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「社会貢献のためのテクノロジーを作る」 Giving Tech Labs 社 ルイス・サラザーさん&シェリー・カノ・クルズさん

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共同創業者のルイス・サラザーさん(左)とシェリー・カノ・クルズさん

“Tech for Public Interest” をテーマに、社会貢献のためのデジタル・プロダクトを作りあげ、会社として成長させスピンアウトさせるラボがシアトルにあります。その名も 『Giving Tech Labs』。

慈善団体から営利企業に資金やノウハウを提供するベンチャー・フィランソロピーや金銭的なリターンだけでなく、社会的なインパクトを求めて投資する社会的インパクト投資、さらにはポテンシャルの高いスタートアップを選出して育てるインキュベーション・プログラムともちょっと違う、とてもユニークなモデルで事業を行っています。

もくじ

Giving Tech Lab の仕組み

アイデアの段階から約12ヶ月でデジタル・プロダクトを仕上げ、『Giving Tech Labs』 の共同創業者が「チーフ〇〇オフィサー(〇〇には場合によってテクノロジーやマーケティング、ファイナンスなどが入る)」としてそのプロダクトの代表を務め、市場に出します。

その間は 『Giving Tech Labs』 から資金・経営・人材の全面的なサポートが提供されます。その後、プロダクトが軌道に乗ると、スタートアップとしてスピンアウトさせ、完全に独立した組織経営を行います。これまでに、フィランソロピスト(慈善事業家)向けの寄付先の検索や長期的な寄付プランの管理などができるプロダクトを2つスピンアウトさせたほか、現在は子供を性的虐待やネグレクトから守る保護施設向けの動画管理システムなどを手がけています。

社会貢献のためのテクノロジーを作るという事業のミッションやビジョンと共に掲げられている言葉は「生きがい」。共同創業者で CEO のルイス・サラザーさんと、共同創業者で CMO のシェリー・カノ・クルズさんのお2人に、起業と「生きがい」に対する思い、そしてチャレンジについて伺いました。

Giving Tech 共同創業者インタビュー

– 起業して変えたいと思ったことは?

ルイス:私はマイクロソフトをはじめ、ヤフーやゼロックスといったグローバル企業でさまざまなデジタル・プロダクトに携わる仕事をしてきました。社会に大きな影響をあたえるプロダクトも多くありましたが、それはポジティブな影響ばかりではありませんでした。便利なデジタル・プロダクトが世に出てきたことで、それを持たない人や団体とのギャップがどんどん大きくなっていったのです。これは誰かがどうにかしないといけないと思いました。

– 起業したきっかけは?

ルイス:今は新しいアプリやテクノロジーがものすごいスピードで世に出ています。ソーシャル・ネットワークやデートアプリなど、高い ROI(Return on Investment)を求めて大企業やスタートアップに資金が集まります。でも世界は本当に2つ目のインスタグラムやTinderを必要としているのでしょうか。ただ目新しくて便利というだけでなく、長期的なスパンで持続可能な変化を社会にもたらすプロダクトは、一体いくつあるでしょうか。

他方、NPO(非営利組織)やフィランソロピー(慈善事業)の世界でも、社会貢献にベストな方法で資金が使われているとは言い難く、多くの資金が無駄になっているようでした。アメリカ全体で見ると、2兆ドルにもなる大きな業界(学校を除く)であるにも関わらず、です。

それなら、スタートアップと NPO やフィランソロピーの間のギャップを埋めるような活動をすることで、よりインパクトのある社会貢献ができるのではないかと思いつきました。デジタル・プロダクト作りと社会的貢献の両方を同時にやるのです。

他に誰もやっている人がいないようでしたので、自分でやるしかない。そしてすぐに世界最大の非営利団体であるビル&メリンダ・ゲイツ財団で以前 CEO を務めたジェフ・レイクス氏とその妻トリシア・レイクス氏、さらにデジタル・メディアの先駆者であるシェリー(共同創業者)、そしてテック業界でマネジメントを長く経験した私、というチームができあがりました。

広々としたダウンタウンのオフィス。100年以上前の建物を最近改築したというスペースで、
当時の木製のドアがロゴ付きの仕切りとして再利用されている。

– 起業して良かったと思う時は?

ルイス:そんなの毎日ですよ!(笑)以前、自分に癌が見つかった時、スティーブ・ジョブズの著書と有名な卒業式でのスピーチの動画で、「生きがい」というコンセプトに巡り合いました。生きがいとは、「自分の中のコンパスとして、どんな状況にあっても道しるべとなる大切なもの」というように解釈しています。

この「生きがい」を、(1)社会的な貢献ができて、(2)自分が大好きなことができて、(3)自分が得意なことであり、(4)それをすることによってお金が稼げる、という4点を満たすことと弊社では定義しています。毎月の全体会議では必ず社員一人ひとりに、今の仕事が自分の「生きがい」になっているかどうか聞くようにしています。

シェリー:自分が好きなことではなくて、自分が上手にできることを仕事にしている人がとても多いのが今の社会の特徴だと思います。それで side hustle(副業)や gig economy(ギグ・エコノミー)といった言葉が出てきて、本業と副業を両立させている人が多くなってきました。あまり好きでないけれどもうまくできることを日中にやってお金を稼いで、帰宅してシャワーをしていろいろなことを水に流してから、ようやく夜自分の好きなことに没頭するといったライフスタイルです。

こんな仕事の仕方を将来の世代には続けてほしくない。生きがいのある毎日を過ごせるように働き方を変えたい。そんな思いもあって起業したので、社員の一人ひとりが毎日幸せに仕事ができることはとても大切だと考えています。

– 今までで最大のチャレンジは?

シェリー:新しいモデルの事業に取り組んでいるので、チャレンジはたくさんあります。まず一つ目はスピード感の違いです。私たち共同創業者は民間企業出身で、特に大企業が大きな決断を下してそれをもとに進めていくやり方や、常に危機感を持ち、早急に問題解決するという姿勢に慣れています。しかし、社会の課題の解決は、社会のシステムから変える必要があるので時間がかかります。この二つのスピード感のバランスをとるのは非常に難しいです。

二つ目は、自分たちの事業を正しく理解してもらうことです。過去にイベントに来てもらった人から、「寄付のお願いをされると思って来たのに、どうしてそれがないのか」と聞かれたことがありました。弊社の事業は寄付を募る純粋なフィランソロピーとは異なりますし、高い ROI(Return On Investment: 投資収益率)を求めて投資するベンチャー・キャピタルとも異なります。そのため、発信するメッセージにはいつもとても気を使います。

ルイス:ポートフォリオ内に何社もスタートアップがあって、それらをすべて同時に成長させないといけないというアプローチもチャレンジングです。1社ごとにその分野の専門知識をフルスピードで蓄積しないといけないのですが、それを何社も同時進行させないといけませんからね。

– 会社で一番自慢のポイントは?

ルイス:やはり、この事業をすることによって社会にポジティブなインパクトを与えられているところです。

シェリー:一般的には、資金調達が完了したりするとお祝いするというスタートアップが多いと思うのですが、弊社ではエンドユーザーに社会的なインパクトを与えられたというタイミングを祝うことにしています。例えば、弊社のプロダクトを利用することで虐待の危険から逃れられた子供がいたとわかった際に、ベルを鳴らしてお祝いするというルールがあります。Slack で複数の拠点をつなげたり、社内と社外のパートナー団体の間でベルの鳴らし手を選ぶゲームをしたりして、いつも盛り上がるんですよ。

オフィスの一角にある会議室。1962年にキューバから移民したシェリーさんの父親をたたえて、『ハバナ』と名づけられている。

– シアトルのスタートアップ・コミュニティの特徴は?

ルイス:とても正直に言うと、そんなに特別な特徴はないと思います。どこの街のスタートアップ・コミュニティも、自分たちが特別だと思いたがります。私たちだって、シアトルが世界の社会問題を解決するテクノロジーのスタートアップが集結する素晴らしいコミュニティだと信じたい。でも、一人ひとりによく話を聞いてみると、どこの街にも「世界を変えたい」「社会問題を解決したい」と思っている起業家はたくさんいるのです。社会に貢献するというのは、人間としてとても基本的な感情だと私は考えます。

ただ一点、資金調達の難しさやベンチャー・キャピタルの少なさはシアトルの特徴です。シアトルに集まる多くの富は、先代の起業家の功績によるもので、多くの人が従業員として働いて集めたもの。とてもローリスクな方法で集まった富なので、使い方もローリスクなものを好むようです。

会社のトナカイロゴのマグカップが並ぶキッチン。愛用しているエスプレッソマシンが2台並ぶ。

– よく行くコーヒーショップは?

シェリー:一番よく行くのはオフィスのキッチンです(笑)。ルイスはベネズエラの出身なので、コーヒーにこだわりがあって、頼めばなんでも作ってくれますよ。

ルイス:大企業で部署を率いていた際には P&L(Profit & Loss:損益計算書)を気にかけていたのですが、スタートアップの場合に一番大事な数字は日々のキャッシュフロー、つまりお財布にいくら残っているかです。以前はシェアオフィスにいたのですが、人と会う時にコーヒーショップに行くことが多く、そのためにかなりの出費があることに気づきました。このオフィスを借りて、エスプレッソマシンを2台買ってからは、スターバックスに払う金額がだいぶ抑えられているのではないでしょうか(笑)。

シェリー:キッチンでコーヒーを作っている間のランダムな会話から、新しいアイデアが生まれることも実際よくあります。並ぶ必要もなければ、閉店時間もないんですから、いいお店でしょう!

– 一緒に働きたい日本の会社・実業家・投資家は?

ルイス:この 『Giving Tech Labs』 のモデルを日本でもやってみたいという人がいたら嬉しいですね。地元の NPO や社会起業家、それに資本とテクノロジーを組み合わせて、社会的な変革を次々に生み出す弊社のようなラボは、世界中にニーズがあるのではないかと思っています。

シェリー:その他にも、社会的インパクト分野の投資家の方々向けには弊社のポートフォリオ下のベンチャーに共同投資するというオプション、フィランソロピーに関心がある方々向けには社会的インパクトのためのテクノロジー・ファンドに寄付をするというオプションなど、いろいろな参画の仕方があります。もし関心がある方がいたら、ぜひご紹介いただきたいですね。

Giving Tech Labs
Co-founder & CEO:ルイス・サラザー
Co-founder & CMO: シェリー・カノ・クルズ
社員数:約15名(2019年7月現在)
本社:シアトル(ダウンタウン)
創業年:2017年
公式サイト:giving.tech

取材・文:渡辺佑子

このコラムの内容は執筆者の個人的な意見・見解に基づいたものであり、junglecity.com の公式見解を表明しているものではありません。

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