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横尾 比呂路さん (Orca Beverage Inc. )

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ボトル入りジュースの販売で急成長を遂げているオルカ・ベバレジ社。社長さん以下数名の小さな会社で、マーケティングから製造・販売も手がけている横尾さんにお話を伺いました。
※この記事は2002年1月に掲載されたものです。

横尾 比呂路 (よこお・ひろみち)

1973年 博多生まれ

1996年 国立佐賀大学経済学部経営学科卒業

1997年 9月から1年間ICCのIBPプログラムに参加

1998年6月-8月末 ORCA Beverage Inc.で3ヶ月インターン。その後、就職へのオファーが出る。ビザを申請。

1998年9月-1999年9月 日本で働き、貯金。ビザ発給。

1999年10月 再渡米。現在に至る。

渡米のきっかけ

横尾さんがアメリカに来ようと思われたきっかけは。

いろいろな人に影響を受けた結果です。日本で大学に行っていた当初は、不動産業を営んでいた父親の関係から、「24歳で不動産会社の支店長」というのが僕の将来でした。大学はたまに行くだけで、午後から早朝までクラブやスナックでのバイトに励み、昼頃起きるという生活。しかし、スイスに留学した先輩と語り合ったり、当時つきあっていた人がニュージーランドに留学したりするうち、英語とコンピュータだけはやっておこうと思うようになりました。また、バイト先でいろいろな人の生き様を目の当たりにしたことも大きいですね。次第にそれを日本の外にも広げたくなりました。

1年のプログラムを選んだ理由は?

まず語学留学を考え、自分でいろいろと手続きを始めてみましたが、結局、業者に頼む事にしました。そこで担当してくださったのが高校の先輩。彼女は同じプログラムでベルビュー・コミュニティ・カレッジに通ったことがあり、いろいろ親身になって相談に乗ってくれた結果、University of Washington との提携で行われている 『IBP』 というプログラムに参加することが決定しました。しかし、その頃の僕のTOEFLスコアは400点。留学まで半年しかないのに、「規定の550点を取るには1年以上かかる」と言われました。そこで、それまで続けていたバイトもすべて辞め、半年かけてなんとか550点を獲得。無事に飛行機に乗ることができました。

初めてシアトルに来られた時の印象はいかがでしたか。

なにしろそれまで英語を話した相手と言えば、バイト先に来た外国人のお客だけ。その英語もカタコトでしょう?そのうえ、飛行機に乗るのも初めてとあって、見るものすべてが新鮮でした。

最初に苦労した点について教えてください。

外国人と話すのが怖かったです。何を言っていいのかわかりませんでしたし、相手の言うことも聞き取れない。さらに、自分が言っていることも相手に通じない。英語が思うようにうまくならないことに、落ち込んだりしました。

インターンシップについて

インターンシップの面接を受けたときはどうでしたか。

クラブやスナックなどのアルコール関係で働いていたということで、あるドリンク会社で面接を受けました。しかし、その担当の方とまったくあわず、こちらから断りました。向こうも断っていたかもしれませんが(笑)。 そして、2回目に面接を受けた会社がここです。日本のソフトドリンクについて知識があるということで、インターンシップが決定しました。

オルカ・ベバリッジ・インクについて教えてください。

独自のソーダポップ(炭酸飲料・ノンアルコール)を製造しています。僕は、このオルカ・ベバリッジ・インクの社員であり、また同じくソーダ会社の Equatorial Imports (イクアトリアル・インポーツ)と作ったSeattle Specialty Beverage(シアトル・スペシャリティ・ベバリッジ)という会社の社員でもあります。社長は、大学時代のプロジェクトで作ったジュースが近所で受けて、ジュース会社を設立したというエンジニア。1度は失敗しているのですが、今は良いパートナーに恵まれ、順調です。将来的なビジネスの拡大のために、来年にはマカティオの大きなオフィスに引越しします。また、ソーダを始めとするハーブ、カフェイン入り商品を扱う XTZ Industries(XTZ インダストリー)という会社と、共同ビジネスも行っています。

初めてのインターンシップはいかがでしたか。

最初は日本市場のリサーチを行い、ここで作っているドリンクを日本へ輸出することの可能性について話し合いました。僕の答えは「甘すぎる・カラフルすぎる・炭酸がきついということで、日本では売れないだろう」でした(笑)。 そして、日本のドリンクをもっとよく理解してもらうために、宇和島屋で買ったジュースを社長に飲ませたら、「水みたいだ!」と驚いていました。

この会社で、最も苦労したのはどういう点ですか?

最初は電話でのやり取りに苦労しました。相手と意思疎通ができず、相手に “Huh?” (はぁ? )と言われるのが怖かった。「わかるまで質問するべき」と言いますが、何度も聞かれたら、しまいに相手は怒り出しますよね。でも、社長は「トライしろ」と言ってくれました。「取り返しのつかないことにはならないから」と。これには本当に感謝しています。今では電話も怖くなくなりました。

仕事について

社長さんと仲が良さそうですね。

社長はプライベートな面でもとても面倒見の良い人ですし、とにかく僕がここにいられる環境を作ってくれたわけですから、とても感謝しています。こんなに小さな会社ですが、いろいろやらせてもらえていい経験になっています。大会社に入っていたら、歯車の1つになっていたでしょう。そして予定の3ヶ月が終わる頃には、「この後も、ここで働いてみないか」と言われ、僕は喜んで承知しました。将来は自分の会社をやりたいので、今の経験がとても役立っています。

典型的な1日について教えてください。

毎朝6時に起床。体が資本ですから、30分から1時間ほどのストレッチは欠かせません。そして9時前に出社し、帰宅は5時または6時。仕事の内容は、営業計画の作成・ジュース製造(Mixing)・会計・瓶詰め・配達・データベース管理などさまざまです。社長の信頼が厚く、社長か自分のどちらかがやらなければならない状態ですから、やりがいはあります。でも、たまには社長に「自分でやれよ!」と叫びたくなることも(笑)。 最初の2年は仕事ばかりで、会社と家を往復し、週末は寝て過ごす状態でしたが、最近になって英語の勉強のためにベルビュー・コミュニティ・カレッジのクラスに通える余裕が出てきました。やはり、忙しいのはいいですね。僕の場合、ひまだとろくなことをしないので(笑)。

若博多会の結成

横尾さんが結成された若博多会について教えてください。

当初は「結成」などは考えず、どうしても福岡弁がしゃべりたくなり、ジャングルシティの掲示板に「福岡弁しゃべる人、お友だちになりましょう」と投稿したのが始まりです。そこで返事をしてきたのが、今では若博多会の副会長をしてくれている美也さんです。そのうちオフ会をしようということになり、会を結成しました。現在は約40名の会員が集まり、12月には忘年会を開催したところです。

いい会になっているようですね。

自分にとって、とてもいい出会いを生んでくれます。これがなければ、まだ週末は家で寝ているかもしれませんね(笑)。 それぞれの人生にはキーパーソンがいて、そのつながりで生き方が変わり、人間が成長していくのだと思います。僕は人に恵まれています。人から得られるものがたくさんあります。ここに来たのもいろいろな人とのつながりからです。みんな、どこかでつながっている。『わらしべ長者』ではありませんが、いろいろな人と知り合いになれば、開ける道もあると思います。

アメリカでの経験から

今では同じプログラムで留学されてくる方の相談相手になっているということですが、これから留学される人に横尾さんならどのようにアドバイスされますか?

相談と言っても、自分の体験を話しているという状態です。少しでも役に立てればと思って。

1) 資源(?)の有効利用
自分の目標のために利用できるものは利用するべきだと思います。「利用」というと聞こえが悪いかもしれませんが、人に助けを頼んだり、クラスで勉強したり、ということも目標に必要であればどんどん採りいれるべきです。また、親が留学の費用を出してくれるというなら、ありがたくいただき、最大限に有効利用しましょう。お金持ちだと「苦労していない」と勘違いする人がいますが、お金持ちでも努力家はたくさんいます。

2) 英語について
英語を上達させたいなら、恥ずかしいという気持ちと、間違えることに対する恐怖感を捨てることが大事だと思います。また、日本語でも、日本人とでもシャイなら、英語でも、アメリカ人とでも同じです。アメリカに来たからと言って、突然明朗に話ができるようになるわけではありません。全体的に言えるのは、みんな引っ込み思案ですね。もっといろいろな人と話すことができれば、自分の成長に役立つと思ってやるしかないでしょう。

3) 自分のケアをする
それから、自分の精神状態をきちんとケアすること。文化の違いや意思疎通が困難であることでストレスがたまっているのに、留学しているのだからと、無理にアメリカ人とだけつきあおうとする人がいます。これはヘルシーではないですね。いろいろな思いを自分の言葉で自由に話すことができる場所を作るのは悪いことではないと思います。ずっと緊張したままではとても疲れてしまい、目標を達成できないかもしれない。たまに日本語で話すことが自分を安定させ、留学生活をラクにしてくれるのであれば、それも利用するべきです。僕の場合はたまに日本人で集まり、みんなで料理をして、リラックスしていました。今も毎週金曜日にバレーボールをしています。そして、アメリカのカルチャーや人について学び、せっかくですからアメリカ人以外のいろいろな国籍の人とも知り合い、視野を広げる。たくさんの人と会い、いいところを吸収していくと、柔軟になります。そうすれば、文化の違いも怒らずに受け止めることができると思います。

4) 目的・目標を明確にする
アメリカとは、なりたい自分になれる国だと思います。しかし、それには自分が目的や目標をはっきりさせることが必要です。そうすれば、周りはどんどん助けてくれます。その反対に、目的や目標がない人には何もしてくれません。黙って助けを待っていても、誰も来てくれません。日本のように、座っているだけで何もかもが出てくる国ではないと思います。

5) インターンシップについて
まず、自分に何ができるのか考えることが必要だと思います。自分が会社の社長の立場になってみれば、会社が自分に何をやってもらいたいのか見えてくるはず。楽しそうだと思えば、トライします。そうでなければ、別のところを探します。また、がんばりすぎないことが大事だと思いますね。努力はしても無理しすぎない。”Take it easy.” と言いますが、これはいい言葉です。

これからの抱負を教えてください。

ずっと先のことですが、どこかで小さなリゾート地を作りたいですね。みんなで遊べる島なんてどうでしょう? それには多額のお金が必要ですが、お金があっても、人脈がなければ何もできない。シアトルでは1人も知り合いがいないところからスタートしました。守るものがないので、なんでも挑戦という気持ちでした。今ではたくさんの友人ができましたが、その気持ちは変わっていません。大学時代からバイト先のクラブやスナックでいろいろな人の考えから学び、視野を広げ、自分を大きくしようとしてきました。これからもそれは変わらず続けていこうと思います。

【関連サイト】
Seattle Specialty Beverage
Orca Beverage
XTZ Industry
若博多会

掲載:2002年1月

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