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第5回 月曜日のパーティー

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著者プロフィール:神尾季世子
弁護士として、雇用法を土台としたコンサルティング・ビジネスに携わる。ライターとしても、雇用法、移民法、憲法、遺産相続など幅広い分野において執筆。代表作は GLOBAL CRITICAL RACE FEMINISM: AN INTERNATIONAL READER (2000, New York University Press)に収録された。フィッシュ・アンド・リチャードソン、モリソン・フォースターなど日米の国際法律事務所で訴訟関連プロジェクトに関わる。連絡先は、info@kamiolaw.com。当コラムのタイトルにある「プロセ(Pro Se)」は、ラテン語で “on behalf of oneself” という意味であり、弁護士を雇わずに個人の力で訴訟を起こす原告を指す専門用語。「自力で道を拓く」という私的解釈により著者の好む言葉である。

エスプレッソの香りの中、久々に澄み渡った空をガラス越しに仰ぐ。陰鬱な空がようやく陰を潜め、緑滴る季節の予感がほのかに薫る。わずかばかり与えられた自由時間を思う存分に堪能し、一人きりのパーティーと洒落込んでみよう。ラテを一気に飲み干し、正面のパイク・プレース・マーケットへと軽やかに歩を進める。午前中だというのに、マーケット内は既に活気がみなぎる。それでも、月曜日のマーケットに流れる空気はどこか穏やかだ。細長い通路が人で溢れ身動きをとるのさえ難しい週末の混雑振りとは比べものにならない。ゆったりと落ち着いた雰囲気に身を浸しながら、数々の店をひやかし、そぞろ歩く。お洒落な瓶に詰められたマリオンベリーのジャム。切り花。手作りらしいネックレス。アボカド、ブラックベリー、アスパラガス。こんもりと盛られた野菜や果物たちが艶やかな光沢を放ち、何か言いたげにこちらを見ている。どこか高揚した気分で闊歩するうちに、「そうだ、あのことをコラムに書こう」と思いついた。本当は別のテーマを用意していたのだが、やはり「旬」の話題が一番しっくりくる。コラムの題名にある「仕事、そして人生」というフレーズを反芻するうちに決意が固まった。心の中で文章を綴るうちに、雪がちらつく2月の昼下がりが脳裏に甦った。

「25パーセント、卵巣癌の疑いがあります。」 医者が宣言した。生理不順と不正出血に悩み、11月から婦人科通いを続けていた挙句のことだ。超音波検査の結果、卵巣のう腫が発見された。のう腫自体は閉経前の女性によくみられ、その大半は2ヶ月もすれば自然消滅するから経過観察のみで事足りる。だが私の場合、2ヵ月後に行われた再検査の結果、のう腫は消滅どころか2倍以上に増大したことが判明したという。「手術で腫瘍を摘出し、生検を行う必要があります。腹腔鏡による手術という選択肢もありますが、癌細胞が他の臓器に飛び火する危険性を考え開腹手術にしましょう。同時に子宮と卵巣を取り除く可能性も考慮してください。」淡々と医者は言ってのけた。そうだ、以前にも彼女は言ったっけ。「あなたは既に子供が2人いるし、子宮が必ずしも必要という訳ではないですからね。」のう腫発見に先がけ子宮体癌の検査をした時だった。彼女の言葉は私の胸を刺した。確かに、世の中には子を産まずして子宮を喪失し母となる望みを絶たれた女性がいるのも事実だ。彼女達から見れば、私は恵まれた立場にあるのだろう。だが出産するしないに関わらず、子宮を手放すということは女性として実に哀しいものである。いや、それ以前に、体から臓器を切り放されるという現実自体がとてつもなく重くのしかかる。 私はただ無言でうなだれるよりなかった。

卵巣癌。25パーセント。4つに1つ。クリニックを後にしてからも、それらの断片的なフレーズが頭の中を駆け巡る。遂に来たか。そんな感さえあった。若くして逝った父を筆頭に親族の幾人かは癌で他界した。いずれ自分も同じ病に罹るだろうという漠然とした恐怖感が常に私にまとわりついた。その上、子宮筋腫だのポリープだの、良性とはいえ婦人科系の病気を軒並み体験していたから、子宮癌の検査は欠かさなかった。だが、卵巣癌にいたっては早期発見が困難を極め、発見された時点では手遅れというケースも多々あると聞く。かつて親しい人がこの癌に倒れたこともあり、数ある癌の中でも治癒率が低い部類に入ることは熟知していた。もし本当に卵巣癌であるとすれば、残りの人生を私はどう生きればよいのか。母として、妻として、人間として。重い心を引き摺ったままハンドルを握る。午後3時過ぎ。いつもながら学校の駐車場は大混雑だ。校舎前で出迎えの親を待ち構える生徒の群れの中に、親友とじゃれあう息子の姿を見つけた。弾ける笑い声がガラス越しに響きそうだ。車内から手を振る。彼の無防備な笑顔を目にした途端、熱いものがこみ上げてきた。

「どこか、おかしい。」心の中で呟いた。しんと静まりかえった深夜の居間で一人 PC に向かいクリックを続ける。卵巣のう腫や卵巣癌をキーワードに検索を繰り返しては、ありとあらゆる情報を仕入れる。手術を体験した人のブログなどは殊に重宝した。こうしてインターネットを中心にリサーチを繰り返す夜が重なるにつれ、「医者の言うことを鵜呑みにしてよいのか」という危惧が膨らむ一方となった。「本当にこの手術は必要なのだろうか。まだ癌と決まった訳でもないのに、子宮や卵巣の摘出までを薦めるのは行き過ぎではないか。」子宮や卵巣を摘出すれば突如として閉経を経験する破目となり、自然な形で迎える閉経よりも身体的な負担が増大する。そういったリスクをそれこそ一言も説明せずに、あっさりと「どうですか、取った方がいいんじゃないですか」と言わんばかりの態度を取られたのは合点がいかない。それ以外にも医者の診断に納得がいかない点が次々に出てきた。クリニックから自分自身のカルテのコピーを取り寄せ、専門用語との格闘に匙を投げそうにもなりながらも必死で判読を続ける。そのうちに、医者が見落とした、あるいは誤読したとしか思えない箇所がいくつか見つかった。例えば、のう腫が「倍以上に増大した」と彼女は言い切ったが、超音波検査のレポートを読んでみると、2センチが3センチになった程度だった。いや、それどころか、レポート作成を担当した超音波専門の医師は、「腫瘍は一過性のものであるかもしれない。2ヶ月後に再検査を薦める」と記しているではないか。私は呆気にとられた。 「ドクター、4月に入った段階で、もう一度、超音波検査をしたいのですが。」 私はクリニックに舞い戻り懇願した。「既に2回にわたって検査しましたよね。こういうことを繰り返すよりは、早く手術に踏み切った方がいいと思いますが。」 彼女はそう言ったが、最終的には渋々と承諾した。この検査は私にとって一つの賭けともいえた。4月になるのを待っての再々検査となると、私自身の選択で先に延ばしてきた手術がさらに遅れることを意味する。もし本当に癌であったなら、一刻も早く手術するに越したことはないだろう。 門外漢の私がリサーチだの何だのに時間をつぎ込むぐらいなら、専門家の指示に素直に従った方が賢明なのか。私は自問自答を繰り返した。

一日千秋の思いで待ち侘びた4月中旬の超音波検査の日。検査終了直後、技師が言った。「のう腫、消滅しましたよ。」クリニックを後にするなり、私はおもむろにバッグから携帯電話を掴み取り、高ぶった声で夫の職場へと電話を入れた。 「手術、しなくてもいいよ。」そして、念には念を入れようと予約を入れていた別の産婦人科医へと早急に出向き、超音波検査の結果を保存した
CD を見せ、セカンド・オピニオンを求めた。予想通り、「手術は必要無し」という決断が下された。自分の肩をそっと叩いてやりたいような晴れがましい気持ち。初めて乗るストリートカーでシアトル市内へと戻る途中、車窓の外に拡がる爽やかな春の風景を心ゆくまで味わった。そして、ここパイク・プレイス・マーケットにやって来たという訳だ。

プロフェッショナルとは何か。今回の体験を通して、とくと考えた。患者側も医者に全面的に依存するのではなく、「自分の体は自分で守る」という意識の下に知識を深めることが必須と言えるだろう(それは、「自分の人生を築くのは自分」という、コラムの題名にある「プロセ」に込めた小さなメッセージとも通じるところがあると思う)。インターネットの普及により豊富な情報がいとも簡単に入手可能となった昨今は、「どうせ素人だから」という受身の姿勢を取るばかりではいけないという見方ができる。その反面、こうも考える。高齢者の方々などインターネットの世界に馴染みの薄い人達も存在するのが現実であり、誰も彼もがリサーチャーよろしく情報を貪欲に仕入れる立場にある訳ではない。それどころか、白衣をまとった立派な医者が「癌」なる言葉を用いて臓器の摘出を薦めるようなら、つい「先生、お願いします」とすがりつきたくなるのも無理はない。それだけに医者の責任は重い。

私は婦人科系をはじめとして何かと持病を持つ。生命に関わるような深刻なものには程遠いものの、普通の人に比べると医者にかかる頻度が高い。数々の医者との関わり合いを通して、感心させられることもあれば、今回のように疑問を抱かずにおれないこともある。質問を書き連ねたノートを持参した私を前に、頭が下がるほど懇切丁寧な受け答えをしてくれる医者もいれば、「なぜ君はそんなに質問ばかりするの?」と露骨に不機嫌な顔を向けた医者もいる。気弱になりがちな私を温かい言葉で励ましてくれる医者もいれば、心ない言葉を投げつけた医者もいる。今回の件で私が産婦人科医への不満を募らせていた時、全く畑違いの分野を専門とするのに、私の悩みを真摯に受け止めてくれ、こちらが頼みもしないのに、「それじゃあ、私が産婦人科医と電話で話してあげる」とわざわざ時間を作り連絡を取ってくれた医者もいる。弁護士として、また一人の人間として、良い意味でも悪い意味でも学ぶことは多い。今回の経験も、回り道をした感はつきまとうが、決して無駄ではなかったのだと自分に言い聞かせる。

ロシアン・ベーカリーだろうか、通り過ぎる瞬間、バターの香ばしい匂いに包まれた。お土産でも買おうかなとショーケースを吟味する。大道芸人がつまびくギターの調べが流れ出す。パイク・プレース・マーケットでの一人きりのパーティー。この贅沢な気分をもう少し堪能していたい。そんな自分をたしなめるように、くるりと踵を返す。このところ手抜き料理ばかりしていたっけ。今日は久し振りに、飴色になるまでじっくりと炒めた玉ねぎをベースにミートソースでも作ろうか。母親の顔に戻って、バス停へと歩き出した。

掲載:2009年5月

お断り:著者は、一個人として、また弁護士として、プライバシー尊重という理由に基づき、当コラムで扱う人物名や場所名、または設定などにおいて、ある程度の内容変更を余儀なくされる場合があります。御了承ください。

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