ワシントン州南部スティーブンソンの森林に佇む『Tenzen Springs & Cabins（テンゼン・スプリングス＆キャビンズ）』は、1970年代に日本からオレゴン州ポートランドへ移住した吉田さん一家が、30年の歳月をかけて完成させた温泉リゾートです。シアトルから車で約3時間半、コロンビア・リバーを見下ろす山の中腹にあり、向こう岸はオレゴン州。周囲を原生林に囲まれた静寂の地に、洗練されたキャビンが点在しています。
テンゼンへと続く一本道を登ると、両側に先代が植えた桜の木が並び、まるで日本の初春を思わせる光景が迎えてくれました。
森に包まれた温泉リゾート
約100エーカーにおよぶ広大な敷地は、自然保護地域にも隣接し、シルバースター・シーニック・エリアやウィンド・マウンテン、コロンビア・ゴージ国立景観地域の雄大な景観を望むことができます。
（遭遇したら、背中を向けず、静かに後退りするのがベスト）
滞在中、早朝に敷地内を散歩していると、森から野生のエルク（elk）の群れが現れました。静けさの中、風の音と鳥の声だけが響き、自然の息づかいを間近に感じます。
時間がゆっくりと流れる場所で、特に何をするでもなく、温泉に何度も入り、読書をしたり、森を散歩したり、ぼーっとしたりするのが、この地の過ごし方にいちばんよく似合います。
源泉掛け流しの温泉
先代が20年をかけて掘り当てた温泉は、地下約3,000フィートから湧き出る天然の湯。吸い上げ時点で約130℉（約54℃）と高温で、露天風呂では約105℉（約41℃）に調整されています。ワシントン州の法律により「吸い上げた温泉は浄化して源泉の水脈に戻す」ことが義務付けられており、その水脈を探し当てるためにさらに10年を費やしたといいます。
この温泉は先代が奥様の健康回復のために掘り始めたものでした。医療的な支援に頼るよりも自然の力で体を整えたいという想いが出発点だったと、現オーナーの吉田さんは語ります。
キャビンのデザインと設備
キャビンは大人2人までの宿泊に適した造りで、大人専用の静かなリゾートとして設計されています。床暖房、クイーンサイズのベッド、キチネット、冷蔵庫、マルチオーブン、調理器具を備え、滞在中の簡単な自炊や、持参した食事を温めることも可能。チェックイン時にはサイドテーブルに小菓子が添えられたささやかな心配りには、日本的なもてなしの心が感じられます。
トイレは便座・床暖房付き。バスローブはとても柔らかくて着心地がよく、キャビネットには洗面用具やサンダルなどまで揃っていて、温かい心遣いを感じました。
別室になっているシャワーにはスチームバス機能を搭載。ボタンひとつで強力なスチームいきなり熱いお湯に入ると心臓にも負担がかかるので、ここで体を十分に温めること。そしてドアを開ければ、そこには温泉が！
この露天風呂は完全プライベート空間で、空を見ることができるよう設計された屋根付き。外から見えず、天候や時間を気にせずに入浴できます。外気を感じたいときや、パティオでくつろぎたいときは、裏庭に面したドアを開けるだけ。好きな時に露天風呂に向かうという贅沢な流れを、何度でも楽しめます。
滞在した二日間の最初の夜は、ちょうど満月。温泉から美しい月を眺めることができました。続いて満点の星空、淡い朝焼け、そして異例の寒波による粉雪と、どんどん変化していく自然を、湯気が立ち上る湯船から眺めるひとときは、とても記憶に残るものとなりました。
受け継がれた志と家族の絆
先代はリゾートの開業を見ずに亡くなられましたが、その意志は息子さん一家に受け継がれ、コロナ禍という困難な時期を乗り越えて完成・開業に至りました。敷地に植えられた桜の木や、あちこちに置かれた大岩は、先代が「いつか開業の日を迎えたときのために」と用意していたもの。
健康のために始めた小さな夢が、やがて地域に根付き、人々を癒やす温泉リゾートとして受け入れられる――この地を訪れると、吉田さん一家の努力と信念に深い敬意を抱かずにはいられません。
周辺情報
外食したい場合は、車で約10分のカーソン（Carson）やホワイトサーモン（White Salmon）の町にレストランやカフェが点在しています。静かに過ごしたい場合は食材や調理済みの食事を持参すれば、自然と向き合う時間と、丁寧に整えられたキャビンの設備で十分に満たされるはずです。
『テンゼン・スプリングス＆キャビンズ』は、ひとつの家族の想いと努力が形になった場所。自然に感謝し、人の心を思いやる精神が息づくこのリゾートは、訪れる人に「静けさ」と「ぬくもり」を教えてくれます。