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カークランド(Kirkland)|歴史と穏やかな暮らしが共存するレイク・ワシントン北東の街

©︎Chris Neir / Courtesy of City of Kirkland
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カークランド(Kirkland, Washington)は、レイク・ワシントンの北東岸に位置する、穏やかな湖畔の雰囲気と豊かな自然が魅力の街です。シアトル中心部から車で約30分ですが、急速に発展するシアトルやベルビューとは対照的に、落ち着いた環境と美しい景観が人気です。

目次

穏やかな湖畔の街並みと暮らし

屋外コンサートなどのイベントが行われるマリーナ・パーク
©︎Chris Neir / Courtesy of City of Kirkland

カークランドのダウンタウンは湖畔に面しており、レストランやカフェ、ローカルの小売店などが集まり、訪れる人々がのんびり楽しめる雰囲気があります。ウォーターフロントではレイク・ワシントンのクルーズが離発着し、夏季には野外コンサートや地域イベントも盛んです。観光地というよりも、自然環境と都市生活のバランスが取れていることから、静かな暮らしを求める人に根強い人気を誇っています。

2000年代以降、カークランドには GoogleTableau Software、PACCAR 傘下の Kenworth Truck Company などの企業が進出し、経済的な活力も増しています。しかし、周辺都市のような急速な高層開発を行わず、景観と暮らしやすさを重視する姿勢を維持したことより、ウォーターフロントの景観は保たれ、静かで落ち着いた街並みが残っています。

歴史と街の成り立ち

©︎Chris Neir / Courtesy of City of Kirkland

街の名前は、イギリス出身の鉄鋼王ピーター・カーク(Peter Kirk)に由来します。1880年代、カーク氏は「西部のピッツバーグ」を目指して鉄鋼業を中心とする産業都市の建設を構想しました。シアトル市内のバラードにあるチッテンデン水門の建設やスノコルミー・バレーの資源活用を視野に入れていましたが、1893年の株式市場暴落により計画は頓挫。工場は一度も稼働することなく閉鎖されました。

しかしその後、造船業と毛織産業が町の経済を支えました。1892年にはワシントン州初の毛織工場が設立され、アラスカのゴールド・ラッシュや第一次世界大戦における物資供給にも活用されました。1930年代後半から第二次世界大戦にかけてレイク・ワシントン造船所(Lake Washington Shipyards)が急速に拡大し、1939年には約300人だった従業員数が1943年には9,000人近くに達しました。造船所は29隻の戦艦を海軍に納品し、戦時中に500隻近くの修理を行ったと記録されています。

戦後、この造船所跡地は再開発され、現在では Carillon Point(カリヨン・ポイント)として高級ホテル、レストラン、マリーナなどが整備されました。「Carillon(カリヨン)」とは組み鐘を意味し、この街の新しい顔として親しまれています。

まとめ

カークランドは、鉄鋼産業を夢見た19世紀の構想から始まり、造船と毛織産業を経て、現在ではテクノロジー企業が集積する街へと変化してきました。しかし、その歩みは他の都市と異なり、急激な都市化ではなく、穏やかな暮らしと美しい景観を守ったものです。湖畔の自然、文化の歴史、落ち着いた街並み。「カークランドらしさ」には、これらなくてはならないと言えます。

参考:U.S. Navy – Lake Washington Shipyards historical recordsCity of Kirikland

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