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第9回 東京ダイアリー(1) 謹賀新年

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著者プロフィール:神尾季世子
弁護士として、雇用法を土台としたコンサルティング・ビジネスに携わる。ライターとしても、雇用法、移民法、憲法、遺産相続など幅広い分野において執筆。代表作は GLOBAL CRITICAL RACE FEMINISM: AN INTERNATIONAL READER (2000, New York University Press)に収録された。フィッシュ・アンド・リチャードソン、モリソン・フォースターなど日米の国際法律事務所で訴訟関連プロジェクトに関わる。連絡先は、info@kamiolaw.com。当コラムのタイトルにある「プロセ(Pro Se)」は、ラテン語で “on behalf of oneself” という意味であり、弁護士を雇わずに個人の力で訴訟を起こす原告を指す専門用語。「自力で道を拓く」という私的解釈により著者の好む言葉である。

8月 X 日

三色おこわセット。デミグラスソース・ハンバーグ弁当。くるみとキャラメルのメロンパン。焼きプリン・モンブラン。

カゴにこんもりと盛られた山を吟味し、つい頬がゆるむ。ほくほく顔でレジの列に加わる。「お弁当、温めますか?」爪にラメ入りのマニキュアを光らせた店員が、抑揚のない声で尋ねる。袋を提げてコンビニエンス・ストア、いや「コンビ二」を出れば、そこにはいつもの光景が拡がる。炎天下の下、背広を肩から掛け、くたびれたワイシャツ姿で闊歩するサラリーマン。弾けたように一斉に笑い出す、濃紺のハイソックスを履いた高校生グループ。日傘の花。選挙ポスターの作り笑顔。色鮮やかさが視線を奪う自動販売機。そして、ケータイ、ケータイ、ケータイ。マスク、マスク、マスク。(新型インフルエンザ対策と銘打って、お役所の職員が一人残らずマスクで顔半分を覆い机にへばりついていた光景には、度肝を抜かれた。)

ああ、帰ったのだ。晩夏の東京で思う。この空気。この感触。日本だ、と思う。「帰った」と思える自分がどこか嬉しくもある。私のバッグには、未だに日本国と記された赤いパスポートがある。「あなた、いい加減にアメリカ国籍を取ったとばかり思ったけど」。そう言われたことも幾度かある。私は形ばかりの日本人なのかもしれない。「食べていく」という現実を考えても、私がアメリカで苦労して取った資格など、悲しいかな、日本では即戦力にはならない。「アメリカ人になってもいいか」。そんな思いが胸をよぎる時もある。それでも、パスポートに記された日本国なる文字に安堵感をおぼえる自分がいる。これはなんだろう。ホテルでハンバーグ弁当に舌鼓を打ちながら、ぼんやりと考えた。

8月 X 日

ただ懐かしさに胸を熱くするばかりではない。いや、その反対の時も多い。「スタバでアポイント」と言われ、「あのう、"スターバックスでアポイントメント" ですよね?」と反射的に言い返す。傍らに幼児がいようがお構いなしに煙草に火をつける会社員を睨む。アメリカナイズした自分を最も痛感するのは、エレベーターで肩を並べたおばあさんだろうが、郵便局の窓口のお兄さんだろうが、身知らぬ人をつかまえ話し込んでしまう時だ。アメリカ人がよくいう "small talk" である。「今日も暑くなりそうですよねえ。私は北国から来たので、東京の夏はこたえます。」「この辺は気取ったお店ばかりで、主婦の味方になるようなスーパーって見当たりませんね。」 元来、私は人見知りが激しく、無口とさえ思われていた筈だ。少なくとも少女時代はそうだった。それが、どうしてこんな風に図々しいお喋りに変貌したのだろう。それでも、恩恵を授かることはある。小さな兄妹が麦茶を運んできてくれた定食屋さん(こういう名もないお店が、私は好きだ)で、「お手伝いをして偉いですねえ。うちの子達と同じぐらいの年頃かしら」とおかみさんに声をかけたら、母親同士で会話が弾み、挙句には思いがけない割引までしてもらった。割引自体はともかく、ビルの谷間でささやかなふれあいの時間を創れたのが嬉しい。「また、ご飯を食べにきてね」。母子三人で手を振りながら送り出してくれた。

8月 X 日

「素敵な人だなあ。」横顔に釘付けになる。ハンサムな男性というのではない。二十代の女性だ。成田空港に降り立ってからというもの、実に多くの女性達が手を差し伸べてくれた。彼女たちは一様に美しく、そしてテキパキとしている。荷物が流れてくるベルトコンベアーの前でおろおろするばかりの私を横目に、ひょうひょうと事もなげに大型のスーツケース(今回の旅は特に荷物が大量で苦労した)を次から次へと持ち上げ、手際よくカートに乗せていく。「さ、行きましょう」と率先してカートを押し、ワゴンタクシーの予約を入れてくれる。買い物の帰りに道に迷った私を先導して最寄の駅までの道を示し、既に走り出したバスに駆け寄りドアをドンドンと勢いよく叩いて止め、「運転手さん、この人をX駅まで連れて行ってあげてください」と指示を出す。私が青年だったら、こんな女性達に一目惚れしていただろう。

8月 X 日

タッタッタッタッタッ。誰もが無言で、そして無表情のまま前進する。ただ、靴の音を響かせながら。メトロの駅は今朝も変わりない。同じように早足に通り過ぎる自分の姿が不思議でもある。つい先日までは緑滴るシアトルで爽やかな夏に身を任せていた筈なのに、はや東京のペースに違和感をおぼえることもなく周囲と歩調を合わせ、長い階段をかけ上る。パンプスに押し込めた足がほんの少し痛い。プラットホームに電車が滑り込む。正面に座り経済新聞を広げる会社員は、「ああ、今日もあの上司に営業成績の悪さを揚げ足にとられ、こってりと絞られるのか」と、反対方向へ向かう電車に飛び乗りたい衝動を抑えているのだろうか。斜め前で、前髪をかき上げる女性は、郷里に戻って結婚しろと再三の催促をする母親の電話を思い出しつつ、大都会でのキャリアの行き詰まりに溜息をついているのだろうか。いけない、いけない。通勤電車でこんなに暗い想像を膨らませる私は、なんて意地悪な人間だろう。彼は昇進を目前とし浮き足立つ気持ちで会社へと向かう途中なのかもしれない。彼女は婚約者を招いてご馳走する手料理のメニューを頭の中で立てている最中かもしれない。プラットホームに乗客が吐き出される。駅を出て、エルメスだのバーバリーだの高級ブランド店がひしめく大通りを歩き職場へと向かう。

8月 X 日

「ねえ、Y さん、お米、どこで買ったらいいんでしょうねえ。」同僚のワーキングマザーに尋ねる。「うちは生協で配達してもらっているけど。」ひとしきり、買い物の話に花が咲く。そう、買い物。エルメスのスカーフでもなければ、バーバリーのコートでもない。お米や卵や野菜を買いたいのだ。ついでに、パックに詰まったお惣菜なんかもいい。私は、スーパーに駆け込みたくて、ウズウズしている。それにしても、見上げるような高層ビルの洗練されたオフィスの片隅で、「お米の配達」をテーマに会話を弾ませているのが我ながらおかしい。このビルの下の階で華やかな彩りを添えるブティックやグルメ・レストランなど、主婦の日常には何の重みがあろうか。どんなに仕事に打ち込んだとしても、やはり基本的には家庭人である自分を大切にしたい。ガラス越しに眺める大都会の夜景に息を呑みつつ、自らに言い聞かせる。

9月 X 日

私は国際的な職場で働いている。同僚や上司には、アメリカ人もいれば、ニュージーランド人もイギリス人も、そして当然、日本人もいる。一歩オフィスに足を踏み入れれば、そこで話されるのは主に英語だ。実は、私はこれまでの人生で、今の職場の人達程に英語を臆することなく使いこなす日本人に遭遇したことがない。シアトルでは、使用中の PC 自体が日本語の対応に遅れ、文字化けという障害にも悩まされた結果、便宜上の理由から日本人相手にメールを英語で書き送れば、「あなた、日本人なら日本語でメールを書きなさいよ!」と釘をさされる始末だった。たとえ相手が在米二十年やそこらで英語の理解には何ら苦労しない人であっても同様である。「英語でメールを書き送る日本人」は生意気とさえ解釈した人も周囲にはいた。ところが、今のオフィスでは、英語という言語自体が空気のように位置づけられているせいもあるだろう、専門職、一般職など職種の区別なく、あらゆる場面でごく自然に英語を操る人が多い。(逆に、外国人がすんなりと日本語を使いこなす場面にも出くわす。)皆がこぞってネイティブのように流暢というのでは、もちろんないし、実際にはそうでない人の方が多いだろう。それでも、コミュニケーションの道具として、堂々と英語を使いこなし働く彼らの姿を目の当たりにすると、私もつい背筋がピンと伸びる思いだ。

9月 X 日

毎土曜日にはバイオリンの先生のお宅に伺う。未来都市を彷彿とさせるモダンなビルが建ち並ぶ街は、それでも決して無味乾燥ではなく、どこか穏やかな雰囲気をかもし出す。駅を出ると、運河にかかる歩行者専用の橋がある。スケールの大きなこの橋はドラマの撮影にも使用されるとのことだが、うなずける。胸のすくような清々しい景観を堪能しながら、そして時には、水中にプカプカと浮かぶクラゲたちを眺めながら、散歩がてらに橋を渡るのはちょっとした遠足気分だ。そして、口元に笑みが浮かぶ。私は根っからのシアトルっ子になったのだ。東京の空の下、運河の彼方に、もうひとつの水の都シアトルを描き出さずにいられない。水面の碧いベールに白い飛沫で優美なラインを描きながらエリオット湾を滑っていくフェリー。マリーナを埋め尽くすヨットやクルーザー。ウォーターフロントの喧騒。ああ、シアトル。それこそ私が帰る場所だ。でも今は、コンクリート・ジャングルでの新しい旅立ちをひそかに祝いたい。東京滞在中に私は誕生日を迎えた。日本で迎える誕生日は、実に何年振りだろう。華やかなパーティもなければ、プレゼントの山もない。ひっそりと流れゆく一日。それでも、私にとってはかけがえのない記念日だ。始まったばかりの一年へと想いを馳せる。仕事を通して、どんな出会いが待ち受けるのだろう。「おめでとう。」私から、私へ、ささやかなメッセージ。だが、「誕生日、おめでとう」ではない。「あけましておめでとう」。あえて、そう言ってみる。そう、新たな一年が幕を開けたのだ。シアトルでは陰鬱な秋空が拡がる頃だろうか。まだ夏の薫りを放つ東京では、それでも心地よい風が頬を掠め、新たな季節の予感に胸が高鳴る。水中でキラリと光るクラゲの集団に挨拶を返しながら、橋の真ん中で深呼吸をひとつした。

掲載:2009年9月

お断り:著者は、一個人として、また弁護士として、プライバシー尊重という理由に基づき、当コラムで扱う人物名や場所名、または設定などにおいて、ある程度の内容変更を余儀なくされる場合があります。御了承ください。

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