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第6回 グーギー建築

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筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

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写真1: 1959年型キャデラック

1940年末期から1960年半ばごろまでに商業建築を中心に流行った様式で「グーギー建築」という様式をご存知の方もいるかも知れない。1949年にロサンゼルスで建築家フランク・ロイド・ライトの下で働いたジョン・ラトナーが設計したグーギーズ(Googie’s)というコーヒー・ショップの名に由来しているこの様式は、以下のような特徴を持っている。

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写真2: オーロラレンツ社屋(8800 Aurora Avenue North, Seattle, WA 98103)

  1. 建物の軒先が飛び上がっている。
  2. SF 小説に出てくる惑星基地のようなコンクリート状のドーム屋根がある。
  3. 建物の中が一目でわかるような大きなガラス板の壁を多用する。
  4. 屋根がブーメラン状の形状になっている。
  5. 星型のモチーフを多用する。
  6. むき出しの鉄骨材が建物内外に使用される。
  7. 円盤形のモチーフが建物の随所に見られる。
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写真3: ストーンワールド社屋 (6166 4th Avenue South, Seattle, WA 98108)

歴史的背景に言及すると、グーギー建築は明らかに当時のアメリカの時代の世相に強く影響を受けている。第二次世界大戦が終わり、多くの家族が戦後の車社会化の波に乗って郊外に住宅地を伸ばしていく中、いわゆるファミリー・レストラン形式のコーヒー・ショップが街中のレストランにとって変わるようになった。顧客を掴むため、これらのコーヒー・ショップは走っている車中からわかり易いように、今までにはない斬新な幾何学形の建物の形になった。

また、戦前まで建築様式のはやりだったアールデコ様式は大陸横断ディーゼル機関車に代表されるような、直線的なデザインであった。

1950年代になると、新しいジェット機や宇宙ロケット、原子力科学が大衆の生活の中に入り始め、これらが飛行機の翼を想像させるような軒先、ブーメラン状の屋根、また半重力的な構造を強調するような鉄骨材の形、SF 小説に出てくるような宇宙を飛び回る円盤のような形に反映されようになる。これらのデザインのトレンドは必ずしも建築の分野だけに留まらず、自動車、家具、インテリア・デザインにも影響を及ぼしていたようだ(写真1)。

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写真4: ウェストファイブバー&ラウンジ(4539 California Avenue SW, Seattle, WA 98116)

グーギー建築のもともとの発祥の地である南カリフォルニアにはまだかなりの数のグーギー建築、いわゆる「ダイナー」と呼ばれるレストランが残っている。

シアトル近辺では、グーギー建築の本来の姿で使われていたバラードのデニーズが2008年に取り壊されてしまって以来、レストランとして残っているものは残念ながらほとんどないようだ。ロイヤルハイツにあるオーロラレンツ社の建物(写真2)は飛び上がった軒先、ダイナミックな屋根構造、外から中が見渡せる大きなガラス窓といったグーギー建築の特徴があり、明らかにかつてはレストランであったことが伺われる。ジョージタウンにあるストーンワールド社の建物(写真3)もかつてはグーギー建築レストランであったことが外見から見て取れる。最近レトロ風に改築されたので歴史的なグーギー建築ではないが、ウェスト・シアトルにあるウェスト・ファイブというラウンジ・スタイルのレストランは、細かいディテールにこだわりが感じられる往年の雰囲気を醸し出したおもしろい空間だ(写真4)。

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写真5: スペースニードル

これらのグーギー建築は当時、全国的に流行したにもかかわらず、建築学会ではほとんど評価されなかった上、1980年代の商業化の波に飲まれ、一部の建築分野に影響を与えたものの、多くが保存されることなく破壊されてしまった。1980年代の末期からわずかながら建築的価値を見出され一部が保存されることになったが、シアトル近辺では今は恐竜の骨のように、当時をしのぶことも難しいぐらいだ。

その中で、シアトルを象徴する建築物であり、1999年に歴史的保存建築物に指定されたスペース・ニードルは唯一竣工当時の姿で利用されているグーギー建築物でないだろうか。ジョン・グラムが1961年にシアトル世界博のために設計した高さ605フィートを誇るスペース・ニードルはあらゆる意味でその当時のアメリカ人の心の中にあった、これから来るべき宇宙時代を示唆する設計であった。宇宙服ホワイトと言われる真っ白いスレンダーなコンクリートの6本足の上にある円盤状の観覧台とレストランは、50年前に発射しそこなった宇宙船のようにも見えるが、1960年台のアメリカを代表する空に浮かぶタイムカプセルと言えるのではないだろうか(写真5)。

掲載:2010年6月

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