MENU

シアトル留学生カフェ探訪 『第2回シアトル合唱祭』 で、コーヒーをお淹れしました!

  • URLをコピーしました!
シアトル合唱祭

皆様お久しぶりです。第1期シアトル留学生カフェ探訪メンバーの真洋です。

1年間の留学プログラムを終えた後、昨年12月からフリーモントのロースタリーカフェ 『Lighthouse Roasters』 で1年間の期限付きで働きながら、バリスタの仕事だけでなく、焙煎や卸し、経営面も学んでいます。新しいことばかりで、うまくいかないことが大半ですが、やり甲斐があり、非常に充実した日々を過ごしております。

カフェ探訪も第2期を経て、4月から第3期メンバーの執筆が始まりますが、ここまで長く続けられていることをとても嬉しく思います。これは僕たち留学生を等身大でサポートしてくださっているジャングルシティさんと、読者の皆様のおかげです。改めて感謝申し上げます。

さて、今回、第3期がスタートする前に書かせていただいている理由は、先日参加したイベントについてお伝えするためです。3月10日(日)にベルビュー・チルドレンズ・アカデミーにて開催された『第2回シアトル合唱祭』 で、Lighthouse Roasters として参加者の皆様にコーヒーをお淹れしました。

シアトル合唱祭

このイベントは、東日本大震災を忘れず、想いを馳せると共に、それを機に生まれた歌の輪と繋がりから合唱の楽しさを伝えようと、シアトル地域で活動する日本語ベースの合唱団 『サウンド・シンガーズ(Sound Singers)』『エコーコーラス』『エバーグリーン・グリー・クラブ(Evergreen Glee Club)』 が共催するもので、今年で2回目となりました。

先月、JIA Foundation の集まりに参加した際にこのイベントの存在を知り、僕に何かできることはないかと相談させていただいた結果、このイベントへの出店が決まりました。

シアトル合唱祭

当日は、小さいお子さんから大人まで、200名を超えるお客様で会場は満席。『なでしこベーカリー』によるベイクセールや、東北産の焼き海苔やお茶の販売に加え、シアトル在住のアーティストさん達の出店もあり、終始賑やかな雰囲気が漂っていました。

シアトル合唱祭
シアトル合唱祭

これらの売り上げ及び寄付金は、いわき放射脳市民測定室たらちねに送られます。

シアトル合唱祭

コーヒーも予想を遥かに超える方々に買っていただき、『シアトル留学生カフェ探訪』をご存知の方々から「がんばってね」とお声がけいただいたり、コーヒーを美味しい美味しいと何杯も買ってくださる方がいらっしゃったり、コーヒーを介して多くの方々と接することができました。第2期カフェ探訪メンバーの文さん、匡洋さんが当日の販売のお手伝いをしてくれて感謝です!

シアトル合唱祭

コンサートは4人の女性コーラスでの注意案内から始まり、その後黙祷を捧げました。和太鼓の実演や、フラの踊りとウクレレの演奏など、コーラスだけでなく、参加者全員が楽しめるよう工夫を凝らした演奏や合唱が印象的。

シアトル合唱祭

僕もコーヒーを売りながら、知っている曲を口ずさんだり、曲に合わせて体を揺らしてしまうくらい和やかで楽しいパフォーマンスが次々と登場しました。

シアトル合唱祭

そしてイベントの大トリとしてお客さんと合同による全体合唱でイベントが締めくくられました。

2011年3月11日、僕はまだ大学生でした。

部活の試合後、神奈川県横浜市にある大学のグラウンドから最寄りの駅まで、いつものように商店街の中を歩いていた最中にそれは起きました。突然地面が横に揺れ、それと同時に商店街の店が揺れ、電信柱が傾き、初め僕はそれが地震であることも理解できず、ただただ今まで感じたことのないような恐怖に襲われ、「この世の終わりだ」と思いました。

駅に着くと、同じように不安と恐れを感じた人たちがあふれていて、その人たちとの会話で初めて「地震が起きたんだ」と認識しました。電車は止まっていたので、友人と車で実家の藤沢市まで帰宅したのですが、普段1時間もあれば着くところをその日は10時間以上かかりました。用を足すために高速道路の上を歩いたのもその時が初めてでした。その後、テレビやラジオなどのメディアで東日本に大地震が起きたことを知り、その映像に唖然としました。にわかには信じ難く、それが現実に起こったことだと理解し、自分自身の心を整理するのにも少し時間がかかりました。

あの日から8年が経ちました。

あの日、何が起こったのか。どれだけの方が亡くなり、被災したのか。そして、明らかになった問題の数々。ここで僕が詳細を綴らなくとも、日本人のほぼ全員が知っています。

多くのインフラが再建されましたが、いまだに被災地の復興は半ばのものが多いのが現実です。一部の産業の復興の壁や、依然としてある仮設住宅暮らし、原発問題、そして新たに出てきた震災関連死という言葉。ハード面での復興は進んでいるかもしれませんが、心の面での復興はないがしろにされている現状があります。

僕に何ができるのか、私に何ができるのか、誰もが一度は考えたことがあると思います。

芸能人みたいに多額の支援ができるわけでもなく、自治体や力のある団体や人のように大きな援助ができるわけでもない。被災地に今本当に必要なものは何か、被災者が本当に苦しんでいることは何なのか。

僕は被災者ではありませんし、親しい人が被災したわけでもありません。被災された方の気持ち、被災地の周りにいる方の気持ちは、その方々にしかわからないことであり、理解できないことです。でも、僕たちはそんな方々のことを想い、行動することができます。彼らの分まで強く生きようと思うことができます。

そして、この出来事を後世に語り継ぐことができます。それは誰もができることだと思います。

僕が生まれる遥か昔に発生した関東大震災。僕が3歳の頃に発生した阪神淡路大震災。震災だけでなく過去に起きた、目を背けたくなるような事件の数々。その時何が起こって何を失って、今どうなっているのか、すべて正しい事実かはわかりませんが、祖父母や両親からの話、テレビのドキュメンタリーやインターネットからの情報、そして数々のチャリティイベントから、知ることができました。僕たちは、知るだけでなく、そこから自分に何ができるのかを考えてたり、それらを教訓にしたり、それをまた後世に残すことができます。

この東日本大震災も後世に語り継がなければならない、大きな出来事です。この「語り継ぐこと」が、経験した人であれば誰にでもできる支援の仕方なのではないでしょうか。

語り継ぎ方はいろいろあります。話して伝えることは一番簡単なことです。

シアトル合唱祭

今回僕が参加させていただいた『シアトル合唱祭』も、この出来事を後世に語り継ぐ大変素晴らしい手段の一つだと思います。日本にいる全員が、それを経験していなくても、生まれていなくても、何かしらの形であの時を共有し、亡くなられた大多数の方々や被災された方々のことを少しでも想い、地に足をつけてしっかりと歩いていく。

それが本当の意味での復興への足掛かりとなるのではないでしょうか。

僕は震災が発生してから昨日までの8年間、日常の忙しさにかまけた結果、被災地に行って直接支援することや、援助が何もできず、もやもやしたものをずっと抱えながら、想うことしかできていませんでした。なので、今回、このイベントに参加し、僕の好きなコーヒーでの売り上げがほんの少しでも助けになるのであれば、小さな小さなことですし、遠いシアトルからの支援になってしまうのですが、これ以上に幸せなことはございません。

シアトル合唱祭

素敵なイベントを作り、このような機会を与えてくださった関係者の方々に改めて感謝を申し上げるとともに、震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災された多くの方々に心よりお見舞い申し上げます。

沢田 真洋

沢田 真洋(Sawada Masahiro)
1991年、神奈川県藤沢市生まれ。大学卒業まで三度の飯よりサッカーな生活を送り、卒業後一般企業に就職。3年と少し勤めた後、退社を決意し、2017年9月よりIBPプログラムでベルビュー・カレッジに留学し、2018年12月からシアトルのフリーモントにある老舗ロースターカフェのライトハウス・ロースターズで1年間の修行中。シアトルに来てから柄にもなくカフェ専用のインスタグラムアカウントを作り、備忘録代わりにシアトル周辺で訪れたすべてのカフェを記録している。将来は地元・湘南にカフェを開くのが夢。最近のマイブームはハーモニカ。

掲載:2019年3月

このコラムの内容は執筆者の個人的な意見・見解に基づいたものであり、junglecity.com の公式見解を表明しているものではありません。



  • URLをコピーしました!

この記事が気に入ったら
フォローをお願いします!

もくじ