今では日本でも珍しい紙芝居を仕事にして日本全国を飛び回っている紙芝居師の「たっちゃん」こと川上竜生(かわかみ・たつお)さんが、再びシアトルにやって来ます!この公演を手配しているユース・シアター・ノースウエストの芸術監督・交野みみさんに、シアトル公演が実現するまでのいきさつ、紙芝居の魅力、アメリカ演劇界での交野さんご自身のご経験などについて伺いました。
【公式サイト】 youththeatre.org
【公式サイト】 www.mimikatano.com/about
『たっちゃんの紙芝居』のシアトル公演が実現するまで
紙芝居の公演をすることになったのは、私が芸術監督を務めるユース・シアター・ノースウエスト(以下、YTN)で、「日本の文化と関わりのあるプログラムを制作しよう」という案が持ち上がったのが、そもそものきっかけです。
いろいろな切り口はありますが、アメリカでもアニメに興味がある子どもたちが多いということから、「日本に興味はなくても、アニメだったら知っている」というところから入っていくのはどうかとリサーチしました。その中で、紙芝居が実はアニメの原型だという話にたどり着いたのです。「絵を見ながら語り手が話すということから、アニメが生まれたのではないか」という内容だったのですが、「それは面白い」と。
当時、YTNのプログラムとして『不思議な国のアリス』の続編の『鏡の国のアリス』を企画していたので、「鏡の代わりに紙芝居に入っていくようにするのはどうだろう」と考えました。YTNのコンサーバトリーというプログラムでは、お芝居を作る時のベースになるような訓練をして、そこからお芝居を組み立てるのですが、「紙芝居をやっている人にワークショップをしてもらったうえで、その紙芝居のアイデアを使ったプロダクションを作ろう」ということになりました。
そして、日本の演劇界に人脈のある友人に相談したところ、「紙芝居なら、たっちゃんでしょう」と、愛知県の名古屋を拠点に活動している紙芝居劇団『マーガレット一家』の一員で、紙芝居師として有名な川上竜生さん(以下、たっちゃん)をご紹介いただいたのです。最初はオンラインでミーティングをしましたが、「アメリカに来られるのはいかがですか」と聞いたところ、開口一番、「行きます」と引き受けていただきました。
話し合いを重ねるうち、YTN でのワークショップには、たっちゃんが所属する劇団『マーガレット一家』で絵を担当している照喜名隆充(てるきな・たかみつ)さんも参加することが決定。8カ月ぐらいかけて準備をして、2018年2月にお二人がシアトルに到着されました。
3週間ほどの滞在中、『鏡の国のアリス』にキャスティングされた中高生に毎日、紙芝居や絵のインテンシブなワークショップを行いながら、YTN をはじめ、シアトル市内近郊各地の現地の学校や日本語関係の学校、公共の場所でのパフォーマンス、一般向けのコミュニティ・ワークショップをしました。
シアトル日本庭園とワシントン大学の東アジア・リソースセンターともコラボすることになり、二度目のシアトル公演について話し合いを始めました。2020年3月に新型コロナウイルスのパンデミック宣言が出され、いったんすべてが止まってしまいましたが、しばらくしてから話し合いを再開。YTNとシアトル日本庭園、ワシントン大学が費用を3分の1ずつ負担し、二度目のシアトル公演を実現できることになりました。
紙芝居という日本の文化を、たくさんの人に知ってもらい、見てもらいたいので、今回も公共のイベントをたくさんやりたいと思っています。「紙芝居を見たことがなかった」「日本のことを知らなかった」「日本に興味がなかった」― そんな人にこそぜひ見ていただきたいので、お子さんの通っている現地校や日本語関係の学校、その他の公共の場所で紙芝居をご希望の方は、ぜひご連絡いただきたいと思います。
紙芝居の魅力とは
紙芝居といえば自転車というイメージがあるように、たっちゃんも普段から自転車でやっています。前回のシアトル公演でも、あまり見かけないようなレトロな感じの自転車を借りてきて、自転車に乗って登場してくれました。自転車はなくても技術的には問題ありませんが、やっぱりあの箱が自転車についているところがいいので、今回も同じご家族から自転車を借りることになっています。
その自転車の後ろに固定された木の大きな箱の上に紙芝居のフレームがあって、箱の中にはいろいろな道具や水あめが入っています。そして、拍子木を鳴らすところから入って、本当に街角でこんなふうにやってるんだよ、これが紙芝居なんだよ、という雰囲気があります。
たっちゃんは、本当にほがらかで、あたたかくて、元気で、ポジティブで、謙虚な方。太陽のような感じです。エネルギッシュでユーモアのセンスもとても良くて、親御さんたちが喜ぶ笑いも入れつつ、子どもたちが喜ぶ笑いもたくさん入れて、とても楽しいんですね。一回見たら、みんなファンになってしまうような魅力があるんですよ。
たっちゃんの紙芝居は日本語で行いますが、日本語関係の学校ではない場合、字幕を読めない幼いお子さんが観客の場合は、私が同時通訳のように入ります。できるだけたっちゃんのタイミングを壊さないようにしながら合いの手を入れるような感じにするので、日本語を知らない方でも楽しめます。たっちゃんのすごいところは、何百回、何千回と同じお話をされているので、毎回毎回タイミングがピッタリ同じということ。特に英語の同時通訳をやる私にはすごくそれがわかります。
前回の公演で感じたことですが、アメリカで生まれ育ったお子さんを持つ日本人のお母さんやお父さんが、日本から来たアーティストの公演を一緒に観ることで、親子のつながりを深められること、それが一番の魅力でしょうか。日本の文化の中に紙芝居があり、その紙芝居からアニメが生まれたんだよという会話にもつながります。
日本の声のお芝居の文化はすごいのです。アメリカにも声のお芝居はありますが、日本のように声優一本で名前が知られているということはあまりありません。これも日本の特殊な文化だと思います。落語だったり、紙芝居だったり、日本の声のお芝居はとても独特なスタイルがありますよね。落語はすわったまま、扇子と手ぬぐいだけを使って、語る。でも、語りは常にそこ存在していて、人物によって声を変えすぎてはいけない。細かくて、実はとても難しい。これも紙芝居の技術に入っている気がします。そんなつながりを追っていくと面白いですよね。
15歳で単身渡米。アメリカで演劇の道へ。
日本の場合は高校に入学すると大学受験を考え始めますが、私は勉強があまり得意ではなかったので将来が不安でしたし、自分の居場所がないように感じていました。そんな時、国際的だった両親が、「こういう選択もあるよ」と、アメリカ留学というアイデアをくれたのです。
当時の日本では女性がかっこいい場所がまだ珍しい感じがありましたから、女性が生き生きして颯爽としているようなイメージがあったアメリカに憧れました。英語を話せる人になりたいという気持ちもすごくありましたね。そして、漠然とした感覚で、「アメリカ行く」と決めました。1980年代前半、15歳の頃です。
そして、カリフォルニア州の寄宿舎学校に入り、最初は言葉が通じないなどの苦労はあったものの、「自分の居場所を見つけた」と感じました。演劇を本格的に勉強したいと思うようになったのもその頃で、ボストンのエマーソン・カレッジでパフォーミングアーツを専攻し、大学院に進んで教育を学びました。
卒業後、役者業を10年ほどやりながら、パートタイムで子どもたちにお芝居を教えることもしていましたが、結婚を機にシアトルに引っ越した後、たまたまYTNでポジションがあいたので就職しました。次から次へといろいろなポジションを経て、気が付いたら芸術監督になっていたのです。今はYTN以外のところで演出もさせていただくことはありますが、舞台にはほとんど出ず、創る側を専門にしています。
でも、完全にアメリカナイズされたかというとそうでもないですね。日本を出る時に、母親に「アメリカに住んでいても、日本人であることを忘れずにいなさい」と言われたことが、ずっと頭の中にあります。日本語を忘れないように努力を続けるということも、アメリカにいながら日本の文化を学ぶことも、日本とアメリカが交流する機会やつなげる機会を作ることも、たぶんそこから来ていると思います。日本にもルーツを感じますし、両親は他界してしまいましたが、兄の家族がいますし、幼馴染が会ってくれます。今15歳の息子はバイリンガルで日本が好きなので、パンデミックになる前は頻繁に日本に帰るようにしていました。
たっちゃんとも2018年の公演からずっと交流があります。2019年の夏には私がこちらからドラマ・エデュケーターを日本に連れていき、子どもとのかかわりの多い名古屋の劇団や東京の劇団でワークショップを提供しました。また、昨年の春休みには、たっちゃんにZoomでワークショップをしていただきましたし、この夏は私が日本でワークショップを行い、たっちゃんもわざわざ名古屋から来て参加してくれました。
こんなふうに、これからもっと日本の演劇の人とアメリカの演劇の人が交わる場所を作っていければとも思っています。
交野みみさん(かたの・みみ)略歴
1980年代前半に15歳で単身渡米し、カリフォルニア州の寄宿学校へ。ボストンの名門エマーソン・カレッジでパフォーミングアーツを学び、大学院で教育を学んだ後、10年にわたり役者として活動する。結婚を機にシアトルに引っ越し、フリーランスで演劇や教育に携わった後、1999年にクライアントの一つだったユース・シアター・ノースウエストに就職。2018年9月から現職。
掲載:2022年9月 聞き手:オオノタクミ 写真提供:Youth Theatre Northwest