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「図書館内のダイバーシティ向上に貢献したい」 ワシントン大学 東アジア図書館 サブジェクト・ライブラリアン 田中あずささん

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もくじ

ライブラリアンの仕事への興味

韓国人留学生との出会いが、大学卒業後の進路に大きく影響する。大学院での勉強は大変だったが、そのおかげでまったく新しいキャリアが見えてきた。

初めての渡米は、日本の大学在学中、シアトルの英語学校にひと夏短期留学した時です。その時に出会った韓国からの留学生と日本と韓国の歴史について語り合ったことがきっかけで日韓関係に興味を持つようになり、日本の大学に戻ってから韓国人留学生と歴史勉強会を立ち上げました。その後、もっと日韓関係について勉強したくなったのですが、日本や韓国で勉強すると知識が偏ってしまう可能性があると思ったので、韓国史の著名な教授のもとで学ぶべく、ワシントン大学の韓国学修士課程に入学しました。図書館司書(ライブラリアン)の仕事への興味

留学当時はジャーナリストになり、日韓関係について広めたいと考えていたのですが、想像以上に大変な大学院在学中に、ライブラリアンにずいぶん助けられたことから、「ライブラリアンになる」というキャリア・オプションが自分の中で大きくなっていきました。ヨン様の登場も大きかったですね。彼のおかげで韓国に興味を持つ人がすごく増えたので、「それなら自分がジャーナリストにならなくてもいい。自分の役割は他のところにある」と思うようになりました。

アメリカでライブラリアンになるには、図書館学修士号を取得し、在学中にインターンシップやプロジェクトをして経験を積むことが必要です。図書館にも小中高等学校や大学の図書館、企業の図書館、一般の図書館など、いろいろな種類があります。私の場合は、自分がしてもらったように「大学で東アジアの研究者をサポートすること」を目標に韓国学で修士号を取得した後、2008年にシラキュース大学で図書館情報学修士号を取得しました。

セントルイスでの就職を経て、再びシアトルへ

最初に就職したセントルイスのワシントン大学は私立大学で、ライブラリアン・職員の数は100人ほどでした。細かく指導してもらえる丁度良いサイズの図書館で、ライブラリアンとしてのキャリアをスタートさせるには最適の場所だったと思います。

現在勤めるワシントン大学はライブラリアン・職員の数は320人ほどで、蔵書も多く、予算も大きい。日本を専門とする研究者の数も多く、経済的・社会的背景も様々な利用者が集まるこの大学での仕事に魅力を感じました。採用が決まった時は、迷わず受けました。

ライブラリアンとは

田中あずささん

ライブラリアンにもさまざまな種類がある。特定の学部・学科のために存在する田中さんのようなライブラリアンは、サブジェクト・ライブラリアンと呼ばれる。

ライブラリアンというと、本の整理や紹介をする人というイメージが強いかもしれませんが、実はライブラリアンにもいろいろな種類があります。

例えば、書籍の目録作りをする Cataloguer(カタロガー)、図書館の使い方を教える Instruction Librarian(インストラクション・ライブラリアン)、学生の勉強スペースをデザインする Space Librarian(スペース・ライブラリアン)、留学生のために図書館を使いやすくする International Student Librarian(インターナショナル・シチューデント・ライブラリアン)など、さまざまな専門の司書が働いています。

私のように、特定の学部・学科のために、蔵書の構築・管理、資料購入の補助金申請・予算管理、レファレンスを担当するライブラリアンは Subject Librarian(サブジェクト・ライブラリアン)といいます。ワシントン大学には法学・数学・芸術などの学部図書館が10以上あり、サブジェクト・ライブラリアンが約50人いて、約180の研究領域に対応しています。私が勤務する東アジア図書館もそんな学部図書館の一つで、日本研究・中国研究・韓国研究をサポートしています。

このように、さまざまな専門の司書がいると、司書同士が協力して多分野にわたる研究をサポートすることができます。例えば、ドイツと日本の戦後保障の比較研究では、日本研究を専門とする私と、ドイツ研究を専門とする司書が協力しますし、日本の教育政策の研究では、私が日本の教育史や統計の資料を提供し、教育法や政策の改正については法学図書館のアジア法専門の司書が協力するといった具合です。

サブジェクト・ライブラリアンとして

学部・学科のサポート業務は多岐に渡る。コミュニケーション能力は必須だ。

担当する学部・学科のための蔵書を選ぶに当たって最優先されるのは、教授陣や大学院生たちの研究テーマに必要な資料です。それには、教授陣と面談したり、著書や論文を読んだり、時には一緒に食事や映画に出かけたりして、何に興味を持っているのかを知る必要があります。かつては自分が教わった教授の研究もサポートしますが、その教授の授業を受けた経験が、今とても役に立っています。かつては自分の生徒だった私をプロフェッショナルとして扱ってくれるのでやりがいがありますし、ファーストネームで呼び合う距離感もありがたいです。

教授陣のサポートと同時に、年間約20人の大学院生もサポートしていますが、彼らがそれぞれの研究について話し合うJapanologists Colloquiumという集まりが人気です。これは日本をテーマに研究を進めているどんな専攻の大学生・大学院生でも参加でき、同じ学部や研究グループでは得られない気づきがあったり、アイデアが出たりするので、良い相乗効果が生まれています。私もその話し合いで、彼らの研究のテーマや進み具合を知ることができます。

他の業務としては、日本研究の動向を知り、これから必要になるかもしれない情報や資料を集めて蔵書を構築するために、アジア学会や学内シンポジウム、公開講座に出席することもあります。

日本の資料の電子化の遅れなどが日本研究に与える影響

日本のことを諸外国に伝える。そこにはさまざまなハードルがある。

中国研究・韓国研究の司書と協力しながら仕事をする中で気づかされるのは、日本の書籍の電子化が遅れていることが日本研究に与える影響です。中国や韓国の図書はすでに大部分が電子化されていて、便利ですが、日本はまだほとんどが紙の状態なので、すぐにオンラインでアクセスすることができません。研究は時間との勝負な部分もあるので、このことが将来、日本について研究する人が増えない理由になってしまうのではないかと心配です。

日本の資料の著作権法がアメリカの大学の教育システムにそぐわないこともあります。アメリカの大学図書館の大多数は授業の課題のための資料を生徒がオンラインで見られるようにしていますが、日本の場合は資料としてアクセスできるようにすることが著作権を理由に却下されることがあります。例えば、日本のテレビ局が制作した古典芸能関係のDVDを資料として生徒だけにネットでシェアしたいという教授からのリクエストは、著作権が問題となって実現しませんでした。他の授業のように手軽に資料にアクセスできないと、研究に滞りが出ます。

また、海外での日本研究に対する日本からの支援も、中国と韓国とは異なります。韓国は北米の図書館での韓国研究に韓国の電子資料購入の資金を援助したり、資料を寄贈したりしていますし、韓国中央図書館は韓国語を母国語としない韓国科担当の司書たちを世界中からソウルに招待して韓国研究に有用な資料やサービスを英語で紹介する研修を数年に一度開催しています。奎章閣韓国学研究院は同様の司書を対象に韓国学研修を実施しています。台湾や中国ではこのような研修制度はないものの、資料を購入するための資金を援助しています。こうした支援はもともと日本がやっていたものがモデルになっているそうです。

現在、日本は国会図書館が国外の日本研究担当のライブラリアン向けワークショップを行ったりはしていますが、韓国や中国ほどの支援はありません。ですが、シアトルのローカル・コミュニティの方からの書籍の寄贈があったり、Atsuhiko And Ina Goodwin Tateuchi Foundation から5年間に渡り目録作りのための寄付金をいただいたりしています。日系人の多い町ならではの支援が大変ありがたいです。

図書館内のダイバーシティの向上と未登録の資料の整理

ライブラリアンの仕事は実に多彩。館内外のネットワークで、どこまでも広がっていく。

今後の目標の一つは、図書館におけるダイバーシティを向上させることで、ワシントン大学図書館のダイバーシティ委員会にも入っています。私の研究テーマの一つでもあるので、今後も学会や論文で発表する予定です。多様化する職員や利用者のバックグラウンドを包括できるような職場として、また研究場所としての図書館作りに貢献していきたいと思います。

また、未登録の資料の整理も、今後やっていきたいことの一つです。どこの大学にも “Hidden Collection” があります。受け入れたものの、時間や人材がなくて目録作りができていないため、存在が知られていないというものです。ワシントン大学でも最近、「外邦図」(がいほうず)と呼ばれる、日本が戦時中にアジア太平洋地域で作成した軍用、行政用、民生用の地図が数千枚も見つかりました。戦後、GHQ にその多くが接収され、いらなくなったものが米国内のいくつかの大学に提供されたようです。これはとても大きなニュースで、日本の研究者に連絡しました。今も、それがなぜここにあり、どう整理すればいいのか、ライブラリアンや利用者の役に立つのかということについて調査を続け、論文を書いています。今後は同じように配布された地図の行方を調査すべく、他大学のライブラリアン達とも連携を取り合っていきたいと思っています。

現在、日本語でサブジェクト・ライブラリアンについて紹介する本を執筆中です。このような仕事にご興味のある方はぜひ読んでみて下さい。

たなか・あずさ/京都生まれ。日本の大学で英文学を専攻するが、シアトルで行われた短期英語留学で韓国人留学生と出会ったことがきっかけで、日本帰国後に大学で韓国人留学生と歴史勉強会を行いながら、韓国や在日韓国人について学び始める。卒業後にシアトルのワシントン大学(University of Washington: UW)に留学し、2005年に韓国学修士号、2008年にシラキュース大学で図書館情報学修士号を取得。セントルイスにあるワシントン大学(Washington University)の東アジア図書館での約4年半の勤務を経て、2013年7月から UW にて現職。
【公式サイト】 East Asia Library, University of Washington
Research Guides – Azusa Tanaka

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