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「ミュージシャンの道を後押ししてくれた人たち」 エミ・マイヤーさん シンガー・ソングライター

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トヨタ自動車や NTT ドコモ、午後の紅茶やアヲハタ55ジャムのコマーシャル・ソングで知られるシアトル出身のシンガー・ソングライター、エミ・マイヤーさんは、その美しい歌声とピアノの音色で多彩な「顔」を見せてくれる。イントロの透明感あふれる旋律が印象的な 『Galaxy’s Skirt』、レゲエのメロディに乗って気だるい雰囲気を醸し出す 『約束』、ポップで弾けるような 『On The Road』。幼少期からピアノを教えてくれた先生や、学生時代にボーカルへの挑戦を勧めた音楽仲間と、多くの出会いがエミさんを支えてきた。

6歳でピアノを始めました。友達が習っていたのを見て「私もやりたい」と手を上げたのがきっかけです。そこで私の恩師、ミチコ・ミヤモト先生と「運命的」な出会いがありました。先生はまるで「おばあちゃん」のような温かい存在で、レッスンを始める前に必ず30分ほど話をしてくれるのが楽しみでした。

恩師のミヤモト先生と

ミヤモト先生は「この曲はこうやって弾きなさい」と決め付ける教え方はしませんでした。基本はしっかり仕込んでくれますが、型にはめる代わりに「曲ごとに自分のストーリーをつけて、表情を豊かに」とよく言われました。演奏者である私と曲とのつながりを大切にしてくれたのです。そんな個性を尊重する指導法で「私らしさ」を最大限引き出してくれたおかげで、私なりに考えてピアノに向かう姿勢が身につき、今日自分でオリジナル曲を作るうえで大いに役立っています。既存の曲とは違うスタイルでも「間違っている」なんてことはないと自信を持ち、固定観念にとらわれず自由な発想で曲を生み出せるようになったのです。

もくじ

ボーカル挑戦は音楽仲間からの「歌ってごらん」のひとことから

大好きなピアノでも、長年弾いていれば時には壁にぶつかるだろう。子どもであれば、練習をさぼって友達と遊びたくなっても不思議ではない。エミさんはなぜピアノを続けられたのだろうか。

エミ・マイヤーさん

幼い頃は、年に1度は「やめる!」なんて言っていたかもしれません(笑)。「なぜ私だけ2時間もピアノを練習しなきゃいけないの」って。そんなとき両親は「あれこれ手をつけるより、ひとつの道を極めるのが素晴らしいんだよ」と励ましてくれました。実際に学校で辛い出来事があっても、ピアノを弾けば気分がすっきりし、高校生の頃には私を癒してくれる存在になっていました。鍵盤に指を置いているときが、自分が自分らしくいられる時間だったのです。

ジャズに魅力を感じたのは中学時代。ベルビューに住む幼なじみのお父さんがジャズのトランペッターで、私が幼い頃からジャズの曲を録音したテープをくれました。最初はあまり興味がなかったのですが、中学でジャズバンドに入りピアノを弾くことになって、そのテープを聴きだしたのです。シアトルの学校は公立、私立を問わずジャズ・アンサンブルやクラシック・アンサンブルが単位になっていますし、シアトル・センターでは音楽祭がしばしば開催されるので、ジャズは特に「おとなの音楽」という感じではなく、身近な存在でした。

大学入学後にボーカルを始めると、瞬く間に才能が開花。2007年には「シアトル・神戸ジャズ・ボーカリスト・オーディション」で優勝した。友人の勧めがあったからこそ、ボーカリストとしての道が開けたという。

SPACE SHOWER 3rd Place vol.2
Photo by 釘野孝宏

初めて歌った日のことを覚えています。ロサンゼルスの大学に入学し、そこで出会った音楽仲間とジャム・セッションをしていた時のことでした。レゲエ調のメロディで歌っていたギタリストが、ふいに「ちょっと歌ってごらんよ」と言ったのです。そこで自分が作った歌詞をメロディに合わせて歌いました。最初はちょっと怖くて声も小さかったですが、自分の言葉で、ピアノを弾きながら表現できることにアドレナリンがわいてきました。体で感じたものがあったのでしょう。シアトルから離れてひとりで暮らしたのは初めてだったので、寂しさや故郷への思いがたまっていたのかもしれません。その日の夜は必死に歌詞を完成させました。それからは音楽好きのルームメイトが部屋で頻繁にかけていた音楽で趣味の幅を広げつつ、自分の歌声を親友に聞かせて意見を出してもらいました。そして、自作の曲をピアノを演奏しながら歌うことが安らぎになり、本当に大事な自分の一部になっていきました。

シアトル・神戸ジャズ・ボーカリスト・オーディションに出たのも、ベルビューの日本語補習校時代の友人のお母さんが「やってみたら」と声をかけてくれたからです。賞が取れたのはラッキーだったと思います。「これでプロになる」と決意するまでには至りませんでしたが、ひとつわかったことがありました。クラシック・ピアノを習っている頃は、コンテストの前は眠れなくなるほど緊張しました。著名な作曲家の作品を間違えずに演奏するプレッシャーは相当なものだったのです。でもジャズのコンペティションは、自作の曲で、気楽な気持ちで楽しく歌えました。考えすぎず、心配すぎないのが好結果につながったのかもしれません。

その同じ夏、初アルバム『キュリアス・クリーチャー』の制作に取り組みました。「人生は、じっとおとなしくしていてはダメ。リスクがあってもチャレンジしなきゃ」と言う親友の協力でアルバムを完成できたのです。この経験を通じて、競争の激しい音楽業界では、周りに流されず信念を持って突き進むことがいかに大事かを学びました。

愛する故郷を歌った曲

京都に「留学」すると、日本での音楽活動の機会を得て、2009年にセカンド・アルバム『スーツケース・オブ・ストーンズ』をリリース。その後も順調に曲を発表し続け、トヨタ自動車や NTT ドコモのコマーシャル・ソングで日本のお茶の間にもその歌声が流れるようになったが、精力的にコンサート・ツアーも行っている。今の活動の拠点は日本だが、それでも故郷のシアトルはいつでも心の中にあるという。

エミ・マイヤーさん

シアトルは私にとって、いつでもディナー・パーティーが開ける街(笑)。気の置けない昔からの友人を家に招いて楽しい時間が過ごせる、ホッとできる場所です。また「バンバーシュート」に代表される音楽イベントが充実していて、ロックにレゲエ、クラシック、ジャズとジャンルを問わず多様な音楽に触れて吸収できるのもいいところ。自宅の窓を開ければ木々の緑や湖の青が目に飛び込んできて、曲作りのインスピレーションがわきやすい。アルバム 『スーツケース・オブ・ストーンズ』 に収録されている 『トゥ・ザ・ウッズ』 では、そんな愛する故郷を歌っています。

これまでの音楽人生の節目には、いつもシアトルで出会った人たちがいました。数々の的確なアドバイスから、音楽は自分の個性を大切にして自由に表現するのが大切だと学びました。今後は日本や米国に加えて、ほかの国もコンサートで訪れてみたいですね。

エミさん推薦「シアトルで音楽を楽しむならココ」

エミさんが「すっごくいいところ」と太鼓判を押したのが、Fremont Abbey Art Center だ。元々は1914年に建てられた教会だったが、2008年に大規模な改修工事が完了して「アートの聖地」に生まれかわった。今日では頻繁にライブが行われているほか、演劇、ダンス、またアート関連のワークショップも開催される。

エミさん自身もここでアルメニア出身のピアニストと共演し、地元アーティストが集まって順番に曲を披露して最後は全員でコラボレーションする 『The Round』 に参加した。「アコースティックを中心に、音質がとても高い。シアトルならではの場所です」

※英語バージョンはアルバム 『ギャラクシーズ・スカート』 に収録されています。

Emi Meyer(えみ・まいやー)/京都生まれ。米国人の父と日本人の母を持つ。1歳のときに家族でシアトルに移住。幼少期からクラシック・ピアノを習い、ジャズにも親しむ。学生時代から作詞作曲やボーカルを手がけてシンガー・ソングライターの道を歩み始める。2007年にシアトル・神戸ジャズ・ボーカリスト・オーディションで優勝。2009年にアルバム『キュリアス・クリーチャー』でデビューし、iTunes Store などのジャズチャートで首位を獲得した。日本でもツアーやフジロックフェスティバルへの出演で人気を集めている。
【公式サイト】 emimeyer.jp

取材・写真・文:船橋ヒトシ

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