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第14回 アメリカの職場でのハラスメントと差別の違い

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日本では最近、職場における「モラル・ハラスメント」や「パワー・ハラスメント」が多発していますが、もともとこの概念はヨーロッパから入ってきたもので、アメリカではあまりこうした表現をしません。

もちろん、アメリカでもこうしたハラスメント(harassment)は歴史的に見ても多くありますが、ハラスメントそのものは、身体的暴力行為のように私法(tort)上で被害を受けた場合以外は一般的に違法ではありません。

従って、職場でハラスメントを受けた被害者が加害者を法に訴えるには、被害者が、年齢、人種、国籍、性別、宗教、身体障害などのカテゴリにおいて、何らかの形で不利な立場に置かれている場合に該当する必要があります。そして、その度合いによっては、加害者の違法行為が認められます。

もくじ

ハラスメントでも差別にならない場合と差別になる場合

では、差別(discrimination)にならない場合のハラスメントと、差別になる場合のハラスメントは、どのように違うのでしょうか。

日本の職場の例で言えば、同僚の女性が他の女性の前でわざと咳をして嫌がらせをしたとか、同性の同僚から無視されたということは、差別ではありません。これは単なるハラスメント(モラル・ハラスメント)です。これがひどくなり、被害者の精神状態に支障をきたした場合は、差別法上ではなく私法上で訴えることは可能ですが、証明の基準が非常に高く、ほとんどの申し立ては却下されます。

それに対して、もし男性の上司が女性の部下(この女性がただ一人の所属女性社員である場合)にトイレの掃除をさせたり、この女性社員のみを部のミーティングからはずすなどの行為を繰り返すなどの嫌がらせをした場合は、一般的に差別として認められます。これは日本ではパワー・ハラスメントとして対処されますが、アメリカでは加害者が男性で被害者が女性の場合は、女性差別として扱われます。さらに、男性上司がその職場の地位を利用して女性に性的な関係を求めた場合は、それが1回だったとしても、法廷では差別とみなされることもあります。

アメリカの連邦法に基づく差別法について

このように、被害者が社会的地位において何らかの形で不利な状態にある場合の嫌がらせは、アメリカ合衆国憲法に基づく平等の権利にも反するため、州法・連邦法で厳しく規制されています。

職場における一般的差別の種類を以下にまとめました。このカテゴリに属する人は差別法によって守られています。ただし、社員数がある一定の人数(15-20名)に達していない場合は該当しません。

  1. 1964年の公民権法 VII (Title VII Civil Rights Act of 1964):人種、国籍、性別、宗教による差別。
  2. 年齢差別法 (Age Discrimination in Employment Act of 1967):年齢による差別(40歳以上の社員を差別から守る法律)。
  3. 身体障害者差別法 (American with Disabilities Act of 1990):身体障害者に対する差別。
  4. 退役軍人差別法 (Vietnam Era Veterans Readjustment Assistance Act of 1974): 退職した軍人に対する差別。
  5. 労働安全衛生に反する差別法 (Occupational Safety & Health Act): 職場の安全衛生法を守るために申し立てをしたために処罰を受けた場合の差別。

差別を受けた時の対処の仕方

さて、差別の申し立てでは、事実・証拠検証が企業や弁護士の主な業務になるため、時間がかかる上に証明が難しいのが実情です。従って、自分が差別されていると思ったら、その日からすべてを記録に残し、ある程度の記録を収集した時点で、企業の人事部などに問題の解決を求める必要があります。

「そのような解決を求めたら、解雇されるのでは?」と恐れる必要はありません。なぜなら、問題解決を求めたことによる解雇自体が差別待遇になるからです。もし報告をせずにそのままにし、後に告訴すると、証拠不十分で主張が却下される可能性があります。

差別として認められるために必要な要素

法廷が差別の証明として考慮する要素は次のとおりです。

  1. 被害者が前述のカテゴリに属していること
  2. ハラスメントが重度で慢性化していること
  3. 普通の人なら耐えられないほどの被害であること

特に、(2)の要素に関しては、嫌がらせなどの行為が時々起こる程度ではなく、持続的かつ根強い性質のものでなければなりません。

例えば、ある日本企業がアメリカ人(明らかに日本語を理解しない社員)を採用し、すべての連絡事項や会社業務に関する指示を日本語のみでやり取りをすることによって、そのアメリカ人が働きづらい環境を作ったり(indirect discrimination)、ある黒人を “nigger” などと呼ぶ暴言を毎日のように吐くなどがその例です。

さらに「日本人は怠慢」(人種のグループとして)であるという理由で米国企業に採用を拒否された場合は、はっきりとした差別(direct discrimination)とみなすことができます。

企業が差別の訴えを避けるための手段

一般的に、被害者が差別を理由に企業を訴えるには、相当の証拠が必要です。企業としては、証拠開示を求める以前に、こうした問題を避けることが重要です。従業員手引きを作成する際、少なくとも以下のことを明記しましょう。

  1. 差別に関する方針や手続き方法
  2. 社員に対しての差別の仕組みと法的構造に関する教育
  3. 被害を受けた社員の申し立てに対する処置の仕方
  4. 加害者に対する処置・教育

そして、そのような問題が起こった際にはその手引きに従って対処する必要があります。

シャッツ法律事務所
弁護士 井上 奈緒子さん
Shatz Law Group, PLLC
www.shatzlaw.com

当コラムを通して提供している情報は、一般的、及び教育的情報であり、読者個人に対する解決策や法的アドバイスではありません。 読者個人の具体的な状況に関するご質問は、事前に弁護士と正式に委託契約を結んでいただいた上でご相談ください。

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