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シアトル留学生カフェ探訪 第51回 『Panama Hotel Tea and Coffee House』

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みなさん、こんにちは!文です。

先日、OPT を取得し、アメリカの会社にて有給で働いています。昔から海外で働いてみたいと思っていた私にとって、OPT は今回シアトルへ来た大きな目的のうちの一つでした。初めてのアメリカでの仕事と車通勤。日本で数年間の社会人経験があるにもかかわらず、勤務開始日の前日は緊張してよく眠れませんでした。夢の実現と言えば聞こえはいいものの、実際は働く感覚を思い出すのに必死です。

しかし何事もプラスに考えることを心掛けている私。手始めに毎日、片道30キロの道のりを運転して会社に着き、帰宅するだけで、「今日も無事に帰ってこられた!」と自分で自分を褒め称えています。

そんな、新たな環境に気合いを入れ直す私にも、『シアトル留学生カフェ探訪』 での最後の記事を書く時がやってきました。

今回は、この企画が始まった当初からずっと読者の皆様にご紹介したいと心の中で温めていた、とっておきのカフェをご紹介したいと思います。

それでは 『シアトル留学生カフェ探訪』 第51回のスタートです!

Panama Hotel Tea and Coffee House

さまざまなバックグラウンドを持つ人が行き交うシアトルの中でも、アジア文化の中心街として発展してきたインターナショナル・ディストリクト。中華料理やベトナム料理、日本食が手に入る宇和島屋などがあることで知られていますが、実はここに、太平洋戦争が勃発するまで日本街と呼ばれる地域があったことを皆様はご存知でしょうか?

Panama Hotel Tea and Coffee House

その一角にあるのが、『Panama Hotel Tea and Coffee House』。その名前からもわかるようにホテルに併設されており、その一階にあたる部分がカフェ(以下パナマカフェ)なのですが、公式サイトを見てみてもメニューなどの記載はなく、あるのは住所と写真のみ。

実は、こちらのカフェでバリスタとして働いている友人のリリーに教えてもらうまで、このカフェについては見たことも聞いたこともありませんでした。しかし、初めて足を踏み入れた時、入口に飾ってある大きな杵と臼、日本人の方が写った写真を見た時、「これが本当にカフェ?」と思ったことをよく覚えています。

Panama Hotel Tea and Coffee House

扉を開けると、壁にはたくさんのモノクロ写真や色褪せた新聞。さらに入り口を入ってすぐのペイストリー類の前には「PANAMA HOTEL HAS BEEN DESIGNED A NATIONAL HISTORIC LANDMARK」と刻まれたプレートが。

Panama Hotel Tea and Coffee House

ついつい見入って注文するのをしばし忘れていました。メニューを見上げると、コーヒーだけでなくハーバルティー、お酒の記載も。キャッシャーの横に40種類もの茶葉が入った瓶がズラリと並ぶ様は圧巻です。

コーヒーはオーナーのジャンさんがアートを学ぶためにイタリア留学していた頃からのお気に入りであるイタリアの老舗ブランド、LAVAZZA のものを、茶葉は RISHI のものを使用しています。バリスタにお願いすれば、茶葉の香りを嗅ぐこともできます。

Panama Hotel Tea and Coffee House

バリスタのルイスさん。ほうじ茶ラテの茶葉の香りを嗅がせてくれました。以前働いていたカフェの常連客だったジャンさんとお話しするうちにその人柄に惹かれ、パナマカフェで働くことに決めたそう。

また抹茶、セサミ味の2種類のクッキーはフィニー・リッジでレストラン『Modern』を経営する日本人パティシエの田中セツコさん(Setsuko Pastry)から仕入れています。

Panama Hotel Tea and Coffee House

ほうじ茶ラテはよくオーダーするのですが、日本人の方の手作りと知り、今回初めてクッキーもオーダーしてみました。手作りならではの素朴な味わいで、ほうじ茶ラテともよく合います。

個人的にクッキーはカントリーマアムのような柔らかいアメリカンスタイルのものではなく、日本でよく売られているようなサクサクして歯ごたえのあるものが好きなので、シアトルでそんな日本風のクッキーに出会えてとっても満たされた気分です。

Panama Hotel Tea and Coffee House

店内では古い木や籐で編まれた大きめの椅子、古いレコードがどこか懐かしいような雰囲気を醸し出しています。壁のレンガはこのカフェの入っているホテルが操業開始した1910年当時のものをそのまま使っているんですね。

Panama Hotel Tea and Coffee House

注文を待っている間、奥にある階段を下りると、博物館のような光景が広がりました。

Panama Hotel Tea and Coffee House

一階に戻り、先ほどのプレートに書かれた文章を読んでみると、このカフェが入っているパナマホテルがかつて日本からアメリカに移住した人々にとっても、アメリカにとっても、重要な建造物であるとのこと。さらに、地下には橋立湯(はしだてゆ)という日系人向けの公衆浴場まであったという記載がありました。

Panama Hotel Tea and Coffee House

実は、パナマホテルは2006年にアメリカの国定歴史建造物に指定されており、9年後の2015年にはナショナル・トラストにシアトルで唯一の国宝にも指定されている建物なのです。

店内を入ってすぐ右手に飾ってある、先ほどの色褪せた新聞もよく読んでみました。するとなんと、1902年から今に至るまで続く日本人向け情報誌、The North American Times(The North American Post 北米報知の前身)が第二次世界大戦開始後の1942年3月12日に発刊したもので、戦争による日系人の強制収容に伴い、明日以降は新聞が発行できなくなり、いつ再開できるかもわからないと読者に伝える内容ではありませんか。

Panama Hotel Tea and Coffee House

なぜこんなにも多くの歴史的意義のある文化財がこのカフェに?私を含め、多くの日本人が知らないことがこのカフェにはたくさんある・・・。

そこで、ぜひオーナーのジャンさんにお話を伺ってみようと、暇を見つけてはこのカフェに通いました。実はジャンさん、ご高齢であることとホテルのオーナーも兼任していることもあって、ほとんどカフェにはいらっしゃいません。

それどころか、バリスタの方々や地元の常連のお客さんの中でもなかなかお目にかかれないことで有名な方。メールしてもお返事はなく、電話もなかなかつながりません。しかしあきらめが悪い私は張り込みを続け、どうにかジャンさんとお会いすることに成功しました!

Panama Hotel Tea and Coffee House

オーナーのジャン・ジョンソンさん。手に持っているのは、重要文化財の保護及び日米の友好親善に貢献寄与した功績をたたえ、在シアトル日本国総領事から表彰された際に送られた勲章。表彰状も店内に飾ってあります。

ジャンさんにこのカフェについて記事を書きたいと伝えると、この建物が持つ歴史について教えてくださったうえ、なんと不定期開催のカフェ地下ツアーに招待してくださいました!

Panama Hotel Tea and Coffee House

カフェの入り口から少し離れたところにある地下浴槽への入り口。この扉もジャンさんが作ったものです。

第二次世界大戦中、大統領令9066号の発令に伴い、アメリカに在住していた日系人は強制収容所へ送られることになりました。当時シアトルの日本街などに住んでいた日系人はおよそ8,500人。出稼ぎ労働者として過酷な日々に耐え、祖国を思いながら働いてきたにもかかわらず、ほぼ着の身着のままで住むところを追われることになった彼らの大切な家財道具を保管する役目に名乗りをあげたのが、パナマ・ホテルの当時のオーナーだった日系人のタカシ・ホリさんでした。1910年の創業以来、多くの日系人の心の拠り所であったパナマ・ホテルの地下室は、強制収容所へ送還される日系人の倉庫となりました。

Panama Hotel Tea and Coffee House

ジャンさんが見せてくださった資料

しかし終戦後シアトルに戻ってきた日系人は少なく、収容先で亡くなる方も多くいらっしゃいました。そんなわけで、店内にもたくさんの展示物がありますが、実はカフェの地下にはさらに多くの家財道具などがそのまま保存されているのです。そして、あのプレートに記載されていた橋立湯の浴槽も現存していました。

そのパナマ・ホテルをなぜジャンさんが経営することになったのでしょう。実は、地下に眠る日系人の家財道具とともにパナマ・ホテルをホリさんが手放そうとしているという知らせを受けたジャンさんは留学先のイタリアから戻り、シアトルで起きたことをシアトルで保存し公開していくため、この建物を買い取ることを決めました。

当時は仕事もお金もなかったそうですが、仕事を見つけて働きながら10ヶ月間パナマ・ホテルに通いつめ、その情熱にほだされたホリさんからようやく買い取ることを認められたのは1983年のことでした。歴史とアートを勉強していたこともあり、いつか日系人のミュージアムを作りたいと思い続けていたジャンさんは、2000年にホテルの1階部分をカフェとしてオープンします。そして、建物の買い取りから今に至るまで36年間、このホテルとカフェを訪れる人々に地下ツアーを提供したり、お店の中で資料を見せたりすることで日系人の歴史を伝え続けてきました。

Panama Hotel Tea and Coffee House

訪れたお客さんたちにホテルとカフェについて語るジャンさん

実は、日本街については、ワシントン州日本文化会館に勤めるグラフィックデザイナーの中村有理沙さんが中心となって制作された地図が発行されており、ウォーキングツアーも開催されているのです

カフェに展示されているすべてのものがジャンさんによって守られてきたということを知り、このお店を教えてくれた友人であるリリーに感謝するとともに、日本人であるにも関わらず一切その史実を知らずシアトルで生活していた自分がなんだか恥ずかしく思えてきました。

ちなみにリリーも日本人で、このホテルとカフェに出会った際、その歴史とそれを伝える役目を果たしていることに感銘を受け、日本人である自分にしかできないことがあると直感で感じたそう。そしてその思いを伝えるべく何度もジャンさんを訪ね続けた結果、ここで働くことが実現しました。

Panama Hotel Tea and Coffee House

お店の中の様子に話を戻します。階段下には手書きの大きな地図が置いてあります。これは日本街に日系人が住んでいた頃の街並みを書き起こしたもので、Jackson Streetなど今でも使用されている通りの名前からNAKANO TAILOR、TACHIYAMA BARBERなど当時の人々が経営していた店名まで詳細に知ることができます。

Panama Hotel Tea and Coffee House

このかわいらしいピアノは、誰でも自由に弾くことができます。週に何度かピアノを練習しに来るお客さんもいらっしゃいます。以前訪れた際はその方の演奏に合わせて他のお客さんが踊っており、さながらレトロなダンスホールと化していました(笑)。

実は4歳から19歳までピアノを習っていた私も、少しだけ弾いてみました。見たことのないメーカーのものだったのでその場で調べてみたところ、今はアンティークショップでしか取り扱いのない大変貴重なものであることがわかり、このカフェは一体どれほどのポテンシャルを秘めているのか・・・!と個人的にものすごくテンションが上がってしまいました。

Panama Hotel Tea and Coffee House

パナマカフェに来るといつも感じることがあります。それは時間の流れが本当にゆったりしていて、そこにいるお客さん全員が家でくつろいでいるかのようにリラックスしていること。そして、日本人である自分にこれから何かできるかということ。

一杯のコーヒーやお茶以上に価値のある歴史とジャンさんの思いに触れることができる場所がシアトルの繁華街の中にありながら、日本人でさえその存在について知らないという人が多いのが現状です。

Panama Hotel Tea and Coffee House

ジャンさんはこの日も、貴重な時間を割いてたくさんの資料を見せながらお話をしてくださいました。

最近のカフェはSNSで積極的に情報を発信していることがとても多いと思います。しかし、こちらのお店にはデザインの凝った公式サイトやメールマガジンもなければ、インスタグラムのアカウントもありません。

ここシアトルにも有名なロースターや手の込んだオリジナルドリンクが飲めるお店、インスタ映えするラテアートやスタイリッシュでおしゃれなロゴがある、そういったカフェがたくさんあります。正直言ってパナマカフェはそういったお店とはかけ離れているようにも思います。でも、実際に足を運んで、ジャンさんやバリスタの方々とお話しながら写真や新聞を見れば、コーヒーやお茶を片手にくつろぎながらインターネットなどで簡単に知ることのできない歴史や文化を学ぶことができる。それこそが、パナマカフェの魅力なのです。

シアトルに来てからというものの、たくさんの出会いに恵まれ、自分は今まで何をしてきて、これからどのように生きていくのかということを日々考えてきました。留学という人生の中でも限られた時間、特に私の場合は社会人を経て再び学生へ戻るということで、より自分にプレッシャーをかけなければという思いが強くありました。つらい時や落ち込む場面も多々あります。そんな時、このカフェに来てほうじ茶ラテやコーヒーをすすりながら課題に取り組んだり、常連のお客さんとバリスタの方々が会話に花を咲かせる姿を見つめたり、時には自分もその輪の中に加わったり・・・

パナマカフェとジャンさんとの出会いを通じて、お客さん一人ひとりがのびのびと充実した時間を過ごし、体だけでなく心も温めに来られるような場所、それこそがカフェのあるべき姿なのだと改めて思いました。

Panama Hotel Tea and Coffee House

冒頭でも申し上げた通り、このブログでの私の執筆はこれが最後になります。いつも読んでいます、毎回楽しみにしていますと声をかけてくださった方、快く取材に応じてくださったカフェで働く方々。そして何よりこのような機会を提供してくださったジャングルシティさんに、この場をお借りしてお礼申し上げます。

私が書いた文章で少しでもシアトルのカフェの魅力やそこに息づく文化、思いが皆様に伝わったなら、この企画に参加してよかったなぁと心から思います。

・・・と、最終回のようになってしまいましたが、カフェブログのリレーはまだまだ続きます!そして私も『シアトル留学生カフェ探訪』からはいったん卒業となりますが、ジャングルシティさんのご厚意で、今後は別のコーナーで記事を執筆させていただく運びとなりました。

近いうちにまたひと味違った形で、皆様にお目にかかりたいと思いますので、引き続きよろしくお願い申し上げます。

話がそれてしまいましたが、日本と深い縁で結ばれているパナマカフェを、シアトルにいる日本人の方だけではなく日本の読者の皆様にも知っていただけたら幸いです。このカフェの持つ意義や魅力が、一人でも多くの方に伝わることを願っています。

Thank you for a great time and hojicha-latte!!

次は、デルタ航空副社長のプレゼンを生で聴くなど、たくさんの貴重な機会を提供してくださっている企業にインターンとして恩返しするべく奮闘中の伸介さんです!

Panama Hotel Tea and Coffee House
605 South Main Street, Seattle(地図
【席数】約40
【公式サイト】panamaseattle.com
【Wi-Fi】 あり
【電源】 席によってはあり

伊藤 文

伊藤 文(Aya Ito)
1989年、神奈川県横須賀市生まれ。大学を卒業し、一般企業に約6年勤めた後、自身のキャリアを再度見つめ直すためアメリカ留学・インターンシップへの挑戦を決意。2018年4月からシアトルにて IBP プログラムに参加中。幼い頃から食べることが大好きで、食へのこだわりは人一倍。インスタグラムの8割を食事の写真が占める。また個人ブログでは会社員を辞めて渡米するまでのいきさつ、その後の生活を描いた記事が一部のコアな読者に共感を呼んでいる。

掲載:2019年1月

このコラムの内容は執筆者の個人的な意見・見解に基づいたものであり、junglecity.com の公式見解を表明しているものではありません。



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