポットとしてベインブリッジ・アイランドにある広大な森林公園、ブローデル・リザーブを挙げてくれた。「いつか、ここで薪能をできたら」と夢を膨らませている。

取材・文・一部写真:いしもとあやこ

たけだ・むねのり/1978年生まれ。東京都在住。能楽師観世流シテ方準職分。観世流シテ方職分武田宗和の長男として生まれ、父及び観世流二十六世宗家観世清河寿に師事。1980年、2歳11カ月で「鞍馬天狗」花見にて初舞台を踏む。年間100公演ほどの舞台を務め、うち5番ほどのシテ(主役)を務める。能の普及活動にも尽力し、2008年1月より一般向けの能楽入門講座『謡サロン』を主宰。同年12月より同い年の能楽師6人で、「初心者の方でもわかりやすく楽しめる」ことをモットーにした公演『七拾七年会』を主宰。海外公演経験も多く、2014年9月にはシアトルで能とオペラを融合させた公演 『TOMOE+YOSHINAKA』 を実現した。
【公式サイト】 能楽師観世流シテ方 武田宗典 公式 Web サイト

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