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第11回 「煉瓦」造りの建物

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筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

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写真1:パイオニア・スクエア付近の煉瓦造の建物

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写真2:ワシントン州立大学法律学科学校建物

シアトルのダウンタウンを歩きながら街の風景を見ると、まだ多くの煉瓦造の建物が目に入る。東京に現存する煉瓦造りの大きな建物と言えば、思い出す限り辰野金吾が設計し1914年に竣工した東京駅丸の内駅舎くらいだが、パイオニア・スクエア付近は特にまだ多くの煉瓦造の建物が残っている(写真1)。人類の歴史の中で木材と石の次に長い歴史を持つこの建設材料は、古くはメソポタミア文明時代から使われていたようだ。その後、エジプトで進化した煉瓦技術が地中海沿岸諸国、インド、遠くは中国に伝えられたと言われている。中世期ヨーロッパでは煉瓦は建物の基本的な構造躯体材から仕上げ材まで使用されていたが、ルネッサンス時代、バロック時代になると、主に構造躯体材だけになり、仕上げは主にプラスターや石材にとって変わられたようだ。その後18世紀まで煉瓦は仕上げ材として使用されなかったが、18世紀の半ばごろからまた再び仕上げ材としても使用されようになる。19世紀の半ばから発達したコンクリート構造と鉄構造の影に煉瓦はだんだんと構造材としての地位を失い、20世紀半ばにはほとんど仕上げ材としてのみ利用されるようになった。日本でも明治維新とともに輸入された煉瓦技術により、銀座の煉瓦街を含め多くの煉瓦造の建物が作られた。しかし、耐震構造を持たなかった当時の煉瓦造の建物は東京大震災の際に容赦なく崩れ去り、それ以降日本ではもう人気を得ることはなかったようだ。それに比べ、欧米国では煉瓦は化粧材(仕上げ材)としての人気を失わず、住宅から公共の建物まで今日現在でも幅広く使われている(写真2)。

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写真3:長手積みパターン

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写真5:イギリス積みパターン

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写真6:フランドル積みパターン

一般的に、煉瓦は材料(粘土・シリカ・酸化鉄・石灰・酸化マグネシウム)の混合、成形、乾燥、焼成の工程を経て作られる。古代メソポタミア時代はまだ粘土を水に混ぜて型枠に入れ、乾燥させただけの日干し煉瓦が使われていたようだが、エジプト期にはすでに焼成煉瓦が使われていた。煉瓦の大きさは特に国際基準がないので国ごとでまちまちで、だいたい長さ20から25センチ、幅10から12センチ、高さ5から7センチになっており、これは職人が現場で片手にレンガを持ち、もう片方の手でこてでモルタルを煉瓦につけて積み上げるときに一番やりやすい大きさであるらしい。ちなみに日本では JIS によって普通煉瓦は21センチx10センチx6センチと決まっており、この全形をオナマ(英語では “Whole Brick”)と呼んでいる。この煉瓦の各面には英語で特別な呼称があり、一番面積の広い上面または底面を “bed”、長手方向の側面は “face” または “side”、 小口は “end” または “cull” と呼ばれている。煉瓦の組積法にも独特な方法と名前がある。一番単純な組積法は長手の側面を上下互い違いに並べる方法で、日本語では「長手積み」(写真3)、英語では “Stretcher Bond” と言われる。この長手積を数段重ねた上に小口を横方向に連続してならべた方法を「アメリカ積み」(写真4)、英語では “American Bond” と言う。それに対し、長手側面が横一列、その上に小口側面が横一列に交互に積み重ねられる方法を「イギリス積み」(写真5)、英語では “English Bond” と言う。それ以外に正面から見たときに小口と長手側面が一列に交互い並んで見える「フランドル積み」(写真6)(英語では “Flemish Bond”)と言う方法もある。煉瓦の色にもいつくか種類がある。一般的な煉瓦の色は明るい赤茶色だか、この色も焼成時の窯の温度により濃さが違ってくる。濃い茶色は高めの温度で焼成されたとき、また低い温度で焼かれると、明るい茶色からグレーの色(華氏1300度程度)までの色の種類がある。

専門家の視点で煉瓦を見ると、これほど合理的な建築資材はないように思える。煉瓦自身の形が単純かつコンパクトであるため、組積をするのに高い技術を要しないだけでなく、現場での変更に自由が効く。20世紀以降、耐震性が弱いことが判明し、構造材としての利用価値はなくなってしまったが、仕上げ材としての寿命は長く、メンテナンスはペンキ塗りの部材などに比べ、半永久的である。歴史的に見ると、煉瓦を焼成するための燃料に使用する木材を調達するために森林伐採をして砂漠化を引き起こした時代もあったが、現在では最も基本材料がどこでも入手できる粘土であり、工事中の無駄が少なく、耐火・耐寒性能も高く、寿命が長くかつ部材の再利用が可能であることなどで、環境に優しい建設部材として考えられている。

筆者が子供の頃、デンマーク製のおもちゃ、レゴブロックで遊んだことをよく覚えている。当時、実際の家がどう建設されるか全く想像がつかなかったが、煉瓦と同じようなプロポーションのブロックを積み上げておもちゃの家を作りながら、気が付かないうちに西洋的な壁構造の理論を身につけていたようだ。そう考えると、煉瓦はあらゆる建物の原点の一つと言えるかもしれない。

(2011年5月)

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