シアトル・アジア美術館は、キャピトル・ヒルにある緑豊かなボランティア・パーク内に位置する、美しいアールデコ様式の建物が目印の美術館です。
1933年に建てられ、かつてはシアトル美術館の本館として使われていましたが、1994年からはアジア美術専門の美術館として新たに開館。創設ディレクターのリチャード・E・フラー博士とその家族が20世紀初頭から集めたコレクションを中心に、日本、中国、インド、韓国など、アジア各地の芸術作品を展示しています。
常設展に加え、さまざまな特別展も開催されており、何度訪れても新しい発見があります。展示内容は絵画や彫刻にとどまらず、宗教や暮らしにまつわる品々まで幅広く、アジア文化の奥深さを感じられます。
入館料は有料ですが、毎月第一木曜日は無料開放日となっており、タイミングが合えばお得に楽しめます。
アメリカ国内でも数少ないアジア美術に特化した美術館なので、観光にも地元の再発見にもおすすめの場所といえるでしょう。
展示形式を一新して完成した『Boundless:Stories of Asian Art』

※展示内容は不定期に変更します。
シアトル・アジア美術館が所蔵する美術品は2万4千点以上。日本美術だけでも二河白道図(一幅:絹本著色:13世紀:鎌倉時代)、竹林春秋図(六曲一双屏風:紙本金地著色15世紀:室町時代)、鹿下絵和歌巻(一巻:紙本金銀墨書:1610年代:桃山―江戸時代:本阿弥光悦書・俵屋宗達画)、烏図(六曲一双屏風:紙本金地墨画:17世紀前半:江戸時代)など、日本にあれば重要文化財・国宝級の作品を所蔵しています。

(一巻:紙本金銀墨書:1610年代:桃山―江戸時代)
※展示内容は不定期に変更します。
こうした貴重な美術品は、これまでは現在のアジアの国や地域ごとに展示されていましたが、複雑に影響しあいながら文化や言語もさまざまに発展してきた広大なアジアをよりリアルに伝えるため、時代や文化を軸に、傑出した常設美術コレクションをテーマ別に紹介する展示 『Boundless:Stories of Asian Art』 として一新されました。

右:土偶(縄文時代)
※展示内容は不定期に変更します。
『Boundless』は、スピリチュアルな伝統、肉体、神聖な場所と言葉、祭りと祝い、貴重な資料、来世、自然界、ビジュアルアートと文学、色彩と陶磁器、衣類とアイデンティティという13のギャラリーを使って、テーマ別に構成されています。

館内の各所には、インタラクティブな体験ができる画面、スマートフォンを利用したマルチメディアツアー、ギャラリー内のビデオコンテンツも。さまざまな方法でアートを鑑賞したり、作品に込められた考えを学んだりできるようになっているのも、アジアへの理解を深めることにつながります。
オリジナルの素材をいかしながら、美術館の中と外をつなぐ

シアトル・アジア美術館の建物は、隣接するボランティア・パークとともに米国国家歴史登録財に指定されている、歴史的価値の高いアールデコ様式の建築です。大規模な改築・増築工事を経て、2020年2月に再オープン。この工事を手がけたのは、シアトルに本社を置く建築事務所 LMN Architects(エルエムエヌ・アーキテクツ)です。
リニューアルでは、当初の建築の魅力を最大限に残す工夫がなされ、ハードウッドフロアやギャラリーの窓枠など、オリジナルの素材が丁寧に活かされています。かつてはすりガラスだったエントランスの扉は透明ガラスに変更され、自然光が差し込む明るい空間に。さらに、床から天井まで届くガラスを取り入れたモダンなギャラリーや、ボランティア・パークの緑を望む開放的なロビーが新たに加わりました。
人が創り出した美術と、自然が広がる景観が調和するこの設計は、アートを楽しみたい人にも、建築に興味のある人にもおすすめの見どころです。

建物の中心にあるフラー・ガーデン・コートには、シアトル出身でニューヨーク在住のアーティスト、ケンザン・ツタカワ・シン氏による照明作品『Gather』が天井に展示されています。日本の伝統的な織物を思わせるデザインで、入口から奥に向かって広がる形状が特徴。建物の正面にあるイサム・ノグチの彫刻『Black Sun(黒い太陽)』と視覚的なつながりを生み出しています。

ギャラリーの下階には、米国西部で初となるアジア絵画のコンサベーション・センターが設置されています。ここでは、同館の所蔵品だけでなく、地域の博物館や個人コレクションに属するアジア美術の修復・保存作業が行われています。

同じフロアにはワークショップや教育プログラムを行う教室もあり、幼稚園児から高校生までが参加できる内容が揃っています。プロのアーティストを招いたアートクラスや、美術教育を通じた地域連携にも力を入れています。予約制の会議室もあり、多目的に活用されています。
さらに、2020年の改築で整備された劇場スペースでは、シアトル市の政府機関や地域団体と連携し、公立学区の生徒向けに芸術教育を提供。市の芸術文化局による無料プログラムも実施され、地域に根ざした文化拠点としての役割を果たしています。
美術館の周囲に広がるボランティア・パークには、イサム・ノグチの『Black Sun』のほか、2022年に開園110周年を迎えた温室(Conservatory)、子どもが遊べるプレイグラウンドや水遊び場、広々とした芝生や歴史ある貯水塔などもあります。美術館を訪れた後は、ローカルの人々にとっても憩いの場となっている公園でのんびり過ごしてみるのはいかがでしょうか。