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豊かな自然に恵まれた地域 マグノリア(Magnolia)

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ディスカバリー・パーク

ディスカバリー・パーク

シアトル市内のマグノリアは、エリオット湾の北部に位置し、約2万1千人が住む住宅地。ディスカバリー・パークなどの豊かな自然に恵まれています。

マグノリアの歴史

Historylink.org によると、連邦政府の調査官がマグノリアの丘に到着した1855年当時、半遊牧民のドュワミッシュ族が、北はサマミッシュ・リバー、南はデュワミッシュ・リバーからレントンまでをテリトリーとしていたそう。これまでの調査で、このドュワミッシュ族は約4000年前からこの地域に住んでいたことがわかっています。

マグノリアに最初に入植したドクター・ヘンリー・アレン・スミス氏は、ピュージェット湾にも鉄道が敷かれると聞いてカリフォルニアから移住してきた、当時22歳の青年。エリオット湾北部が船積みの埠頭として、また、鉄道のターミナルとして理想的であると考え、160エーカーの土地をスミス・コブと名づけて地所にしました。それが実現したのは実に約40年後のことでしたが、その間にスミス氏は病院を開業し、白人の入植者はもちろん、ドュワミッシュ族からも尊敬を集めるようになっていました。治療費を支払うことができない入植者たちは、スミス氏に金銭の代わりに土地を譲渡するようになり、鉄道会社が1887年に進出してきた頃には、スミス氏は1万エーカーの土地を所有する大地主になっていたそうです。

その後、スミス氏は所有地を7万5千ドルで売却。1893年にジェームズ・ヒル氏がグレート・ノーザン鉄道を敷設すると、スミス・コブはアジアとの絹貿易や日本からの移民の到着場所として栄えましたが、1942年にナイロンが発明されると絹貿易は衰退していきます。その後、スミス・コブはベトナム戦争時代の海軍による使用を経て、シアトル市の所有となりました。現在は大きな住宅が建ち並ぶ高級住宅地としても知られています。

1896年頃から軍隊と密接な関係にあったマグノリアにフォート・ローソン駐屯地が設立されたのは1898年。第1次世界大戦中はこの駐屯地がヨーロッパ戦線へ向かう兵隊の訓練所となりました。このころ、軍隊はこの土地をシアトル市に売却しようとしましたが、不景気で資金不足だったシアトル市は購入できなかったそう。第2次世界大戦中には兵士約2万人の駐屯地として、また朝鮮戦争中には兵士の出入国管理所として重要な役目を果たし、1950年代にはこの管理所から毎日約1万人の交代兵士が出国したことがわかっていう。こういった状況が、マグノリア周辺の経済発展に大きく貢献したのは言うまでもありません。1964年にはこの駐屯地の85%が連邦政府からシアトル市に贈られ、現在のディスカバリー・パークとなりました。

マグノリアの見どころ

Discovery Park ディスカバリー・パーク
3801 W. Government Way, Seattle
www.seattle.gov

534エーカーの広さを誇るこの公園は、シアトル市では最大規模。もともと米軍の駐屯地として使用されていた大部分が、1964年に公園となりました。ピュージェット湾やカスケード山脈、オリンピック山脈が一望できるので、都会に疲れた心身を休めるのにはもってこい。1881年に建てられた、ピュージェット湾沿岸では最も古い燈台 West Point Lighthouse は必見。無料駐車場あり。なお、ここで見かける野生動物に餌をやることは禁止されています。

Magnolia Park マグノリア・パーク
3100 W. Galer Street, Seattle
www.seattle.gov
ピクニック・テーブルの予約も可。10番からの眺めがおすすめ。



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