毎年5月は、ワシントン州の「火山防災月間(Volcano Awareness Month)」です。これは、57名の犠牲者を出し、推定10億ドルの被害をもたらした1980年5月18日のマウント・セント・ヘレンズの大噴火をきっかけに制定されたもので、火山の危険性や災害リスクについて広く認識を深めるために州内各地で関連イベントや啓発活動が展開されます。
この記事では、マウント・セント・へレンズが伝える自然の猛威と復興の軌跡、そして今なお人々を惹きつける登山・観光の魅力をご紹介します。
マウント・セント・ヘレンズとは?|カスケード山脈で最も活発な火山

2023年9月撮影
約4万年前に誕生したとされるマウント・セント・ヘレンズ(Mount St. Helens)は、ワシントン州南西部に位置し、カスケード山脈の中で最も火山活動が活発な成層火山です。
この山はかつて、その美しい円錐形から「アメリカの富士山(Fujiyama of America)」とも呼ばれていました。
ネイティブ・アメリカンはこの山を「Louwala-Clough(煙を出す山)」と呼んでいましたが、18世紀にこの地域を探検したイギリス海軍のジョージ・バンクーバー艦長が、友人であるセント・へレンズ男爵にちなんで命名しました。
1980年の大噴火:火山活動の前兆と被害
噴火日時:1980年5月18日(日)午前8時32分
2カ月前から1万回を超える地震、100回以上の蒸気噴出、北側斜面の大規模な膨張など前兆が続いたのち、マグニチュード5.1の地震をきっかけに大噴火が発生。
- 北側斜面が崩壊し、大規模な岩屑なだれがスピリット・レイクに激突、そのまま標高400メートルの尾根を越えてタウトル・リバー沿いに約22km下流へと流下
- 岩と氷の崩壊が火山内のガスを急激に放出し、横向きの大爆発が発生
- 山頂の約400メートルが吹き飛ぶ
- 時速数百キロで進む火山性の爆風が森林をなぎ倒し、約390平方キロの範囲に壊滅的被害
- 火山灰は高さ約19キロまで上昇し、灰の雲がワシントン州東部一帯を覆い、太陽光を遮断
- 熱泥流、軽石流が山麓を襲い、数分で山の風景を一変
- 死者57名
- 道路・鉄道・建物に甚大な被害
- 航空機エンジンが火山灰で深刻な影響を受ける
- ラハール(土石流)が27の橋と約200軒の住宅を破壊
- 約7,000頭の大型動物や1,200万匹の魚も犠牲に
この噴火は、世界史の面から見ると例外というほどの規模的ではなかったものの、1914年に噴火したカリフォルニア州のラッセン・ピーク以来、米本土で66年ぶりの火山噴火として記録され、大きな注目を浴びました。
ワシントン州の「火山防災月間(Volcano Awareness Month)」
ワシントン州の「火山防災月間(Volcano Awareness Month)」は、地域住民が自分たちの暮らす地域に存在する火山の危険性を知り、備えるきっかけとなる重要な機会を作ることが目的です。
マウント・セント・へレンズの噴火を機に、火山観測・警報体制が大きく前進しました。

現在の火山活動状況と防災
その後、2004年~2008年にかけて小規模な噴火活動が再開。
- 新たな溶岩ドームの形成
- 最大警戒レベルへの引き上げ
- 一部エリアへの立ち入り制限
2025年5月現在は活動は沈静化しており、ガス量も少なく、大規模噴火の可能性は低いと見られています。全米火山早期警報システム(NVEWS)のもと、米国地質調査所(USGS)がマウント・セント・ヘレンズを含むカスケード火山帯を継続して監視しており、火山噴火の予測精度や警報体制も年々強化されています。
米国地質調査所によると、マウント・セント・へレンズはカスケード山脈にある他の火山と同じく、溶岩や火山灰などの火山噴出物が左右対称の円錐状に何層にも重なってできたいわゆる成層火山(stratovolcano)で、噴火が大規模になる傾向があります。ハワイにある傾斜が緩やかな盾状火山(shield volcano)は、一般的に噴火が爆発的ではなく、活発な火道(vent)から出る溶岩が長い距離を流れるのが特徴です。
登山とハイキング情報(登山許可証が必要)

マウント・セント・ヘレンズへの登山には、年間を通じて「登山許可証(Climbing Permit)」が必要です。特に4月1日~10月31日は1日あたりの登山人数が制限され、Recreation.gov での事前予約が必須となります。
登山許可証(Climbing Permit)の取得方法(2025年版)
- 許可証は毎月1日午前7時(PST)に、翌月分が Recreation.gov にて発売
- 予約後14日前から印刷可能。印刷前であればメンバー・人数の変更が可能
- 火口内への立ち入りは厳禁
期間 | 人数制限 | 料金 | 発行方法 |
---|---|---|---|
4/1~10/31 | 人数制限あり | $20/人・日 | Recreation.gov で事前購入・印刷 |
11/1~3/31 | 制限なし | 無料 | トレイルヘッドで自主発行 |
注意点

Photo by Awar Meman on Unsplash
- 許可証と身分証明書の携帯が必須
- 登山道は、標高8,365フィートの火口縁(crater rim)まで片道5マイル(約8km)、登山口との標高差は4,500フィート(約1371m)、平均所要時間は7~12時間
- ドローンやペットの同伴は禁止(または強く推奨されていない)
- 登山前後にトレイルヘッドの登山者登録簿に記入し、安全対策を徹底

観光スポット・ビジターセンターと火口からの距離
Windy Ridge Viewpoint(ウィンディ・リッジ展望台)【火口から約6.4km】
- スピリット・レイク、軽石平原、火口ドームを一望できる
- フォレスト・ロード99経由でアクセス(季節や道路状況によって通行制限あり)
Johnston Ridge Observatory(ジョンストン・リッジ展望台)【火口から約8km】

Photo by Dave Hoefler on Unsplash
- ※2023年5月の土砂崩れにより、現在は閉鎖中(再開は2027年以降の見込み)
- 展望台は爆風の中心地に位置し、噴火や自然再生に関する展示が充実
ジョンストン・リッジ展望台は閉鎖中:2024年5月14日、大規模な地滑りが発生し、マウント・セント・ヘレンズ国立火山記念碑の北側にあるジョンストン・リッジ展望台へ続く道路の上部区間、SR 504が閉鎖されています。現時点で、再開予定は2027年となっています。
Castle Lake Viewpoint(キャッスル・レイク展望台)【火口から約11km】
- 火口とキャッスル・レイクの両方を眺められる展望ポイント
- 州道504号線のマイルポスト40付近に位置
Elk Rock Viewpoint(エルク・ロック展望台)【火口から約13km】
- タウトル川渓谷と山の景観を見下ろせるポイント
- 州道504号線のマイルポスト37付近に位置
Mount St. Helens Visitor Center(マウント・セント・ヘレンズ・ビジターセンター)【火口から約48km】
- シルバー・レイク西岸にあり、展示や映像で噴火の歴史を学べる
- シークエスト州立公園内に位置
Forest Learning Center(フォレスト・ラーニング・センター)【火口から約27km】
- 森林と火山に関する展示や、エルクの観察も可能
- 州道504号線のマイルポスト33付近に位置
Spirit Lake(スピリット・レイク)【火口から約7km】
- 噴火で壊滅的被害を受けた湖
- 現在も倒木が湖面に残る

Photo by Peter Robbins on Unsplash
防災と自然再生への学び

マウント・セント・ヘレンズは、火山の脅威と同時に自然の復元力を実感できる場所です。
1982年に「火山国定公園(National Volcanic Monument)」に指定され、調査・教育・レクリエーションの拠点として整備されてきました。火山活動の影響を自然に任せるという方針のもと、森林の再生や野生動物の回復も観察されています。夏季には、エメラルドグリーンのメタ・レイク、アメリカで3番目に長い溶岩洞「エイプ・ケイブ」なども人気です。
毎年5月の火山防災月間を機に、火山の仕組みや噴火への備えを学び、自然との共存を考える機会として活用してみてください。