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ワシントン州での離婚 低所得者層の移民や外国人対象の法的支援と法廷代理人サービス「IFJC」

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ワシントン州での離婚 低所得者層の移民や外国人対象の法的支援と法廷代理人サービス「IFJC」
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家族法の訴訟に巻き込まれた低所得者層の移民や外国人に法的支援と法廷代理人のサービスを提供する501(c)(3)の非営利団体 International Families Justice Coalition(インターナショナル・ファミリーズ・ジャスティス・コーリション:IFJC)。2018年3月にワシントン州から資金援助を受ける団体として承認され、現在約20人の弁護士が日本語・韓国語・中国語・スペイン語・ロシア語など8ヶ国語でのサービスをボランティアで提供しています。今回、IFJC の発案者である井上奈緒子弁護士に、設立のきっかけや今後の活動の展望について伺いました。

【公式サイト】www.ifjc-us.org

IFJC 設立の最初のきっかけ

2002年から企業法・雇用法・商業訴訟を専門とする弁護士として大手事務所で勤務していましたが、2009年にあるイベントで一人の日本人女性に「離婚訴訟中で、親権争いになり、夫に自宅を追い出され、友人宅を転々としている。子どもたちとは外でしか会えず、親権を取りたくても弁護士を雇った夫に抵抗されうまくいかない。お金がないので手伝ってほしい」と相談を受けました。弁護士にはそれぞれ専門分野があり、私は家族法の弁護士ではないので、「お手伝いすることができない」とお話ししたのですが、それから1週間後、その女性が自殺してしまいました。

それから私は「弁護士免許を持っているのに、こういったケースに対して何もしなくていいのか」と自分に問い続け、また後悔することにならないよう家族法を勉強し、2010年に最初の離婚の案件を受けました。

私の専門は企業法・雇用法・商業訴訟であり、当初は家族法案件を扱ったことがなかったため、他の家族法を専門とする弁護士に手伝っていただきました。ところが、最初は年間3~4件だった問い合わせが年々増え続け、2013年には年間200件以上、それもクライアントのほとんどが日本人という結果になったのです。在シアトル日本国総領事館にも DV が関係する離婚問題で困っている日本人からの問い合わせやハーグ条約に関わる問い合わせが多くあり、それらの対応もしていました。しかし、日本政府は DV 被害に関しては支援できますが、離婚に関する経済的支援はできないため、私が外部顧問弁護士として受けるしかない状況になりました。

しかし、できるだけ離婚の案件を受けたとしても、私の本来の専門分野である企業法務や雇用法の業務をする傍ら、他の弁護士にサポートを頼んでも事務所内で対応できるのは年間10-15件ほど。特に離婚は一つ一つのケースがそれぞれ異なりますので、どんな案件も次々に受けられるわけではありません。そうこうするうち、自分の事務所では受けきれないほどの問い合わせが来るようになったため、非営利団体を設立して対応するのが良いと判断し、International Families Justice Coalition(IFJC)を2017年に設立しました。

ワシントン州全体の問題として州議会が資金援助を承認

IFJC 設立の過程では、離婚のケースが非常に多い現状について日本人コミュニティとしてどのように対応するべきか、2016年、IFJC 設立前に当時の在シアトル日本国総領事だった大村昌弘総領事と話し合いを始めました。翌2017年、IFJC 設立直後に着任された現在の山田洋一郎総領事にこの話が伝わることとなり、共鳴してくださいました。

さらに、山田総領事がシアトルにある他の国の総領事館に確認を取ってくださったことで、日本人だけではなく、さまざまな国から来た人が「アメリカにいても、英語がうまく話せない。英語が話せても法的な用語がわからず、さらに文化やシステムの違いに混乱している。助けを求めようとしても、家族や親戚がアメリカにおらず、アメリカ人の友人も少なく、移民として孤立した生活をしているからなおさら情報も十分に入ってこない」という同じ理由で、多くの国から米国に移住してきた移民の方が離婚に直面しても自分で対応できない状況に陥っていることがわかりました。

ワシントン州法では、財産は配偶者間で50%ずつ分割するという財産分割法がありますが、相手側が親権を条件に財産分割を放棄する離婚を要求し、それに同意したため、離婚後にお金がなく、子供とフードスタンプで食事を購入したり教会から無料で食事をもらったりして何とか生活している方々がいることもわかりました。

「母国に帰って生活すればよい」という考えもあるでしょうが、いったん離婚がワシントン州で成立し、元配偶者がアメリカ人だった場合、例外を除いてアメリカ人の親権が憲法で保障されているため、自分が元配偶者の同意なしに母国に子どもと戻ることはできないのです。つまり、離婚後も子供とワシントン州にいなければならないということになるわけです。

もし裁判所命令に反したり、元配偶者の同意なしに子どもを連れて母国に帰った場合、ハーグ条約に基づいて、子供が強制送還され、母国に子供を連れ帰った当人は裁判所侮辱罪として訴えられたり、場合によっては犯罪者として扱われます。

そこで、これはワシントン州として対応するべき問題だということになり、紹介を通じてワシントン州の州議員40人ぐらいに面会し、ワシントン州の民事法律扶助事務所(Office of Civil Legal Aid)と契約を結びました。そして、IFJC への補助金をワシントン州として認める法案が可決され、ジェイ・インズリー州知事に承認されたのが2018年3月のことです。初年度は1年の契約のみでしたが、今年度の審議の結果、新たに2年の契約を結ぶことができ、今後州の通例予算の中で2年契約をもとに一定の資金援助が得られることになりました。

日本語を含む8ヶ国語での対応が可能

IFJC では、現在約20人の弁護士が、日本語・韓国語・中国語・スペイン語・ロシア語など8ヶ国語でのサービスをボランティアで提供しています。サービスを必要とされる方は、IFJC の公式サイトのオンラインフォームに記入して送信していただくのが最初のステップです。

それぞれのボランティア弁護士が違う言語を話すため、実際には1ヶ国語につき1~3人のみの弁護士しかいません。また、受けることのできるクライアントに関して一定基準に基づいて選定しなければならないため、実際対応できるのはいただく問い合わせの10%以下ですが、IFJC が対応できないケースには、外部の専門の弁護士を紹介できます。

クライアント選抜の基準

IFJC がクライアントとして引き受けられるかどうかは、オンラインフォームに記入していただいた情報をもとに、さまざまな基準と評価によって決められます。それだけでは情報が足りない場合は、IFJC のスタッフがさらに質問することになります。

評価の基準とは、例えば、家族の年収が貧困ガイドラインを下回るか、それに近い収入源しかないか、配偶者が多額の収入や資産を隠していないか、DV の被害を受けている側が共同資産にまったくアクセスできない状態になっていないか、などです。特に後者の場合は、裁判所申請を通して弁護士費用を得て、その後、法廷を通して相手から支払われた弁護士料を基に、低料金の弁護士料で引き受けることもあります。なお、弁護士料の支払い能力があると判断された段階で、一般の法律事務所で業務をしている弁護士を紹介します。

クライアントの意識改革も重要

IFJC では、条件と基準を満たすクライアントであることはもちろん、本当に助けが必要な方を優先しています。

日本人の方によくあるのが、配偶者に精神的にコントロールされ、言われたことを鵜呑みにし、私はこれだけしかできないと思い込んでしまっているケースです。銀行口座へのアクセスがなく、クレジットカードだけ提供され、「食費から子どもの育児関係を含むすべての生活費を月間500ドル内でまかなうこと」と言われ、それに文句も言わず、すでに自分を弱い立場に置いてしまっているようなケースは DV とは言いがたく、また、IFJC としてもそれだけでは「資金がないクライアント」と評価しづらいです。なぜなら、DV を受けているために資金にアクセスがないというよりも、自分の権利を理解して主張する意思がないと解釈できるからです。

そもそも経済的に独立することが自分の権利主張と意思を示す最も効果的な手段ですが、仕事を見つけて早く独立できるよう勧めると、「子供がいるから働けない」「きついことを言う」などという返事が返ってくることがあります。それでは、「生活費が500ドルではやっていけないから、さらに○○ドルが必要だ」と言えばどうかと言うと、「でもケンカをしたくない」とおっしゃる。ケンカをする必要はないのです。正当かつ共同の生活費支払いを求めて相手から暴力を振るわれるのであれば DV と解釈できますが、当たり前のことに関して相手と会話ができないのであれば、それは DV として認められないのです。

相手にコントロールされ続けた結果、うつ病になる方もいますし、本当にぎりぎりの状態に追い込まれ困っている方も多くいますが、実際、弁護士に離婚手続きの依頼をするよりも、マリッジカウンセリングに行ったほうがいいのではないかと思われるケースもあります。ですから、「DVを受けている」と思う前に、自分が一人の大人・親として相手とコミュニケーションがうまくできているかをまず考える必要があります。

さまざまな分野の支援団体との連携が必要

日本人のクライアントの場合、英語で会話ができ、普通に会話している限り、意思疎通ができる人たちがほとんどです。でも、そういう方でも法律用語をきちんと理解するために日本語で直接話してくれる弁護士を希望されます。

日本語を話すアシスタントが通訳し、英語を話す弁護士が対応する法律事務所もありますが、クライアントが「弁護士が英語で話していることを日本語の通訳が完全に通訳しきれていないことがある」と感じられ、「日本の文化がわかり、直接日本語でやり取りできる弁護士の方が良い」と言う場合も少なくありません。それは、日本語を母国語とする日本人だけではなく、他の言語を母国語とするクライアントにも共通する悩みのようです。

IFJC のゴールは、弁護士が直接クライアントと母国語でコミュニケーションをとることですが、多国語を話す弁護士の数が極めて少ないため、IFJC としても弁護士がクライアントと母国語で法的説明が十分にできない場合は通訳を通すこともあります。なお、クライアントがすでに他の法律事務所と契約し、IFJC の弁護士や通訳者に通訳だけのサービスを依頼することは、さまざまな制約により引き受けられません。

国際結婚でも日本人同士の結婚でも、移民法の問題と離婚の問題が密接に関係したり、離婚の引き金が DV であったり、また、マリッジカウンセリングの段階で解決できることもあります。今後、多くの条件を満たすクライアントを幅広く支援するため、多くの団体や専門家と連携して進めていけるように動いていきたいと思っています。

IFJC では現在、法律の手続き、裁判所の規則を理解しているエグゼクティブ・ディレクターを募集しています。IFJC まで直接レジュメをお送りください

【注】ハーグ条約の解釈は、個別のケースによって異なります。ここで紹介している説明は、一般的な解釈と一例です。

掲載:2019年7月 更新:2021年4月 句読点・接続詞の修正



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