ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門で準グランプリを受賞した『人の望みの喜びよ -Joy of Man’s Desiring- 』が、3月10日にシアトルの SIFF シネマで上映されます。上映会に先駆けて、杉田監督に見どころを伺いました。
どんな映画?
この映画は震災後の子供たちについての映画です。ただ、震災そのものは描いておらず、被災経験のない人も「ある日突然大切な人を失ったら」という自分の物語として、観ていただけたらと思っています。
タイトル「人の望みの喜びよ」の意味は?
バッハの曲名から来ていて、元々ドイツ語であったものが英語に、そしてさらに日本語に訳されたため、日本語的にはちょっと変な言葉です。この言葉に僕は「人は何を思ってもいいんだ」という、すべてを受け入れるような肯定的なイメージを感じました。
ちょうど東日本大震災の後ぐらいにこの映画の企画を始めたのですが、「絆」とか「がんばろう」とかポジティブな言葉がたくさん聞こえてくるなか、「でも、あの状況で、ポジティブな言葉がかえって誰かを傷つける場合もある」、そんな思いもありました。
「人の望みの喜びよ」は本作品のテーマであり、この言葉に沿って脚本を書き、映画を作りました。
全編の中で一番気に入っているシーンは?
「気に入っている」というか、制作の「覚悟を決められた」という意味では、冒頭のシーンです。主役の少女が震災にあって、倒壊した家の中に両親が閉じ込められているのです。何とか助け出そうとするのですが少女の力では何もできず、火にのまれていくのを呆然と眺めます。目の前で起こったことが想像を超えていて現実をのみこめない、そんな状況を、当時13歳か14歳の子役の女優さんが、何とも言えない顔で表現してくれたんです。この場面は初日に撮影したのですが、彼女のおかげで作品の方向性が決まったというか、映画が本当に完成しそうだと思えました。
日本と海外で評価や反応に違いは?
子供の映画についての考え方に差を感じました。
本作をベルリン国際映画祭で初めてお披露目し、子供審査員によるジェネレーション部門で受賞したのですが、子ども向けの映画だと思っていなかったので、びっくりしました。ベルリンでは観客の半分ぐらいが子供で、審査員である子供たちからもさまざまな意見をもらいました。
それで、日本で公開する時もPTAや教育委員会など子供を対象とする機関にアプローチしてみたのですが、難しかったです。「わかりやすい答えがない映画だから、子供では理解できないだろう」と言われるのです。
今思うと恥ずかしいのですが、実際、僕自身もそう思っていたのです。しかし、ベルリン映画祭のディレクターの一人に、「子供の感性をなめちゃいけない」と言われました。「大人が方向性を決めちゃいけない。子供は勝手に感じて、勝手に考えて歩んでいくんだから。大人は何かあった時に責任をとるだけでいい」と。
制作中にこだわったことは?
子供を主演とする映画を作るのは大変なんです。あまり時間もかけられないし。
例えば、「3歩歩いて立ち止まって、5秒たったらしゃがんでください」という演出方法もあるのですが、それをすると、彼らの心は一つも動かず、心の中で「1、2、3」と数字を数えるだけになります。
しかし、何らかの心の動きにより、座りたいなと思ってしゃがむような場面を作りたいのです。大人目線で子供を描くのではなくて、子供の思いがにじみ出るような。それができなかったらこの映画は失敗で、監督としての僕の背負うべき課題だと思っていました。外側から演出するのではなく、子役の俳優さんには「この前のシーンでこういうことがあったけど、それを見てどう思った?」という話をしました。それでも、僕が思うような表情や動きが出なかったら、ある意味そこはしかたないなと。
では、期待以上のシーンになった例は?
それは、多々あります。特に、弟君のシーンはそうですね。予告にも使われているのですが、ラストでお姉ちゃんに花をあげる時の表情などです。
この場面は15日間の撮影期間の最後に撮りました。どういう顔をするのかは、やってみなければわからなかったし、弟君が実際に何を考えていたかもわからないのだけど、あの時の彼の表情を見て、これまでの撮影で積み上げてきたものは本物だったんだと思いました。
杉田真一(すぎたまさかず)監督
1980年生まれ、兵庫県出身。大阪芸術大学映像学科卒。在学中に監督した短編『夢をありがとう』が新星学生映画祭観客賞受賞。2011年の監督短編映画『大きな財布』が国内映画祭で5つの賞を受賞し、ヨーロッパ、アフリカ、アジアの6カ国の映画祭から招待を受ける。本作『人の望みの喜びよ -Joy of Man’s Desiring- 』は、初の長編監督作品。第64回ベルリン国際映画祭ジェネレーションKプラス部門にて、スペシャルメンション(準グランプリ)受賞、新人監督賞にノミネートされる。2015年春に日本公開され、今回(2016年3月)の上映会はアメリカで初公開となる。
掲載:2016年3月 取材・文:渡辺菜穂子