1998年に仕事で渡米し、脱サラした翌年の2011年に『シアトル算数珠算学院』(Math Abacus School of Seattle)を開校した佐野哲哉さん。コーヒーキャピタルのシアトルにあるロースターのコーヒーの味比べをしていたコーヒー好きで、家族がエスプレッソマシンを買ってきたのをきっかけにエスプレッソ・ドリンクを作り始め、はまっていったそうです。今回は、2021年11月に創業したコーヒー豆の小規模焙煎会社『Beans Eight Roasters』について、お話を伺いました。
【公式サイト】www.beanseightroasters.com
【インスタグラム】www.instagram.com/beanseightroasters/
【Facebook】https://www.facebook.com/beanseightroasters/
始まりは、妻が買ってきたエスプレッソマシン
もともとコーヒーが好きで、1998年にシアトルにある会社で働くために日本から引っ越してきてからは、シアトルの『コーヒー・キャピタル』といわれるキャピトル・ヒルにあるロースターの味比べをしていました。
ある日、妻が家庭用のエスプレッソマシンを買ってきて、エスプレッソをいれてくれました。マシンの値段は当時で200ドル。今なら200ドルのエスプレッソマシンなんておもちゃにしかならないものですが、その時は狂気の沙汰ぐらいに思えたものです(笑)。でも、エスプレッソをいれるプロセスが楽しくて。次第に、妻の代わりに私がエスプレッソをいれるようになって、のめりこんでいきました。
ラテアートは、練習を重ねても気に入ったものはなかなかできません。個人の趣味の世界ですが、「まだまだ」と思えること、それがまたいいんですね。そんなふうにエスプレッソを何度も作っているうち、「もうちょっとうまくなりたいから」と、マシンをアップグレードをすることに。そしてしばらくすると、「もう少しいいものを買ったら、もっとうまくなるんじゃないか」と、3回のアップグレードをしました。
結局、合計4回もアップグレードをしましたが、今は1日200~300杯は問題なくいれられて、カフェでも使われる商用のマシンを使っています。
コーヒー豆を自分の好みでブレンド
最初はビジネスにしようという気はあまりなく、「コーヒーが好きだから、将来何かにつなげられたらいいな」と思っていたぐらいでした。
でも、いろいろ考えているうちに、本業のそろばん教室とカフェをつなげた、そろばんカフェを思いつきました。本業はあくまでもそろばん教室で、カフェを使ってそろばんについても知ってもらう。これは面白いのではないかと。
そのうち、本当にカフェをやるなら、どこかのロースターの豆を使うだけでは面白みが減るので、生の豆、つまり生豆(なままめ)を買って、自分の好みに合うようにブレンドして焙煎し、自分の味を作るともっと面白いのではないかと考えました。
そして、本職のそろばん教室をきちんとやりつつ、あいている時間を使って自分好みのコーヒーを焙煎してみることにしました。自分で焙煎するとさらに苦労はありますが、それもいいでしょう。そこで、焙煎機を買って、自宅で少しずつ焙煎にトライし始めました。
新しい焙煎機は、最初の3~4回はただひたすら豆を焙煎したら捨てることを繰り返します。いわゆる慣らし運転です。それが終わると、少量ずつ購入したさまざまな生豆を焙煎します。同じ豆でも温度や時間など、ちょっとした要素で味が劇的に代わるので、まずは、その豆の持つポテンシャルを引き出せる値を探します。
焙煎後、カッピングという方法で味をチェックしていきます。豆の焙煎方法(レシピ)が決まったら、次は自分好みのブレンド作りに取り掛かります。ベースの味を決め、そのベースにどんな味を目立たせたいか等々を考えながら決めていきます。このプロセスはそれ相当の時間を要しますが、これはとても楽しい時間でした。それぞれの味の特徴をベースに、好みの味になるように「こちらを一杯」「こちらを二杯」とブレンドします。そして好みの味が完成したら、その比率で焙煎した豆をブレンドして仕上げます。気に入った豆の焙煎レシピが決まるまで何キロと焙煎する豆はもちろん自家用で消化しきれないので、周りの友人などに「ごめん、もらって」と押し付けていました(笑)。
なんでもそうですが、焙煎の工夫にも終わりはありません。本当に奥が深いですね。
コーヒー豆のマイクロロースター(小規模焙煎会社)を設立
そんなふうに、とにかく自分の豆のブレンドを作りたいと思ってやっていたら、初めて「これをビジネスにしたい」という思いが出てきたのです。
シアトルに長い人はよくご存じですが、キャピトル・ヒルで創業した『Espresso Vivace』は、全米はもとより、世界中にも知られるトップクラスのロースターです。私がシアトルで唯一おいしいと思う店で、今までずっとここから豆を買っています。『Espresso Vivace』の味を超えるものを作るぞとか、シアトルというコーヒー激戦地で他のロースターやカフェに対抗するぞという気持ちはなくはないですが、絶対に勝つぞという野心はありません。自分の好みの味を自分でも作れるようにがんばることと、その味をいいと思ってくれる人が買ってくれることを目標にがんばります。
こんなふうに思うようになったことにはシアトルの環境がかなり関係しているのですが、一番大きく影響を受けたのは、ジャングルシティで『シアトル留学生カフェ探訪』の企画者にもなった沢田真洋(さわだ・まさひろ)君です。彼が留学中にベルビュー市のベルデン・カフェでバリスタをしていたので知り合って、特に焙煎の話はしなかったのですが、うちにあるマシンでおいしいコーヒーを入れたり、ビーフジャーキーを作ったり、ハイキングをしたりするようになりました。その後、彼は日本に帰国して、自分でコーヒー豆の焙煎会社を起業しましたし、バイタリティがありますよね。
そして、2020年の11月に会社を設立して、それと同時に、ワシントン州在住の日本人アーティスト・太田翔伍さん(インタビュー「枠にはまらない、自分のスタイルを」アーティスト 太田翔伍さん」)に、ラベルとロゴのデザインを依頼しました。周りの人には「ロゴにはお金をかけない方がいいんじゃないか」とか、「ちょっと絵が得意な友達とかに描いてもらったら」とか言われたのですが、翔伍さんが近くにいるというのも何かの縁だと思いましたし、プロにお願いすることで、見栄ではなく、自分の本気度を表したいと思いました。
翔伍さんといろいろ話をして、結構わがままを聴いてもらって、亀を使ったロゴができました。亀は万年と言いますし、ハワイでは神の使いで、幸運の動物です。その亀がコーヒーカップを持っているこのロゴに、とても満足しています。
会社の名前の『Beans Eight』は、私が経営しているそろばん教室で先生をしてくれているゆか先生が提案してくれました。「名前は何がいいかな」と言ったら、「豆八!豆八だよ!」と即答してくれて(笑)。そのままを英語にしてBeans Eight になりました。八は数字としても縁起がよく、そろばんを弾く時のパチパチという音を8で表しますし、私が考えているそろばんカフェの名前も『パチパチカフェ』(88 Cafe)にしたいと思っていたので、ピッタリです。そんなわけで、ロゴの亀の甲羅にも「8」という数字が見えるようにデザインしてもらいました。
そして、完成したロゴをシールとして印刷することが見えた2021年11月の感謝祭の頃、創業を発表することができました。そして、クリスマスを見据えてのホリデー・ブレンドも売り出すことができたのです。
味わうシチュエーションを提案する4種類のブレンド
現在は、4種類のブレンドを袋入りとドリップバッグで販売しています。普通に売られているコーヒー豆には、「どこの国のどこの地域の標高がどのぐらいのところで栽培され、どのような味がし、後味はどのようなものか」といった説明が書かれています。でも、私は自分の豆の説明には、朝、日中、夜、キャンプ、アウトドア、オフィス、釣りなど、味わう時や場所を提案する形で説明しています。また、「どういうコーヒーが好きですか」と聞くと、一般的に「酸っぱくないもの」と言われる方が多いので、酸味についても書いてあります。
まず、『Mailbox』は、メールボックス・ピークという、私が好きなハイキングトレイルの名前からつけました。『PNW』は、ここパシフィック・ノースウエストです。『Hoiss』はカナダのバンクーバー・アイランドの海にキングサーモン釣りに行っていた時に泊まっていたロッジ『Hoiss Point』からつけました。今はもうないロッジなのですが、僕にとっては桃源郷のような存在です。そして、『Chari』はチャリンコのチャリ。私自身ロードバイクに乗っているのですが、それだけに限定されるのはどうかなと思って、一般的な日本語のチャリンコからつけました。自分がオーナーなので、好きなことをさせてもらおう、アメリカ人の人にわからなくてもいいやと(笑)。
販売を開始してから、直接知っている方や、知り合いを通して買ってくださった方からは、良いフィードバックをいただいています。Facebookでテスターを募集したところ、50人ぐらいの応募がありました。
また、大学を卒業して構造エンジニアとして働いている息子が、「僕も一緒にやりたい」と言ってきてくれました。SNSを使った英語でのマーケティングですと、やはり考え方や伝え方がネイティブの人がいいです。息子には「伝えたいのが若い人なら、Facebookはだめだよ」とか言われています(苦笑)。
希少がんの患者をサポートしたい
もう一つだけ。翔伍さんにデザインしていただいたラベルの右下に、タンポポの花が描いてあります。デザインの最中に、「その他に好きなものはありますか?花とか?」と言われたので、タンポポを描いていただくようお願いしました。
私は2021年に都内大学病院で希少がんの手術を受けて以来、『たんぽぽ』という、日本にある希少がん患者の会に参加しているからです。
その会のオンラインミーティングでいろいろな方のお話を伺っていると、日本の社会においてがん患者は社会的弱者になる場合があることがわかりました。がん治療を受ける場合、人によっては月に1回2泊3日で会社を休んでいかないといけないことがあり、それについて周りの冷たい目があるとか、体調が悪くても電車で通勤しなくてはならないなど、体が辛くても仕事に行かないといけない状態の人が多いのです。
これから私も少しでもそういう人に貢献できるように、お金をちゃんと作れるような会社組織を作っていきたい。
こんなふうに、この『Beans Eight Roasters』には、私の好きなこと、やりたいことがすべて詰まっています。
掲載:2022年4月 聞き手:オオノタクミ