第5回 シアトルの跳開橋

地図を広げてシアトルの街全体をよく見ると、街全体がピュージット湾、サーモン湾、ユニオン湖、ポーテージ湾、ユニオン湾、ワシントン湖とつながる水路によって北側と南側に分断されていることがよくわかる。この分断された南北の街をつなぐのは、4つの橋と2つの高速道路、バーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道の鉄橋だけである。古くは弁慶と牛若丸の五条の橋の出会いから、戦争直後のラジオドラマ 『君の名は』 の舞台のように、橋は古くから川によって分断された2つの地域を結ぶ役目だけでなく、人の出会いの場所として、街の風景になくてはならないものである。今日、車社会のシアトルで、これらの橋を渡りながら誰かに出会うチャンスはほとんどないが、渡るたびに気がつくのは、これらの橋がシアトルでしか経験できない陸上交通と水上交通の重要な接点となっていることだろう。

写真1： モントレイク橋

これらの4つの橋に共通していることは、跳開橋という独特な構造を持つ可動橋であることだ。このトラス状アーチ型の橋桁は中心部で2つに分割し、マストの高い船などが通るときは電気モーターの動力とカウンターウェイトと呼ばれる錘のバランスを利用して各々の橋桁が90度の角度まで跳上がる。この形態の構造は、英語では “Bascule Bridge” と呼ばれ、19世紀の半ばごろにヨーロッパで発明開発された。日本にあるこのタイプの橋は、今では跳開しなくなった東京隅田川にかかる勝鬨橋が有名かもしれない。

写真2： モントレイク橋
コントロール・タワー

写真3： ユニバーシティ橋

シアトル市内の最も東側、ワシントン州立大学キャンパスのすぐ南側にあるモントレイク橋（写真1）は、1925年に完成された。シアトル・アジア美術館の設計などで知られているカール・グッド氏によって設計されたこの跳開橋は、橋梁全長344フィート、水面からアーチ部分橋下までの有効距離約46フィートを誇り、その優雅なアートデコ様式のコントロール・タワー（写真2）は建築学的にもこの街の重要文化材と言える。この橋の中ほどからの眺めは絶景で、東側は天気の良い日にはワシントン湖の奥にカスケード山脈の雄大な姿が見渡せ、西側はポーテージ湾と隣のユニバーシティ橋が見える。モントレイク橋からすぐ西側にあるユニバーシティ橋（写真3）は、1919年に竣工。跳開時の橋桁間のスパンは218フィート。そこからユニオン湖を過ぎて西に向かうとフリーモント橋（写真4）がある。1917年に完成のこの橋は橋梁全長502フィート、水面からアーチ部分橋下までの有効距離約30フィート、一日平均約35回跳開し、米国で最も頻繁に跳開する橋と言われている。2009年の夏、シアトル市は2万ドルを出して、この橋の4つのコントロール・タワーのひとつをクリステン・ラミレスという芸術家にスタジオとして提供した。彼女はひと夏このスタジオにこもり、そこから収録した橋の跳開の音・交通の音・橋にまつわる住民の話の録音をまとめ、サウンド・コラージュとしてシアトル市に提出している。興味がある方は800-761-9941に電話をすれば、その作品を聴くことができる。一番西側にあるのが、バラード橋。1917年竣工のこの橋はユニバーシティ橋と似た構造になっており、橋全長は2,854フィート、跳開時の橋桁間のスパンは218フィートである。

写真4： フリーモント橋

市民の多くがレジャー、漁業関係を通じて水上交通に依存しているこの街では、これらの橋はシアトルの市民の生活に一部になっているようだ。橋の開閉時間が普通5分から10分程度にも関わらず、橋の開閉中に待ちながらいらいらしている人はほとんど見られない。エンジンを切ってのんびり橋の跳開を待っているドライバーが大半である。夏の天気の良い日は車から出てきて談笑をする人たち、通りすぎるヨットを鑑賞する人、ヘルメットをとって一服するサイクリスト達、それらの人々が橋のたもとでひと時のサロンを楽しんでいるかのようでもある。シアトルの跳開橋たちは水上交通と陸上交通の3次元十字路と言えるのではないだろうか。

（2010年4月）