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白原由起子さん (Seattle Asian Art Museum 日本・韓国担当学芸員)

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日本・中国・韓国の所蔵品では全米でも指折りのシアトル・アジアン・アート・ミュージアム。今月は同ミュージアムで学芸員としてお勤めの白原さんにお話を伺いました。
※この記事は2002年4月に掲載されたものです。

白原 由起子(しらはら ゆきこ)

1983年 慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻を卒業後、商社に入社し、広報を担当

1990年 退職。慶應義塾大学大学院で同専攻に進学し、根津美術館学芸部の非常勤アシスタントとして勤務を開始

1994年 慶應義塾大学で修士号を取得、日本学術振興会特別研究員(1997年まで)

1995年 慶應義塾大学・放送大学で非常勤講師

2000年3月 慶應義塾大学で博士課程終了

2000年10月 イギリスのセインズベリー日本藝術研究所で研究開始

2001年3月 同大学で博士号取得

2002年1月 シアトル美術館で日本・韓国美術担当の学芸員として勤務を開始し、現在に至る

専門:日本の中世絵画史、特に宗教絵画の研究。

【公式サイト】 www.seattleartmuseum.org

日本からロンドンを経て、シアトルへ

海外の美術館で勤務されることに対して、以前から興味をお持ちだったのですか?

所属していた日本の大学院に、海外からの留学生や訪問研究員が多く所属していたこと、また、仕事をしていた美術館に、海外から研究者が多くいらしたことなどから、欧米の美術館やその日本美術コレクションには以前から関心を持っていました。数年前にシアトル美術館を訪れた大学の指導教授が、帰国後にそのコレクションの質の高さと環境の良さを話してくださったこともあり、私自身一度行ってみたいと思っていました。

シアトル美術館に来られるまでの経緯を教えてください。

昨年秋からロンドンにおりましたが、そこで学芸員や研究者の方々の実際の活動に触れる機会を持ったことで、その関心はさらに強まりました。シアトル美術館と接触を持つことになった直接のきっかけは、昨年5月にロンドンで、友人からシアトル美術館が学芸員を探していることを知ったことです。美術館に履歴書を送り、6月には館長のミミ・ゲイツさんをはじめとする美術館の方々、また美術館を外部からサポートしているたくさんの方々とお話する機会をいただきました。自分がこれまで得てきた経験や知識、展覧会への考えなどをお話し、また、美術館からはその現状や展望などを伺っているうちに、ここで仕事をしたい、という気持ちを固めました。そして、7月始めに再びゲイツ館長にお会いし、このお仕事をお引き受けすることが決定しました。

シアトル・アジア美術館について

シアトル美術館では日本の美術を韓国の美術と一緒に展示していますが、これにはどのような意義があるのでしょうか。

近代以前の日本美術が西洋美術と異なる理由の1つに、日本は常に直接的・間接的に大陸(中国や朝鮮半島)からの影響を受け、その中から自分たちの嗜好にあう要素を取り入れ、独自なものへ発展させたというプロセスがあります。美術史の分野では、これまで日本と中国の関係を明らかにする研究を主軸としてきましたが、近年は古墳壁画・仏教壁画・仏教絵画・肖像画・水墨画といったジャンルで、日本と朝鮮半島の芸術面での交流関係、そして双方の芸術的アイデンティティを考える研究で、着実に成果をあげています。ですから、シアトル美術館が日本と韓国の美術を一部門として扱っていることは、とても意義のあることだと思います。実際には大変な仕事量ですが、むしろこのことを展示活動でのメリットにしたいですね。

美術館を訪れる人にどのようなことを、どのような方法で伝えたいと思われますか。

日本と朝鮮美術のさまざまな側面を見て知ることで、人々の精神性を感じていただければ嬉しいです。日本美術で言えば、例えば水墨画に代表される “禅の美術” は、既に海外に広く知られていますが、これは日本の中世美術を彩る一部分にしか過ぎません。信仰にもとづく宗教美術の長い歴史があります。また、王朝人は四季折々の調度に囲まれて生活していました。戦国の世には権力者を演出する障壁画が生まれ、近世になると文人や茶人といった特定の集団が美意識を育みました。このように、それぞれの集団や場面で異なる造形が成立し、洗練されていくわけですが、それらはいずれも日本の美を形成する重要な要素です。また、別の視点から見ますと、近現代の絵画・オブジェ、そして工芸意匠といった新しい作品にも伝統の精神は生きています。ですから、多彩な芸術を、さまざまな切り口(テーマ)でお見せすることにより、その根底に流れる日本人の美意識や精神性を伝えたいと思っています。

白原さんのお好きな作品にはどのようなものがありますか。

大和絵や琳派の優品、桃山時代のダイナミックな障壁画、李朝の絵画や陶器など、好きなジャンルや作品を挙げればきりがありません。あえて挙げてみるとしたら、本阿弥光悦の書と俵屋宗達の下絵による優美華麗な 『鹿図和歌巻』(桃山時代)、鳥を大胆に描いた迫力ある作品 『鳥図屏風』(江戸時代初期)、近世絵画をリードした狩野派の画家による秀作『琴棋書画図』(桃山時代)、慈悲の笑みをたたえた優品 『如来立像』(平安時代後期)、与謝蕪村の端麗な作品 『冬景人図』、リスとブドウをたくみな筆致で描いた屏風 『栗鼠葡萄図』(朝鮮時代)。そして、茶人に愛された楽茶碗(江戸時代)や、おおらかな味わいを持つ李朝の陶磁器。私の専門分野から言えば、鎌倉時代の浄土観を端的に表した 『二河白道図』 も挙げたいですね。

シアトル美術館が他の美術館と異なるところは何でしょうか。

アメリカに東洋美術品を所蔵する美術館は少なくありませんが、シアトル美術館は名門美術館の1つに挙げられるでしょう。良質なコレクションを所蔵していることは言うまでもありませんが、館員のチームワークが良く、館の活動を支える人たちの深い理解と協力を得られることは、シアトル美術館が持つ無限の可能性だと思います。この美術館で学芸員として働くことを誇りにしています。

これからの抱負を教えてください。

シアトルのみなさんに、より身近な美術館として楽しんでいたたけるよう、コレクションを発展させ、より充実した美術館となるよう努力し、また、研究者の目を引く活発な活動をしていくことを目指しています。私自身、アメリカで生活するのは今回が初めてなので、仕事に慣れるまで多少の時間がかかると思います。でも、これまで日本の美術館や大学で得た経験を生かし、多くの仲間と協力し合うことで、あせらずに着実に前進したいと思っています。どうか、シアトル美術館を長い目で見守り、ご支援ください。

掲載:2002年2月

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