MENU

起業家に聞く、シアトルらしい働き方 – サーモンを守る料理人、北村太一さん

  • URLをコピーしました!
北村太一さん

サーモンの一本釣りを楽しむ北村さん

シアトルらしい働き方、それは「好きなことをやりきる」ということ。情熱を表現する手段として「起業」を選び、その場所として「シアトル」を選んだ人たちには、どんな思いがあったのでしょうか。

今回お話を伺うのは、『鮨割烹 田むら』 オーナーシェフ、北村太一さん。アメリカでは珍しいカウンター割烹のスタイルで、ローカル食材を中心にした日本食を提供しています。「米国の料理界のアカデミー賞」と言われるジェームズ・ビアード賞2018のセミファイナリストに選出されるなど、大活躍の北村さんが寿司を通して表現する「シアトルらしさ」とは? 地産地消にこだわることの意義を伺います。

天然の魚にはロマンがある

– 『田むら』 について教えてください。割烹スタイルとは具体的には?

日本食の高級レストランというとだいたいが料亭で、きれいな部屋に座って仲居さんが料理を出してくれます。それに対して割烹は、たとえば揚げたての天ぷらを職人が直接お客さんに提供するんです。うちの場合は寿司カウンターがあって、シェフがお客さんとコミュニケーションをとりながら寿司をお出ししています。

一番の違いは、会話によって築かれる信頼関係ですね。生魚ってけっこう根性いる食べ物なんですよ。アメリカ人にとっては未知の食べ物ですから。彼らが生の魚を安心して食べられるのは、シェフを信頼しているからです。「大将がおいしいと言ってるんだから食べてみよう」と思ってもらえる。すると新しい食材にもチャレンジしてもらえる。それが寿司シェフとしての仕事だし、世界に日本食を広めていくことにつながるのかなと。

– もともと寿司シェフを目指してシアトルに?

シアトルに来てからもう28年になります。こっちで大学を卒業して、さあこれから何をしようかと考えた時、この土地でぼくが貢献できるのはやっぱり日本食だと思ったんです。実家が京都で喫茶店をやっているので、飲食業に就くのは自然な選択でした。

北村太一さん

– 寿司を選んだのはなぜですか。

幼い頃から魚釣りばかりしていて、魚が大好きでした。もちろんシアトルに来てからもたくさん釣りに行きましたよ。しみじみ感じたのは、天然の魚というのは本当に自然な食べ物なんだなと。人間は何も手を加えていないのにすごくおいしい。最高にロマンがあるじゃないですか。シアトルのきれいな自然を目の当たりして、「こういうところで育った魚を食べて、体に悪いわけがない」と思ったんです。オーガニック野菜だなんだって言いますけど、天然の魚ほどピュアな食べ物はないですよ。

魚が住む環境を守るため。サステナブルの考え方

– 自分のお店を持ったのは、そういった思いを表現するためですか。

やるからには自分でやりたいと思って。若さゆえの勢いもありました(笑)。初めての店 『馳走』 オープンしたのが2001年、今の 『田むら』 は2010年にオープンしました。目的はすごくシンプルで、地元のおいしいものを使って、シアトルでしか食べられない料理を確立することです。

– 北村さんは「サステナブル寿司」を提唱されていますが、これはどういったコンセプトなのでしょうか。

サステナブルシーフード(持続可能な水産資源)ですね。いくつか考え方のポイントがあって、一つは「絶滅の危機に瀕している魚はとらない・食べない」というものです。ウナギ、本マグロなどは危険レベルが高いです。

魚の捕獲方法も大事なポイントです。たとえばエビをとるときに、海に大きな網を投げ入れて漁船で引っ張る「底びき網漁」があります。すると海底にいる亀とか、堆積物とか、本来はとる必要がないものまで根こそぎとってしまうのです。これは環境破壊です。こういった魚はうちの店では使いません。

– どうやって判断できるのですか。

カリフォルニアのモントレーベイ水族館の 『Seafood Recommendations』を採用しています。地域や品目ごとに赤・黄・緑の3色で分類していて、赤だと環境破壊レベルが高いわけです。たとえばピュージェット湾の養殖オイスターは「緑」で、逆に水をきれいにしています。アメリカにはそういった審査機関がいくつかあるので、サステナブルな食材だけを選ぶことができます。

北村太一さん

– なるほど。それはお客さんにも伝えていますか。

むしろお客さんの方が詳しかったりしますね。カウンターでお客さんと話していると勉強になることが多いです。ぼくと同じ思いを持った魚好きの人たちが集まってきて、いろんな情報をくれる。長年この仕事をしているからこそのコミュニティのつながりはありがたいです。

日本と比べたときにアメリカが特徴的なのは、消費者の意識が高く、ムーブメントが消費者から始まるということです。

「サーモンを守る」が意味すること

– 消費者から始まるムーブメント、たとえば?

最近では、シアトルで「キングサーモンを食べない」という運動が起こりました。ピュージェット湾に住むオルカが年々減っていることが問題視される中で、半年ほど前に一頭の赤ちゃんオルカが死んでしまったんです。ピュージェット湾のオルカの主食はキングサーモンです。赤ちゃんの死を悲しんだ人たちが、SNS で「私はオルカのためにキングサーモンを食べない!」と宣言し始めました。すると市内のレストランにプレッシャーがかかり、「当店ではキングサーモンをサーブしません」となってくる。異様な盛り上がりを見せました。

北村太一さん

「天然のサーモンは脂の乗りが違います」と北村さん

– 田むらではどうしたのですか。キングサーモンを出すのをやめましたか。

変わらず出しましたよ。これは単純に「自分が食べない」で解決する問題ではないですから。個人の好みで食べないのは自由ですが、社会として食べてはいけないと強制するのは違います。本当に環境を守りたいのであれば、もっと包括的に物事を判断しなければいけない。

一つには生態系の問題があります。たとえば日本人はクジラを食べて、それをよく海外の動物保護団体が非難しますね。じゃあもう捕鯨をやめると決めたとしましょう。クジラとサーモンは同じものを食べています。つまりクジラが増えるとサーモンのライバルが増えて、サーモンの数がさらに減る可能性が高く、オルカに打撃を与えるかもしれない。一つの種を保護するというのはそういうことです。結果的にバランスが崩れます。

他方では、食文化としての意義があります。サーモンを食べるというのは、ノースウエスト、特にシアトルの人にとって非常に重要なことです。日本人が米を食べるようなこと。ネイティブ・アメリカンの歴史にはサーモンが欠かせません。

– たしかに、シアトルといえばまずサーモンですね。

サーモンはシアトルにとっての象徴です。食文化だけでなくライフスタイルを表しています。今のシアトルの環境状態を示すインディケーターのようなもので、「サーモンが住めるようなきれいな水のあるところに住みたい」「そういう環境を守っていきたい」とみんなが考えているんですね。

イートローカルはシアトル人としての誇り

– イートローカル、地産地消へのこだわりはそういったところから?

そうですね。シアトルにはローカル食材へのこだわりが強い方が多いです。自然が身近にあって、「あのきれいな川で育ったサーモンだ」などと想像がつきやすいので、安心して食べられるのでしょう。

また、環境を守るという意味では「カーボンフットプリント」も大事な要素です。輸送によって発生するCO2を少しでも減らして、地球温暖化を考えていこうという考え方です。だから地元で育ったものを積極的に使っているのです。

サステナブルな方法で捕獲されたサーモンが、わざわざニュージーランドからたくさんの燃料を消費して飛行機で運ばれてきたりしたら、それはイートローカルの観点から見るとおかしなことです。サステナブルには違いないですが、ぼくの場合はそういった魚の選び方はしません。

北村太一さん

田むらのサーモン握り

– 北村さんがサーモンのためにしていることは何ですか。

ワシントン州産サーモンのブランド価値向上についてはずっと努力しています。つい4~5年前まで、アラスカ州産とワシントン州産では値段に倍以上の違いがありました。同じキングサーモンでもワシントン州産は価値が半分になってしまうのです。

シアトルの寿司職人として、ぼくはワシントン州産を使い続けています。自分から地元の漁師の方にコンタクトをとり、お客さんに「ワシントンのサーモンはおいしいですよ」と言って提供する。そういうことを市内のレストランみんなで協力して10~20年と続けていると、少しずつ値打ちが上がります。地道な草の根活動ですが、結果的に今はアラスカ州産と同じくらいの価値になりました。そうなれば漁師の方も仕事がしやすくなりますし、ぼくたちもハッピーです。だって実際においしいんですよ。みんなに食べてもらいたい。

– いいものをきちんと伝えて届ける、ということですね。

漁師の方々の思いを伝えていくのがぼくの役目です。それはこの土地に根付いているから見えることです。こだわってますよ。こんなにローカル食材のことを考えてメニューを立てているのはうちの店くらいかも(笑)。いろんな魚がありますけど、中でもサーモン。シアトライトとしてのプライドですね。

掲載:2018年12月 写真:Sushi Kappo Tamura

取材・文:小村トリコ
シアトルで編集記者を務めた後、現在は東京でフリーライターとして活動中。人物インタビューを中心に、文化・経済・採用などのジャンルで記事を執筆している。
  • URLをコピーしました!

この記事が気に入ったら
フォローをお願いします!

もくじ