海外で長く暮らしていると、日本では簡単に手に入るものや、わざわざ自分で作ることがなかったものも、自分で作らなければ食べられないことがあります。それをきっかけに、普段は意識していなかった食材のことや、自分のルーツ、食文化に気づかされることもあります。
『和らぼキッチン(WA-LABO KITCHEN)』を立ち上げたオーヴァリー真智恵さんにとって、それは日本の発酵文化でした。納豆づくりをきっかけに麹と出会い、学び、商品として形にしていくまでについて伺いました。
秋田出身の祖母が営んでいた小料理屋
今は亡き祖母は秋田出身で、郷土料理の小料理屋を営んでいました。座敷テーブルが2つ、カウンターに10人ほど座れるこぢんまりとした店で、名物はきりたんぽ鍋。毎日くる日もくる日も着物に割烹着姿、髪は女将さんというにふさわしくアップにしていたお決まりの姿で、50年以上も一人できりたんぽを一から作り、店を切り盛りしていました。
私はおばあちゃん子だったこともあり、幼い頃からその姿を見て育ちました。普段は優しい祖母がとても険しい表情で炭を起こし、きりたんぽを一本一本ひっくり返し焼いていた姿は一生忘れないと思います。あの香ばしい匂い、特に焼きたてでしか味わえない、砂糖醤油で食べる秋田こまちで作ったきりたんぽの美味しさは今でもはっきりと覚えています。料理は特別なものではなく、毎日の延長線上にあるもの。お客さんとの会話や仕込みの音の中で育った私にとって、料理のルーツはそこにあると思っています。
「ないなら、自分で作ろう」

米海軍で横須賀に駐留していた夫と出会い、結婚して、2年後の2010年にアメリカに来ました。言葉も文化も違う環境で、最初は目の前の生活をこなすことに精一杯でした。
でも、なかなか子どもに恵まれなかったので、6〜7年が過ぎた頃、日本に戻って不妊治療を受け、幸いにも一度の治療で息子を授かることができました。そんな経験から、アメリカに戻ってからは、息子にはルーツがある日本の食べ物を身近に感じてもらいたい、また、よりナチュラルなものをと考えるようになりました。
でも、私が住んでいる場所はシアトルまで車で1時間ほどかかり、シアトル市内に比べ日本の食材が手軽に手に入らず、幼い子どもとシアトルまで頻繁に行くのは大変。当時はまだ今のように配達サービスなども発達していなかったこともあって、祖母がないものは手作りしてていたことをふと思い出したのです。
周りでも納豆を自作してる方たちがいることもきっかけとなって、納豆を自作し始めました。最初は粘りが少なかったり豆が硬かったり、いろいろな種類の豆やひきわり納豆を作ったりと試行錯誤を重ねるうちに、今度は発酵の魅力に目覚め、今に至ります。
麹調味料との出会い ー「なんだこれは」

日本には発酵食品がいろいろあると思い出し、初めて塩麹を使ってみたとき、「なんだこれは」と思いました。こんなにシンプルなのに、味がぐっと深くなり、お肉まで柔らかくしてしまう!
その体験が、麹そのものへの興味につながりました。
そして、2024年に日本へ帰省した際、麹について学ぶ講座に参加しました。三日間集中して学ぶ中で、「これをアメリカに持って帰って、もっとたくさんの方に食べてもらいたい」「好きなものを突き詰めていきたい」と強く思いました。
ヴァション・アイランドの『Japan Festival』に出店

キムチや味噌、ザワークラウトなどの発酵食品がすでに販売されていて、発酵食を理解してもらいやすかったこともあり、製造販売のための検査や許可も思っていたよりスムーズでした。それまで「許可なども大変だろう」と思って尻込みしていたのは何だったのだろうと思ったものです。
そして、2024年の夏、ヴァバション・アイランドの友人に誘われ、『Japan Festival』に出店させていただきました。その前の年の2023年に同じイベントに行った時に「せっかく日本のことを知ってもらえる素晴らしいイベントなのに、日本食が少なくて、もったいない」と思ったのがきっかけです。

塩麹で漬け込んだチキンを乗せ、カレーペーストも麹とスパイスを調合し作った塩麹チキンカレーや醤油麹煮卵、自家製キムチを乗せたスタミナ丼を出してみたところ、想像以上に多くの方が興味を示してくれました。
「これは何?」「どうやって使うの?」と声をかけてもらい、そのやりとり一つ一つが自信につながりました。
たまたまそこでお隣のブースでお弁当を販売されていた『Kozmo Kitchen』の小泉佳奈子さんとの出会いもあり、そこから輪が広がりました。そして、昨年シアトルでのドジャース対マリナーズ3連戦の際、日本人選手陣に『Kozmo Kitchen』さんが食事を提供された時、私の納豆や甘酒も使っていただいたのです。
麹から作る商品のアイデア

左から:塩麹、麻辣麹、甘麹、甘酒ドリンク、納豆
数年前に探究心から「麹を一から作ってみよう」、その次は「これをどういうふうに使おうか」と、今思うとまさに幼い頃から見ていた祖母の姿を思い出していました。
最初は自分がよく使う塩麹や醤油麹といった調味料から始めました。そして、夫が辛いものが好きなこともあり、麻辣麹を作ったてところ、これが「何にでもあう」といっていただくことが多いベストセラーになっています。
そこから、麹をもっと身近に感じてもらえて手軽にとれるものはなにかと考え、お米100%でできたグルテンフリー、アルコールフリー、砂糖なしの甘酒ドリンクができました。スムージーのような飲み口で、腸活にももってこい。ピラティススタジオを経営する夫の姉やそのスタジオに来る方々からもフィードバックしてもらい、今では『Amazake drink』として少しづつ知られてきていることを嬉しく思います。
オリジナルのフレーバーのほか、オーガニックにこだわった抹茶やストロベリー、チョコレートのような味のカカオフレーバーを用意しています。
甘麹(あまこうじ)は食べるタイプの甘酒で、お米のつぶつぶ食感を残し、そのままスープンですくって食べたり、ヨーグルトに入れたり、ベーキングなど砂糖の代わりに使うことができます。
そんなふうに、麹一つで、「飲む」「料理に使う」「砂糖の代わりに使う」というように、いろいろな人のニーズを考え、今のラインナップになりました。
日本人には馴染みがある納豆は、アメリカ人にとってはまだまだテクスチャーや風味などの問題からハードルが高い。でも、「ヘルスベネフィットがあるのは知っているよ」と興味を示してくれる方も。これは、これからのチャレンジだと思っています。
丸太商店での取り扱いがスタート。これからの展望

私が拠点としているタコマ周辺は、シアトル中心部に比べると、日本食材を手に入れる選択肢は多くありません。月に一度まとめて買い出しに行く方もいます。だからこそ、「身近な場所で手に入る」ことに意味があると思っています。
大きく広げるのではなく、まずは足元の地域から。南部エリアでも日本の発酵文化に触れられる環境を少しずつ作っていきたいと考えています。

パートナーとの出会いからアメリカに移住する機会を与えられましたが、今はこの場所に来られたこと、生活ができていること自体に感謝しています。また、今まで学校や職場などで出会ってきたたくさんの方々との出会いも、今の思考になったきっかけとなっています。
今は移民対策の問題もあり、来たくても来られない人もいます。そうした状況を考えると、自分にしかできないことは何だろうとより深く考えるようになりました。
言葉や文化の違いのバリアを乗り越えて、信じて続けていけるものに出会えた。それが麹だったと思っています。
最近ではシアトルのジョージタウンにある丸太商店さんで商品を取り扱っていただけることになりました。昔ながらの雰囲気を残しながら、最近ではスモールビジネスの商品も積極的に扱っているお店で、初めてお話に伺った時、快く受け入れてくれました。
まだまだ少量生産ですが、少しずつ体制を整えて、将来的には安定して麹商品を提供できるよう展開していきたい。そのためにもまずは地元で信頼を積み重ねていこうと思っています。
聞き手:オオノタクミ

