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「本当の賢さとは、自分を幸せにできること」 ソーシャルワーカー 角谷紀誉子さん

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日本で大学を卒業し、就職。しかしその3年後、「ソーシャルワーカーになる」と決意して渡米、現在ワシントン州認定のカウンセラーとして活躍している角谷紀誉子さんにお話を伺いました。
※この記事は2001年1月に掲載されたものです。

角谷紀誉子(かくたに きよこ)

1985年 日本で就職
1988年 渡米、ニューヨークのハンター・カレッジ大学院入学
1991年 卒業、シアトルで青少年とその家族を対象にしたエージェンシーで勤務
1992年 アジアン・カウンセリングに転職
1998年 自分のカウンセリング・オフィス開業
1999年 アジアン・カウンセリングを退職、独立してカウンセリング・オフィス開業、日系マナーでも勤務

会社員から留学生へ

会社員から留学生とは、一大決心ですね。

そうですね。留学したのは25歳の時でしたから、当時の日本の考え方からすれば「遅い」と言われる方でしょうか。就職した当初は、24~25歳で結婚退職という典型的なパターンになればいいなと思っていました。でも、23歳の時に大失恋をし、その典型的なパターンが足元から崩れてしまいました。今は笑って言えますが、当時はひどく落ち込んで、誰かに思う存分話を聞いてもらいたかった。でも、同じように失恋をした人達ぐらいにしか話を聞いてもらえず、また、相手も落ち込んでいるわけですから、自分だけ話すわけにもいきません。そんな時、アメリカの映画やドラマによく登場するカウンセラーという職業に興味を持ったのです。

なぜ興味を持たれたのですか?

日本でカウンセリングというと、カウンセラーがすばらしいアドバイスを与え、どんな大問題も一挙解決とか、カウンセラーに説教されたり、怒られたり、というイメージがあるようです。でも、アメリカのカウンセラーは、まったく客観的で、カウンセリングに来る人(クライアント)が自分を発見し、自分で自分の人生を切り開いて行くのを助ける役目を持っているのです。つまり、アメリカでいうカウンセリングとは、クライアントの内にある力を引き出す場なのです。そこで、自分もそのカウンセラーになって、悩んだり苦しんだりしている人が、自分で立ち上がって前進するのを助けたいと思ったのです。

そして留学を決意されたわけですね。

いろいろ調べてみた結果、ソーシャル・ワーカーという学位の取得が最適であるということがわかりました。日本で既に大学を卒業していたので、ニューヨークのハンター・カレッジの大学院にあるソーシャル・ワークの修士課程に願書を送りました。また、留学資金を貯めるため、平日の昼間は会社で勤務、夜は家庭教師、そして土日は旅行社でアルバイトという、かなりハードなスケジュールで働きました。

どのように英語の勉強をされたのですか。

留学を決心したのが23歳の時だったので、かなり大変でした。でも、とにかくやるしかないと、まるで受験勉強のように壁に単語を書いた紙を貼り、毎日毎日暗記。リスニングやフレーズの勉強は、大好きだったドラマ 『Family Ties』 を教材にしました。2カ国語放送で、まず日本語で2回ほど観ると話を覚えてしまいます。そして、英語版をテープに録音し、電車の中や歩いている時は必ず聴いていました。動作よりも言葉で笑わせるコメディですから、そのうち自然に耳が慣れ、言い回しなどを覚えて行きました。好きなものですから、何度観ても飽きないのが良かったですね。

会社を辞めて留学される際、周りの人の反応はどうでしたか。

辞表を提出した時、まず課長さんが、「あんた、いくつや。遅すぎるで」。その他の人も、「今からそんなことしてどうすんの」「いつまで勉強するの」「アメリカに行くなら10代で行かなきゃ」など、ネガティブなことばかり言いました。

そんな中、係長さん1人だけが、「行こうと思った時の気持ちを忘れないように」と言ってくださったのが、とても心に響きました。また、母親には「あなたの夢は遠大すぎる。本当にできるの?」と言われましたが、その母親も今では「決心して行って良かったね」と、とても喜んでくれています。

アメリカへ

そして留学をされたわけですが、どのような感じでしたか。

まずESLで英語を勉強し、3ヶ月後に修士課程を開始。言葉というものは、大学の授業やネイティブの友達、映画、テレビなど、英語が当然という環境に自分を置いて学ぶ必要があると考えていたので、できるだけ早くESLを終えるようにしました。そして、ソーシャル・ワークに関する政策や研究内容を読みこなす訓練を受け、発達心理学などを学び、ケース・ワークを通してセラピーの方法を学びました。ケースの中には、老人のメンタル・ヘルスや、暴力の被害者となった女性達のケアなどのような、特別なものもあります。しかし、この専攻の中心はインターンシップです。病院やエージェンシーなどで週3日、時間にして20時間勤務し、実際にクライアントをケアします。

学生が実際にクライアントを持つわけですか。

もちろん、初日からクライアントを持つわけではありません。最初はインターンシップの指導教官となるカウンセラーとクライアントのセッションへの参加や書類の作成などを見学することで、基本的な事柄を学びます。それから、実際にクライアントをケアします。私が1年目に勤務したのは、ユダヤ系アメリカ人の老人をケアするエージェンシーで、クライアントの家庭訪問などもありました。

今はクライアントの言うことはすべてノートにとりますが、当時は実際にクライアントをケアする段階になった時、ノートを取ってはいけないと言われました。というのは、クライアントの表情や動きをすべてチェックしなければならないからです。ですから、1時間にも渡るセッションで、自分が言ったこと、クライアントが言ったこと、そしてその他の動きなどをすべて覚えておいて、セッションの後に筆記します。それを指導教官とおさらいし、「なぜここでこう言ったのか」「クライアントのこの言葉はどういう意味だったのか」など細かくチェックし、いろいろな指導を受けます。

このような臨床的な訓練を通し、理論的かつ客観的にクライアントと向き合えるようにならなければなりません。とにかく必死で取り組みましたが、大学の授業はこなせても、実際にセラピーを行うほどの英語力があるわけではなかったので、卒業には3年かかりました。

クライアントは、学生がケアしても良いと言ってくれるのですか。

そこがアメリカの懐の広いところなのです。もちろん、どのクライアントをケアさせるかは指導教官がいろいろ考えた上で決定するわけですが、クライアントも時間を惜しまず、必死でケアしてくれるインターンを歓迎してくれました。「あなたの後ろには、経験豊かな指導教官がついているわけだから」と言ってくれました。この分野に限らず、アメリカ全体でインターンシップ制度が確立していますから、インターン慣れしている面もあると思います。

日本でもそういうシステムがありますか。

日本では学生がクライアントをケアするなんてことは考えられないでしょう。また、日本では、学校を卒業したというだけで、まったく実務経験が無い人が仕事に就きますね。そしてかなりの時間と費用をかけて職場でトレーニングを受けます。それを考えると、在学中のインターンシップで実務経験を積み、卒業後に即戦力となる方が効率がいいといえます。

シアトルで就職

卒業後、シアトルに移って来られたのはなぜですか?

在学中に財布を盗まれたり、犯罪に巻き込まれたりしたことがあったので、ニューヨークで働きたいとは思いませんでした。そこで、『住みやすい街』 と言われていたシアトルで就職先を探しました。運良く、あるエージェンシーが採用してくれることになり、シアトルに引っ越して来ました。

最初はプラクティカル・トレーニング・パーミッション(短大・大学・大学院を卒業した学生に発行される最高1年までの労働許可証)で働いていましたが、そのエージェンシーが申請してくれた就労ビザが無事発行され、学生ビザから就労ビザへ移行することができました。

でも、それ以前に、移民局に提出した書類に何らかの手違いがあり、強制退去命令の書類が届いたことがありました。慌てて、電話帳で見つけた移民法専門弁護士に、「助けてくれ!」と頼んで、無事解決にこぎつけました。その時は本当にびっくりしました。

その後、アジアン・カウンセリングの方へ移られたのですね。

カウンセリングというのは、言葉だけでなく、クライアントの文化やその他の背景をきちんと理解できなければなりません。最初に勤務したエージェンシーのクライアントのほとんどは白人の親子でしたが、そこでわかったのは、日本人である私は、やはりアジア人、それも日本人のクライアントをケアする方が、自分がカウンセラーになった意味があるということです。

そして、アジア人が訪れるアジアン・カウンセリングに就職し、日本人のクライアントを中心にケアしました。そして、1998年9月に自分のカウンセリング・オフィスを開設し、1999年9月からは自分のオフィスと、日系マナーという日系老人のためのケア付き住宅でソーシャル・ワーカーとして勤務しています。

日本人の一般的な傾向

これまでたくさんの日本人のクライアントをケアして来られたと思いますが、一般的にどのような傾向が見られますか?

ひどい落ち込みや不安を感じ、「いったいどうしたらいいのか?」という危機感を感じて来られる方が多いです。また、日本人にとって、カウンセリングは病気の人が行くものというイメージが強いですから、たいてい恐る恐る来られます。日本でカウンセリングや精神科に通われていた方の話を伺ってみると、クライアントが怒られたり、説教されたり、「おまえが悪い」と言われたり、また、1回のセッションがたったの3分で、「朝起きられますか?体の調子はどうですか?」と聞くだけ・・・。このようなことは、アメリカでは考えられません。

アメリカのカウンセリングとは、カウンセラーが勝手にアドバイスを与えるのではなく、時間をかけて話をすることで、クライアントが自分を発見し、自分で自分の人生を切り開いて行くことを助ける役目を果たします。つまり、自分を高めるために利用するものなのです。そうでないと、頭痛を一時的に薬で抑えるだけで、しばらくするとまた痛みが繰り返すというように、本当に問題を解決することになりません。

角谷さんのカウンセリングとはどのような感じですか。

私は、カウンセリングに来てくださる方々に、来て良かったと思っていただけるように努力しています。本来、自分で自分のために利用するのがカウンセリングですから、カウンセリングの1時間を自分の好きなように使ってくれていいのです。

とは言え、自己発見のためにもカウンセリングを利用するアメリカ人とは異なり、たいていの日本人にとって、カウンセリングに来るということ自体、とても勇気のいることです。受話器をとってアポイントメントを取り、オフィスに来るという行動が、自分を助けよう、高めようという旅路の第1歩なのです。ですから、まずカウンセリングに来てくださったことに敬意を感じます。そして、心の中にたまっていることを、すべてお話していただきます。最初は、まったくの第3者に個人的な話をすることに対して抵抗を覚えても、自由に自分のすべてが話せる場に安心できると思います。

話すだけでヒーリング効果があるわけですね。

そうです。そして、『和』 を大切にする日本人は、自分も含めたいろいろな人の立場を考え、自分の行動を決める傾向にあります。例えば、「家族や友だちは選択肢Aをすすめていて、自分もそれに従うべきかと思うけれど、実は選択肢Bを選びたい。でも、そうすることによって、この人とこの人との関係がまずくなるかもしれない」。このように、クライアントと一緒にいろいろな可能性を見直し、シミュレーションし、解決策を考えます。どんなことにも解決策はあると思います。このようなセッションを重ねて行くうちに、週に1回通っていたのが2週に1回となり、月に1回と、次第に頻度が減って行きます。そして、クライアントが解決方法に納得したら、大丈夫です。その後、カウンセリングを続けるかどうかは、クライアント自身が決定します。

アメリカでの生活で、かなり大変な経験をされる方もおられると思いますが。

アメリカ社会で暮らしていくなら、アメリカ人のやり方や考え方・動作といった、社会的かつ文化的要素を理解しないと、とても不便だと思います。特に、将来こちらで働くつもりであれば、在学中からアメリカ人との友人関係やボランティア、インターンシップなどを通して、この国に対する理解を深めることが大切です。ただ単にアメリカに住んでいるだけでは、そのような理解は身につきません。また、アメリカ人とつきあうにしても、「わかってくれてもいいじゃない」「わかってくれて当然」というのは、大きな間違いです。言葉で表現するアメリカ人と、察する文化の日本人とでは、必然的に行動が異なるのです。同じ日本人同士であるというだけで、お互いのことがわかるわけではありませんから、違う国の人とであれば、なおさら話をしてお互いを理解することが必要です。

これから長期間アメリカに滞在しようという人は、どのような心構えが必要だと思いますか?

ゴールに立った自分の姿を、頭の中にはっきりと描いてくること。そして、つらいことがあっても努力すること。とは言え、つらい時には、「どうしてこんなことをやっているんだろう」「どうせこんなことをしても、何にもならない」と、迷いが生じることもあります。でも、何かを身につけるということは簡単ではないということを認識して、「これが努力ということなんだ」「これがまさしく試練なんだ」と、少し離れて全体図を見ることが大事です。

例えば、飛行機に乗ったとします。飛行機が離陸する前は、滑走路とその周辺の物しか見えません。でも、離陸してどんどん高度を上げていくと、空港全体が見え始め、そして空港周辺、街全体というように、どんどん全体図が見えてきて、目的地に近づいていきます。それと同じことです。少し離れて客観的に見つめてみると、あちこちに障害物がありますが、それはゴールへ到達するためには通らなければならないもので、直線距離ではそこへ行けないけれど、ゴールへの道は必ずあるのです。

最後に、これからの抱負をお聞かせください。

本当の賢さとは、自分を幸せにできることだと思います。それができなければ、他人のことを本当にケアすることはできません。自分の強さと可能性を信じて、努力してみるのです。できないと思っていたことが、本当にできたらすごいですよね。自分に自信がつくでしょう。私は、そのようにして乗り越えて、自分がやりたかった仕事ができるようになりました。今はこの仕事をとても大切に思っています。そして、もっといいカウンセラーになるために、今後もトレーニングや勉強を続けて行きたいと思っています。

掲載:2001年1月 更新:2021年7月 パラグラフを調整しました。

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